第223回:不完全な父とともにシェビーバンで突っ走れ!
『2分の1の魔法』
2020.08.20
読んでますカー、観てますカー
魔力を失った妖精たちの世界
映画の興行収入ランキングが大変なことになっている。8月第2週の土日では、ベストテンに洋画が1本も入っていない。夏休みということで子供向けアニメが多く、実写映画にはテレビドラマの劇場版が並ぶ。それはいいとして、驚くのはジブリの旧作が3本もランクインしていることだ。映画館が休館して公開スケジュールが混乱し、確実に集客が見込めるジブリ作品を召喚したということなのだろう。
ようやくランキング上位に食い込めそうなアメリカ映画が、『2分の1の魔法』である。ディズニー&ピクサーのアニメ作品で、3月の公開予定だったのがようやく日の目を見ることになった。昨年の夏休みピクサー映画は『トイ・ストーリー4』という大看板だったのでちょっと小粒感はあるが、水準を超えたクオリティーに仕上げてきた。やはり信頼の置けるスタジオである。
舞台となるのは、魔法が忘れられて近代化した世界だ。過去にはペガサスやマーメイドが空を飛んで妖精たちが楽しく暮らしていたが、科学技術が進歩するに従って神秘の力は弱まっていった。よくある設定ではあるが、この映画では魔法の時代の痕跡が残されている。生活しているのは人間ではなくて、妖精や魔物。警官はケンタウロスで、ペットはドラゴンなのだ。街にはホビットやゴブリンが普通に歩いている。
主人公の家族はエルフである。妖精のことはよくわからないが、温厚で善良な性質らしい。ゴブリンやドワーフよりは好感度が高そうだ。昨年日本で公開されたスウェーデン映画『ボーダー 二つの世界』は、人間の世界でひっそりと暮らすトロールが描かれた。『2分の1の魔法』は誰もが異世界の生物なので、迫害される心配はない。
高速道路が怖い内気な少年
イアン・ライトフットは、内気な性格で引っ込み思案。母のローレル、兄のバーリーと3人家族だ。父のウィルデンはイアンが生まれる前に亡くなっている。父が豪快な性格だったことを知ったイアンは自分も陽気で活発な人間になりたいと願うが、すぐに変わるのは難しい。学校で自動車の運転を学んだときも、怖くて高速道路に入ることができないという体たらく。勇気を出して一歩を踏み出すことができないのだ。
失意の底で帰宅すると、母が父から託された贈り物を渡される。今日はイアンの誕生日。彼が16歳になったら兄弟に渡してほしいと言われていたのだ。包みを開けると、“魔法使いの杖(つえ)”と“不死鳥の石”が入っていた。それを使うと、死者を1日だけよみがえらせることができる。魔法オタクのバーリーが早速呪文を唱えるが、何も起きない。父は少しだけ魔法が使えたが、彼には才能が受け継がれなかったようだ。
イアンには、父から魔法の力が伝わっていた。彼が呪文を唱えると、父の姿が出現。しかし、魔力が弱かったのか、現れたのは半分だけである。しかも、下半身だけ。成長した姿を見せることはできないし、会話を交わすことも不可能だ。何より、ビジュアル的に問題がある。絶妙にキモいのだ。下半身の父をフィギュアにしても、あまり売れそうにない。
父の上半身をよみがえらせるには、失敗して消えてしまった“不死鳥の石”をどこかで見つけなければならない。石の場所を示した地図を手に入れ、彼らは冒険の旅に出る。魔法の効力は1日だけだから、翌日の夕方がタイムリミットだ。
生まれ変わるために運転を
移動に使うのは、兄の愛車だ。「シェビーバン」である。妖精たちの世界でも、人間が乗っているのと同じクルマがつくられているようだ。1970年代の3代目モデルである。母親は2000年代の2代目「オペル・ザフィーラ」に乗っているから、かなり年季の入った中古車だ。ボディー側面にペガサスを描いた自慢のカスタムカーである。
運転するのは、もちろん兄のバーリーである。イアンは運転授業の落第生なのだ。しかし、道中で事件が発生。魔法の失敗で、バーリーは運転不能に。イアンが運転しなければ、父の上半身には会えなくなってしまう。今こそ、生まれ変わるチャンスなのだ。高速道路を激走して追ってくる者たちから逃げおおせれば、父に近づくことができる。試練を克服することで、大人への道筋が見えてくる。
この映画では、自動車を運転することが、人生を自分の足で歩むことのメタファーになっている。イアンは、本当は父から運転を習いたかった。それができなかったことで、自信を持てないまま年を重ねてしまったのかもしれない。しかし、イアンには父ゆずりの魔法の力がある。そして、魔法とは夢であり、勇気である。彼は、生まれながらにして自分の人生を切り開く能力を持っていたのだ。そのことを知るために、冒険の旅に出かける必要があった。
イアンの声は『スパイダーマン』シリーズのトム・ホランドで、バーリーは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のスター・ロードでアベンジャーズの一員でもあるクリス・プラット。マーベル・スタジオもディズニー直属なので、こういう豪華なキャスティングが生まれたのだろうか。日本語吹き替えは志尊 淳と城田 優。こちらもイケメンコンビである。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第289回:最強の格闘家は破壊されるクルマに自分を重ねた
『スマッシング・マシーン』 2026.5.14 ドウェイン・ジョンソンが映画化を熱望した伝説の格闘家マーク・ケアーの栄光と没落の人生を描く。東京ドームで行われた総合格闘技イベント、PRIDEグランプリ2000を完全再現! -
第288回:自称詩人は中古車で自由を表現する?
