第6回:殺し屋から身を隠すには、目立たないクルマを選ぼう − 『ラストターゲット』
2011.06.27 読んでますカー、観てますカー第6回:殺し屋から身を隠すには、目立たないクルマを選ぼう 『ラストターゲット』
名前のせいで売れなかったクルマ?
フィンランドで連立政権が成立し、新首相が決まった。ユルキ・カタイネン氏である。われわれ日本人は、この報道に接してなぜか心穏やかではいられない。そういえば、フィンランドには以前アホさんという首相もいた。ガーナの元サッカー協会会長ニャホニャホタマクロー氏は、今どうしているだろうか。
バヌアツのエロマンガ島、インドネシアのキンタマーニ、オランダのスケベニンゲンなどの地名も、心を揺さぶる力がある。名前には何の罪もないのだけれど、発音するのがはばかられる。クルマにも、そういうモデルがあった。「フィアット・テンプラ」である。1990年から1996年まで作られたモデルだが、名前の響きが災いしたのか、日本では1992年から93年の2年間しか販売されなかった。つづりは「tempra」なので「テムプラ」と表記していたが、あまり効果はなかったようだ。
ジョージ・クルーニーの新作『ラストターゲット』では、このテンプラが活躍する。映画に登場するクルマにはタイアップの気配が漂うことが往々にしてあるが、この映画に限っては、それはなさそうだ。この記事に使うために、配給会社に頼んでテンプラの全体が写った写真を探してもらったのだが、一枚も見つからなかった。クルーニーの顔の向こうに背景として一部が写りこんでいるだけで、これを見て車名を当てることができたら相当なマニアだろう。
潜伏は使い込まれた中古車で
スウェーデンの雪原で、女と連れ立って歩いていたジャック(ジョージ・クルーニー)は何者かに銃撃される。狙撃手を撃ち殺したジャックは、連れの女も容赦なく殺害する。その女とは、襲撃を受ける前、家の中ではベッドで寄り添っていた。親密な関係であっても、危険を招く可能性を持つ要素は、すべて消去するのだ。
身を隠したジャックは、ローマに移動してパヴェル(ヨハン・レイセン)と接触する。この男は、ジャックが属する組織の人間らしい。何の組織なのかは示されないが、ひそかに命を狙われるような、危険な任務を担っていることは確かだ。なぜ襲われたのかはまだわからない、とパヴェルは告げ、携帯電話と地図、クルマの鍵を渡してしばらく身を隠すように指示する。
用意されたクルマが、テンプラだった。日本に輸入されたのは2リッターガソリンエンジンに4段ATを組み合わせたモデルだけだったが、ここはイタリア、当然マニュアル仕様だ。適度に汚れて小キズに覆われた様子は、いかにも使い込まれた中古車然としている。こっそり潜伏するには、ピカピカの新車より都合がいいはずだ。
ローマから離れ、カステルヴェッキオという町に潜伏するよう指示されていたが、ジャックはさらに山奥のカステル・デル・モンテに赴き、地図と携帯電話は捨ててしまう。どうやら、ジャックはパヴェルを心から信用しているわけではなさそうだ。カメラマンと称して滞在し、隣人のベネデット神父(パオロ・ボナチェッリ)と知り合いになる。彼はジャックに「アメリカ人は歴史に興味がない。今を生きるだけだ」と話す。この映画の原題は「The American」で、ジャックはイタリア人から見た典型的なアメリカ人として描かれるのだ。
寡黙でシリアスなヨーロッパ風クルーニー
人と深い関係を築かないことは、潜伏生活の鉄則だ。特に女とのかかわり合いには注意が必要で、ゴルゴ13のように、ジャックは娼婦としか交わらない。しかし、毎回同じ女ばかり指名しているから、だんだん情がわいてくるというものである。その女、クララを演じるヴィオランテ・プラシドがエロかわいくて素敵だ。しかし、非情のおきてに生きる男にとっては、女は鬼門だろう。
公衆電話からパヴェルに連絡をとると、潜伏中の仕事としてライフルの改造を依頼される。直接コンタクトしてきたのは、マチルデ(テクラ・ルーテン)という美女だ。「威力はサブマシンガン、射程はライフル」という難しい注文を持ちかけてくる。何のために必要なのかは明かされないが、ジャックは黙々と製作に励む。日課の腕立て伏せと懸垂は怠らないし、ストイックな男なのだ。迷宮のような街並みを歩いていると、常に何者かの視線を感じる。パヴェルもマチルデも、そしてクララすら本当に信用できるかわからない。ジャックは、このまま孤独を友とする人生を歩み続けるのだろうか。そして、「今を生きる」だけでいいのか……。
監督のアントン・コービンは、ミュージシャンや俳優のポートレイトで知られる写真家だ。スチール写真の硬質なイメージそのままに、映画でも無駄を排した構図が美しい。監督2作目とは思えない完成度である。『オーシャンズ』シリーズなどでのチャラ目で饒舌(じょうぜつ)な姿とはまったく違う、寡黙でシリアスなクルーニーの魅力を引き出している。ハリウッド代表のような彼(まさにThe Americanである)を、監督以下ヨーロッパのスタッフとキャストが巧みに調理して、上質な作品に仕立て上げた。
ところで、テンプラは現在のイタリアで本当に目立たない存在なのだろうか。現地の感覚を教えてもらおうと、当サイトの人気エッセイ「マッキナあらモーダ!」でおなじみの大矢アキオさんにツイッターで聞いてみたら、「南部の山村なら、まだ生存している可能性は高い」との答えをいただいた。逃亡用のクルマとしては、理にかなった選択だったようである。ただし、「北部の都市ですと、クルーニーが何も悪いコトしていなくても、排ガス規制違反の疑いで警察官に別件逮捕される危険性大」とのこと。ミラノに逃げる時は、別なクルマを用意したほうがよさそうだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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