第601回:欧州を騒がせ続けているブレグジット問題
イタリアの態度は「大して関係ない」!?
2019.04.19
マッキナ あらモーダ!
自動車業界から大ブーイング
欧州連合(EU)の首脳会合で2019年4月11日、英国の離脱を2019年10月末まで延長することを決めた。
このいわゆるBrexit(ブレグジット)問題は、自動車業界も大きく巻き込んできた。思い出すのは2016年、国民投票でブレグジットの賛否を問う国民投票が行われたときのことだ。
直前に筆者はアストンマーティンのアンディ・パーマーCEOに囲み取材をする機会に恵まれた。当時、パーマー氏は「会社としての統一見解はない。ただし、従業員には『あなたたちの将来を決めることだ』とは言っている」と述べた。
国民投票の結果、「離脱」が僅差で勝った。英国の通貨ポンドは市場で下落。おかげで英国車は北米をはじめとする海外で急速に販売台数を伸ばした。
ただし、2019年に入ると、悪夢の連鎖が始まった。2019年2月3日、日産が次期「エクストレイル」の英国での生産予定を撤回し、日本に移転すると発表。同月6日、トヨタは英国が「合意なき離脱」をした場合、英国工場の生産を一時的に休止する考えであることを示した。19日になると、今度はホンダがスウィンドン工場を2021年までに閉鎖すると発表した。翌3月になると、今度はBMWが、合意なき離脱の場合、MINIの生産拠点を国外移転することを示唆した。また日産は、インフィニティ車の英国生産終了を発表した。
メーカー各社の本音を代弁するなら、EU域内の自由貿易から英国が外れた場合、欧州大陸側で生産している部品の税金が複雑となる。加えて、通関作業等で流通が一気に滞る。それらに嫌気が差したのである。ホンダとインフィニティは生産撤退とブレグジットとの関係を否定しているが、いずれも欧州販売が振るわないことから、いわば英国生産をやめるのは、“いいタイミング”であったに違いない。特にインフィニティは、西ヨーロッパ市場から撤退することも明らかにした。
遊びに行ってもつまらない
ところで筆者が住むイタリアもEUの加盟国である。全国ネットのテレビニュースや主要新聞では、2019年に入って毎日のように一面扱いで英国離脱が取り上げられている。前回お伝えしたゴーン問題に対する落ち着いた対応とは対照的である。
イタリア外務省発表の資料を見ると、2018年の英国からイタリアへの輸出総額は112億ユーロにとどまる。対して、イタリアから英国への輸出は、その倍の235億ユーロにのぼり、かつ2016~18年には2年連続で増加している。参考までに業種別に見た伊から英への輸出トップは機械類だ。イタリアの数々の産業にとって英国はいいお客さんなのである。したがって、その行方に目が離せないのがわかる。
20世紀初頭から中盤にかけてのイタリアが貧しい時代は、多くの人々が移民としてドーバー海峡を渡った。今日でも優秀な研究者にとって、英国の大学は研究拠点として魅力的である。イタリア人の「頭脳の流出」が論じられるとき、必ず行き先として英国が挙げられる。
しかし、イタリア市民の日常生活について述べるならば、「英国が離脱しようがしまいが、あまり関係ない」というのが正直なところであろう。
その象徴的な例が観光の目的地だ。ロンドンにかぎっていえば都市として魅力的だが、イタリアより寒い英国にあえて遊びに行く必要はないと考える人が大半である。
EU圏なのに通貨ユーロを採用しておらず、国境の自由通行を定めたシェンゲン条約に加盟していない。だからポンドに両替するのも面倒だし、空港では入国審査に並ばなければならない。
ファッションアイテムをショッピングしようにも、イタリア人の目からすると英国のものは質は良くてもいまひとつさえない。外食しようとしても、安くてうまい店はピッツァをはじめとするイタリアンである。旅行先として、まったく魅力に欠けるのだ。イタリア統計局(ISTAT)が2015年に発表したイタリア人の旅行先トップ4はスペイン、フランス、クロアチア、ドイツで、上位に英国は登場しない。
辛うじて身近なのは、子供の語学留学や修学旅行先としてである。これは近年における英国系LCC(格安航空会社)の路線拡大が背景にある。