『自然は君に何を語るのか』 2026.3.20 「月刊ホン・サンス」第5弾は『自然は君に何を語るのか』。恋人の両親に初めて会う自称詩人は、気まずい空気の中で次第に感情を抑制できなくなっていく。「キア・プライド」が小道具としていい味! -
第287回:宝石を盗んで西海岸のハイウェイを駆け抜けろ!
『クライム101』 2026.2.12 ハイウェイ101で発生する宝石盗難事件はいつも迷宮入り。「ダッジ・チャレンジャー」で素早く逃走する犯人の犯罪心得は、殺さず、傷つけず、証拠を残さないこと。泥棒、刑事、保険ブローカーが華麗なる頭脳戦を繰り広げる! -
第286回:才人監督が描くディストピアのデスゲーム
『ランニング・マン』 2026.1.29 「アルピーヌA290」で追っ手のハンターから逃げ延びろ! スティーブン・キングが50年前に予見した未来は、まさに現在の状況そのもの。分断とフェイクが支配する現実を鋭くえぐった最新型デスゲーム映画。 -
第285回:愛のためにフルヴィアクーペで突っ走れ!
『トリツカレ男』 2025.11.6 夢中になるとわれを忘れるトリツカレ男がロシアからやってきた少女にトリツカレた。アーティスティックな色彩で描かれるピュアなラブストーリーは、「ランチア・フルヴィアクーペ」が激走するクライマックスへ!
-
NEW
どうしてピアノブラックの内装材は多用されるのか?
2026.6.2あの多田哲哉のクルマQ&Aよく目にするピアノブラックの内装材は、「キズや脂汚れが目立つ」などネガティブな評価もしばしば。それでも多用されているのはなぜか? 車両開発者の多田哲哉さんに聞いてみた。 -
NEW
BSAゴールドスター650(5MT)【レビュー】
2026.6.2試乗記かつて一世を風靡(ふうび)した英国の名門、BSAが復活! 新生第1号モデルである「ゴールドスター650」は、クラシックで優雅なお散歩バイク……と思いきや、ツインカムの大排気量シングルで、ライディングも前のめりに楽しめるマシンに仕上がっていた。 -
レストモッドがイメージ 特別なオニツカタイガーの魅力に迫る
2026.6.1オニツカタイガーの新作ドライビングシューズを知る<AD>オニツカタイガーが、“レストモッド”と呼ばれるクルマのレストア&カスタム手法に着想を得たドライビングシューズを発表。4タイプ製作された、「MEXICO 66 DRIVING」のスペシャルバージョンの魅力に迫る。 -
新生アルピナは成功するか? その将来とBMWとの関係について考える
2026.6.1デイリーコラム具体的なデザインスタディーも公開され、いよいよ市場展開が見えてきた新生アルピナ。将来的な成功の“確度”やいかに? BMWによる新たなアルピナ像について、両ブランドに詳しい西川 淳が詳しく解説する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション(4WD)【試乗記】
2026.6.1試乗記「ホンダCR-V」がフルモデルチェンジ。新型は適切なボディーサイズと高品質な内外装を持ち、乗れば最新のホンダ車らしい気持ちよさが味わえる。ただし、その月販目標は400台。ちょっと弱気ではあるものの、周辺事情にも考えを巡らせると極めて妥当な数字にも思えてくる。 -
日産リーフB7 G(前編)
2026.5.31思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「日産リーフ」に試乗。初代のデビューから15年余りを経て生まれた3代目はスタイリングも中身も刷新。苦境にある日産を立て直す重責を担っている。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。







