第204回:ブリュッセルに愛知県豊田市の蜃気楼を見た!
2011.07.29 マッキナ あらモーダ!第204回:ブリュッセルに愛知県豊田市の蜃気楼を見た!
空港から、いきなり
空港ロビーの片隅に宣伝のためにクルマが置いてあるというのは、それほど珍しいことではなくなった。今や自動車メーカーだけでなく、大手レンタカー会社までロビーに車両を置いていたりする。しかし先日訪れたベルギーのブリュッセル空港では、ちょっとばかり驚かされた。
イタリアからの飛行機を降りて、乗り継ぎロビーに入ると、いきなり頭上にモーターショーのごとく大きな「TOYOTA」の文字が躍っていたのだ。その先には「オーリス」の欧州市場向けハイブリッド仕様「HSD」のカットモデルが展示してあった。写真をそこだけ切り抜けば、多くの人がショールームと間違うような光景である。
もちろんこのディスプレイは、欧州連合やNATOの本部があり、多くの外交関係者が訪れるこの街で、トヨタの環境対応技術を強くアピールするのが目的だろう。
ただ同時に、ここブリュッセルは、トヨタのヨーロッパ事業における中枢として1990年に設立されたトヨタ・モーター・ヨーロッパ・マーケティング&エンジニアリング社(TMME)の本拠地でもある。大掛かりなトヨタのディスプレイは、まさにその玄関口にふさわしい“舞台装置”とみることができるのだ。
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トヨタ車が多いワケ
しかしトヨタに関する驚きは、それだけにとどまらなかった。ブリュッセルの市街地でトヨタ車の目立つことといったら、ボクが住んでいるイタリアの比ではない。街のタクシー乗り場には新旧「アベンシス」が数多くみられる。あの「iQ」の体感目撃頻度も、ミラノやパリより明らかに多い。少々オーバーだが、場所によっては、トヨタ車率の高い愛知県豊田市の蜃気楼(しんきろう)を見ているかのようなときもある。
トヨタ自動車にお願いして聞いたところ、ベルギーにおける2010年の年間乗用車+商用車の販売実績は約2万2000台で、シェアは3.4%(乗用車のみでは3.6%)である。参考までにイタリアにおける直近の月間登録台数をもとにしたトヨタ車のシェアは3.94%(イタリア輸入車協会調べ)だ。とりわけベルギーが多いわけではない。
にもかかわらず、トヨタ車が目立つのは、ふたつの理由がある。
ひとつはイタリア市場では販売されていない商用車「ダイナ」や「ハイエース」も、この国では販売されていることがある。とくに古いハイエースを欧州で見るのは、突然海外に来ちゃったおじさんのようで、ちょっとした衝撃がある。
もうひとつは「イタリアとベルギーではトヨタ車販売の歴史が違う」ということだ。
イタリアでは1980年代、他国よりも厳しい日本車輸入台数規制が行われ、日本車が市場を拡大することは困難だった。そのような状況が終わり、現地実業家によるインポーターの手から引き継ぐかたちでイタリアトヨタ社が設立されたのは1990年のことだ。
いっぽうで記録をひも解くと、1960年代前半からオランダやデンマークなど一部の欧州圏内に輸出を開始していたトヨタが、ブリュッセルに自販(当時)の欧州駐在員事務所を立ち上げたのは遠く42年前の1969年4月である。その後年を追うごとに欧州本部の機能を強め、前述のように1990年のTMME発足に至った。そうしたトヨタの、いわばお膝元である。長い歴史のなかで売られてきたトヨタ車が、今もブリュッセルの路上にたくさん残っているため、イタリアより目撃頻度が高いのであろう。
目指せ、「晴れの日」グルマ
そんなことを思いながら街路を歩いていくと、ヴィクトル・ユゴーやジャン・コクトーもたたえたという広場「グラン・プラス」に辿り着いた。その日は市庁舎で何組もの結婚式が次々と行われていた。広場には参列者たちのクルマがたくさん並んでいる。もちろんここでも「プリウス」を含め、トヨタ車はたちまち何台も見つけることができた。しかし、挙式後に新郎新婦を運ぶためリボンを掛けて待機しているクルマは、ドイツ製高級車か、もしくはチャーター業者によるロンドンタクシーだ。
先日モナコ大公の結婚式に使われた「レクサスLS600h」のごとく、いつかここベルギーでもトヨタやレクサスが「人生における晴れの日」の脇役として使われる日まで、トヨタには頑張ってほしいものである。
最後にボクがブリュッセルで目撃したトヨタ車のなかで、個人的に敢闘賞をあげたかったクルマを紹介しよう。
まずは3代目の「ライトエース」(1985-1991年)である。ナンバーこそフランスのものが付いていたが、旅行者にはない生活臭が漂っていたので、もはやオーナーとともにブリュッセルに“移住”したクルマとみた。個人的な思い出を記せば、そのウェッジの効いたスタイルは、イタルデザイン初の量産車である4代目「スズキ・キャリイ」と並んで、世界で最もスタイリッシュな商用車だと思っていた。少年野球臭のする「ハイエース」と違い、よりファミリーな感じも好きだった。
次は4代目「スターレット」である。生産年は1989-1995年だから、こちらも車齢は16年以上だ。サイドに貼られたステッカーによると「タトゥー」という仕様で、後日調べると当時ベルギーで販売された特別仕様車だった。
スターレットといえば、もう1台があった。アフリカンカルチャーの発信地でもあるポルト・ド・ナミュール周辺で、3代目スターレットがボクの前を通り過ぎた。といっても、「仕方なくて古い日本車に乗っている」のではなかった。ドライバーは明らかにクルマよりも年下の若者で、ピカピカに磨きたて、ビートの利いた音楽を大音量でかけて得意げに走り去って行った。あまりに快速だったせいでボクは後ろ姿しか撮れなかった。
ここまでトヨタ車が親しまれているとは。トヨタ車ファンなら、日本製中古車が大量に生き延びている地中海の小国マルタとともに、一度は訪れるべき街。それがブリュッセルである。
(文と写真=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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