ホンダ・ローバーに感じる日本品質
先ほどの統計に話を戻せば、イタリアが英国から輸入している品目のうち、自動車は19億2100万ユーロ。2年連続で減少しているものの、業種別では依然トップである。ブランド別のトップ3は、2206台のMINI、1338台のランドローバー、659台のジャガーだ。
ところで英国車といえば、ホンダとの提携関係によって生まれたローバーが存在した。
知人のイタリア人眼科医は、そのひとつである「ローバー600」に乗っていた。「ホンダ・アコード」の姉妹車で、1993年から1999年まで生産された。
その医師は「雨が降るとハイドロプレーニングがよく起きたものだ」と回想する。そして「装備はあまり充実していなかった」とも。日本車の流れをくみながら、アクセサリーに対する期待値にはあまり応えられなかったようだ。
それでも「デザインがとても気に入っていたよ。今になって見るとやや古いが、常に気品があった」と振り返る。「えっ、今になって見ると、とは?」と聞き返すと、なんと今日も彼の義父がお下がりとして乗っているという。モデルイヤーは聞き忘れたが、最低でも車齢20年ということになる。
気がつけば、他のヤングタイマー英国車が路上からほとんど消えてしまった中、確かに“ホンダ・ローバー”は、イタリアで生き残っているのをたびたび見かける。これは日本品質によるものなのか、興味のあるところだ。
ちなみに同時期にホンダの英国工場で製造された「コンチェルト」は、フランスの自動車誌『ヤングタイマー』が最近の号で取り上げている。リポーターはその変速機が完璧であることなどを絶賛したうえで、「忘れられてしまったが、極めて興味深いクルマ」と紹介している。
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まずいけどやめられない「英国の味」
2019年3月にロンドンを訪れたときのこと。この街で純粋英国ブランド車が急速に目立たなくなり始めたのは2010年頃からと記憶しているが、今回その傾向はさらに進んでいた。グループPSA系となったボクスホールでさえまれだ。
いっぽう、上海ショーの取材前に東京・秋葉原に立ち寄ったら、「こっちのほうが、よほど英国っぽかった」というのが、このページの写真である。
日本が英国化するのも無理はない。イタリアとの比較で恐縮だが、2019年3月の登録台数を見てみると、イタリアではアストンマーティンは1台なのに対し、日本は64台。ロールス・ロイスはイタリアでは数が少なすぎて統計対象外なのに対し、日本では18台なのだから。
と、イタリアにおける英国の影の薄さをこれだけ列挙しながら、筆者個人はひそかに愛好している英国製品がある。
その名を「マーマイト」という。ビールの醸造過程においてできる酵母をもとにした瓶入り食品だ。ビタミンBを多く含有する。
マーマイトとの最初の出会いは8年前、ロンドン郊外のB&Bだった。その色からチョコレートペーストだとすっかり思い込み、トーストパンにたっぷり塗ってひと口食べた。瞬間、死ぬかと思った。その味は「EUから離脱したいなら、勝手に出てけ!」と叫びたくなるものだ。
ただし、その独特の苦味は、英国人にとっては旅に出ると妙に恋しくなるものだという。イタリア人がどこに行ってもチョコレートペースト「ヌテッラ」を離さないのと同じだ。
驚いたことにマーマイトは今日、世界的消費財コングロマリットであるユニリーバの1ブランドになっている。
気がつけば筆者も、マーマイトのとりこになってしまった。英国の人からは「イタリアにもっとうまいものあるだろ」と失笑を買いそうだが、朝食べないと落ち着かない。
ついにフィレンツェの輸入食料品店にある、英国本国よりも2倍近いマーマイトに「ダメ、ゼッタイ」と思いながらも、手を染めるようになってしまった。まあ、伊英間の貿易不均衡是正にささやかな貢献ができることは確かだろう。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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