フォルクスワーゲン肝いりの電気自動車「ID.3」は、EV時代の「ゴルフ」になりうるか?
2019.09.30 デイリーコラム“EV祭”の様相を呈したフランクフルト
2019年のフランクフルトモーターショーは、前回とは大きく様相を変えた。フランス勢やイタリア勢だけでなく、トヨタをはじめとする日系メーカーもほとんどがショーを欠席してしまったのだ。そんな寂しいショーで、それでも話題を集めたのが電気自動車(EV)だった。
市販モデルだけでも、フォルクスワーゲンの「ID.3」、ホンダの「ホンダe」、MINIの「MINIクーパーS E」、メルセデス・ベンツの「EQV」、オペルの「コルサe」、そしてポルシェの「タイカン」が登場。セアトも「ID.3」の兄弟車である「el-Bron」を、シュコダも「e-up!」の兄弟車「CITIGO e iV」をお披露目している。さらに、メルセデス・ベンツとアウディがEVの新しいコンセプトモデルを発表しており、今年のフランクフルトはまさに“EV祭”と呼べるようなショーであった。
そして今回の発表により、ドイツのブランドはいずれも量産型EVを持つことになった。大まかにラインナップをおさらいすると、ダイムラーはメルセデス・ベンツの「EQC」にEQV、そしてスマートの「EQ」、BMWは「i3」とMINIのクーパーS E、アウディは「e-tron」、フォルクスワーゲンはe-up!と「e-ゴルフ」に今回発表のID.3……といった具合だ。
この顔ぶれの中で、売れ行きを含めた市場の反応が特に気になるモデルがある。フォルクスワーゲンのID.3だ。他のラインナップが、高額なプレミアムカーや用途の限られるシティーコミューター、あるいはガソリンエンジン車からの派生モデルであるのに対し、ID.3はCセグメントの“ファーストカー”であり、EV専用車種。他のモデルはそこまで数がはけなくても許されるが、ことID.3は、マーケットで健闘しなくては意味がない。
では、そのID.3は“どの程度”のクルマなのだろうか? それこそ同門の「ゴルフ」のような、セグメントの基準に、ライバルが開発目標に上げるベンチマークになりえるのだろうか?
物足りない部分はあるものの
プロダクトそのものの出来栄えについては、期待していいだろう。そもそも、ゴルフが世界のベンチマークになりえたのは、「走る・曲がる・止まる」という基本性能と「モノとしての作りのよさ」が非常に高い次元にあったからだ。その点について、新開発のEV専用プラットフォームを使い、最新のインフォテインメントシステムやコネクテッド機能を満載するID.3には十分なアドバンテージがある。走りに関しては実際にハンドルを握ってみないとわからないものの、フォルクスワーゲンが幅広い車種展開を考えている次世代プラットフォームで手を抜くはずはない。高い確率で、素晴らしい走りを披露してくれることだろう。
一方で、ID.3のスペックに物足りなさを感じたのも事実だ。ファーストエディションは58kWhのリチウムイオン電池を搭載し、航続距離は420km(WLTCモード)、最高速度は160km/hとされているが、例えば既存の「日産リーフ」などは、「e+」のグレードで62kWhの電池を搭載し、385kmの航続距離を実現している(ドイツ仕様)。ID.3は後発でありながら、スペック的には先行するライバルに大きな差をつけられなかったのだ。
ただし、価格戦略は興味深い。ID.3の価格は、ベースグレードが3万ユーロ以下だという。ベースグレードといってもバッテリーの容量は45kWh、航続距離は330kmという性能を確保しており、それでいてシティーコミューターで35.5kWhしか電池を積んでいないホンダeと比べても、さほど変わらない価格としているのだ。こうした点でもID.3は相当に魅力的であり、今後登場するであろう量産CセグメントEVのライバルは、当然このクルマを意識せざるをえないだろう。
最大のライバルはフォルクスワーゲン・ゴルフ⁉
だが、話はここで終わらない。ID.3がクルマとして魅力的であっても、それを市場が受け入れるかどうかはまた別の話だからだ。
今回はフランクフルトショー取材の旅にあわせ、シュトゥットガルトやニュルブルクリンクまで足を延ばしてみた。移動はクルマで、ルートは主にアウトバーンである。3日で500kmほどを走ったが、その間に見かけたEVは、わずか数台のテスラのみ。日産リーフとは会うことがなかった。同じように、シティーコミューターであるe-up!やスマートEQの姿も見かけなかった。それもそうだろう。シティーコミューターでは、アウトバーンの走行は非常につらい。
最近は制限速度区間が増えてきているとはいえ、アウトバーンにはやはり無制限区間がたっぷりと残っている。それに、ドイツ人ドライバーのアクセルの踏みっぷりは豪快そのもの。速度制限区間から無制限区間にうつると、道路上のクルマが一気に加速していく。そうした環境下にあって、普通のエンジン車と肩を並べて走るには、最高速度は最低でも160km/hは欲しい。そういう意味で、ID.3の動力性能は“ぎりぎり合格”といったところだ。
それでも、アウトバーンを走れるクルマが登場したからといって、突然のようにドイツでEVが売れ始めるかといえば、個人的にはそれは相当に難しいと思う。なにせ、すぐ横にもっと動力性能が高くて価格の安い内燃機関車が……それこそゴルフみたいなクルマが売っているからだ。現状では、ユーザーにとってEVを買う動機は少ないのではないだろうか。いくら環境先進国のドイツといっても、EVの普及は、やはり日本と同じように時間をかけて徐々にという感じになるのだろう。
ID.3は、ゴルフのようなEV市場のベンチマークになりえるか。個人的には「YES」だが、そもそもベンチマークうんぬんを語れるほどEV市場が拡大・成熟するのは、まだ当分先の話だと思われる。
(文と写真=鈴木ケンイチ/編集=堀田剛資)
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鈴木 ケンイチ
1966年9月15日生まれ。茨城県出身。国学院大学卒。大学卒業後に一般誌/女性誌/PR誌/書籍を制作する編集プロダクションに勤務。28歳で独立。徐々に自動車関連のフィールドへ。2003年にJAF公式戦ワンメイクレース(マツダ・ロードスター・パーティレース)に参戦。新車紹介から人物取材、メカニカルなレポートまで幅広く対応。見えにくい、エンジニアリングやコンセプト、魅力などを“分かりやすく”“深く”説明することをモットーにする。
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