第693回:欧州の自動車CMに新潮流 カタカナ読みっぽい「日本語的アクセント」が流行中!
2021.02.11 マッキナ あらモーダ!「ゆで加減」が「霊安室」に
筆者がイタリア語で話すときにつきまとうのは、やはり日本語的アクセント、つまりなまりである。会話の最初は頑張っていても、疲れてくると次第に発音が日本語っぽくなってくる。それは、こちらに住み始めて25年が経過した今も変わらない。
知人は仕事でデーブ・スペクターと電話で話したとき、「まったく日本人と変わらなかった」と驚いていたが、その域には程遠い。
1980年代に読んだ小説家・城山三郎の対談録によると、ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏は、日本語アクセントの英語でも臆(おく)することなくビジネス交渉に臨んでいたという。だが、語彙(ごい)の豊富さで補っていたことは事実であろう。筆者のような者がまねできるものではない。
そうかと思えば、発音を張り切りすぎて、変な事態になってしまったこともある。
イタリア料理において「アルデンテ」とは、パスタなどが程よい歯ごたえに調理された状態を表す。実はこの言葉には苦い思い出がある。20年以上前、筆者がイタリアで料理学校の通訳兼広報をしていたときのこと。アルデンテと話したところ、イタリア人の校長が笑いだした。筆者が発音したのは「al dente」ではなく、「a“r”dente(camera ardente=霊安室)」だったのである(イタリア語でカメラは部屋という意味)。日本人が苦手な「l」と「r」の使い分けを、まんまと間違えてしまったのだ。
ところが最近、コテコテの日本語発音が流行の兆候を示し、それはなんと自動車の世界にも及び始めている、というのが今回の話題である。
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締めは日本語がオシャレ
「サウンドロゴ」とは、一般的にCMでブランドを印象づけるために付加する短いメロディーや音声のことを指す。大幸薬品の「正露丸」のトランペット音は、日本におけるその秀逸な例といえる。正露丸の場合は、CMの途中で鳴ることが多いが、一般的には最後である。
日本の自動車CMに関して言えば、1980年代は声が中心であった。日本では「Feel the Beat。日産です」や、俳優・石坂浩二による「ファン・トゥ・ドライブ。トヨタオートです」が、サウンドロゴの初期の例といえる。
対して今日、欧州で目立つのはメロディー系である。各国共通で展開されているものが少なくない。
日本のテレビでも同様で、BMWやアウディのCMでエンディングに鳴っている効果音を思い出していただければよい。
参考までに、こちらヨーロッパでは、ヒュンダイが2017年から使用しているピアノ風のものが、かなり印象的だ。
ところが2020年ごろから、イタリアやフランスのメディアを通じて流れているサウンドロゴで気になるものが現れた。
日本語アクセント、もしくはそれに似た発音でブランド名を発したサウンドロゴである。
まずはスズキのイタリアやフランスにおけるテレビ&ラジオCMだ。エンディングで、音楽と合わせることなく女声で発音されている。
例えばイタリア語アクセントでは「スズーキ」となってしまうところを、日本語に近い発音でレコーディングしている。
トヨタはフランスのラジオCMで、スズキほど日本語的ではないが、やはり日本人に近い発音のサウンドロゴを挿入している。
ただし、その潮流を強めたのは、自動車業界のCMではなかったと筆者は考える。ソニーの「プレイステーション」だ。日本版CMのものと同じ明らかに日本人の女声を、こちらヨーロッパでも使用し始めている。
日本で育った筆者でさえ「おっ」と思うのだから、イタリア人やフランス人には、さらにインパクトがあるに違いない。
プレステ世代が認識を変えた
日本のネイティブ的発音の台頭までには、長い道のりがあった。
それには楽曲を探るべきだろう。
その前史として、かつて日本では、外国人のぎこちない発音をエキゾチシズムに転化して売りにする手法があった。1960年代におけるイタリアのミーナによる『砂に消えた涙』、1970年代のアグネス・ラムによる『雨上がりのダウンタウン』などはその一例である。
2010年代に入ってからは少女時代をはじめとするK-POP歌手が日本語で歌っているが、こちらはあまりに流ちょうな発音ゆえ、それには該当しない。
いっぽう、日本語を歌詞に織り込んだインターナショナルな例としては、1983年に米国のバンドであるスティクスがリリースした『ミスター・ロボット』が挙げられる。ただし当該の歌詞「ドウモアリガトウ、ミスター・ロボット」は単音が連続する原始的なコンピューター合成音声を模したものであった。
ヨーロッパにおいて、トレンドに敏感な人々の間で日本語発音を効果的に使用した楽曲といえば、フランスのDJアーティスト、ディミトリ・フロム・パリによる1997年の『Love Love Mode』がある。
このラウンジミュージックには、日本の若い女性からサンプリングした「ラブラブモード」「イエース!」「オッケー」「グッド」そして「大丈夫でーす」といった音声がちりばめられている。
参考までにこの曲は同じアーティストの手により、2004年の日本製アニメ『月詠 -MOON PHASE-』のオープニングテーマ『Neko Mimi Mode』へと発展している。
ヨーロッパのCMにおける日本語アクセントのサウンドロゴ台頭に話を戻せば、やはりプレイステーションの役割が大きかったと考える。
家電や電子ガジェットの世界で日本ブランドが壊滅状態のなか、プレイステーションと任天堂のゲーム機は、今日海外で最も身近な日本発祥プロダクトといえる。
エンゲージメント・ラブス社による600以上のブランドを対象にした2019年の調査で、「ネット上で最も話題性のあるブランド」の1位はプレイステーション、2位は任天堂であった。
プレイステーションの1号機の発売は27年前の1994年だ。この前後に生まれたZ世代と呼ばれる人々は、今や消費社会の中核を担っている。物心ついたころには、日本製品に囲まれていたジェネレーションだ。
なかには、プレイステーションや任天堂が日本発のブランドとは知らない若者にも出会うが、アジアから来たハイテク製品であることは意識している。
そもそもフランスやイタリアでは、彼らの両親にあたる世代も日本のカルチャーに対して抵抗がない。1980年代初頭に台頭してきた民間テレビ放送から流れる日本のアニメで育った世代だからである。
こうした流れを経て、SUZUKIやTOYOTA、PlayStationを日本風に発音する=オシャレという土壌が出来上がったと筆者は見る。
シトロエンに追いつけるか
そういえば、筆者と女房がイタリア人家庭に行くと、時折「なんでもいいから日本語で会話してみろ」と要求されることがある。
話題の設定もなく会話を始めろと言われても困惑するばかりだ。
それでも当のイタリア人にとっては、彼らの言語と比較して極めて抑揚が少ない日本語のイントネーションに穏やかさを感じるのだそうだ。
少し前まで日本のメディアで見られたやみくもともいえる「日本すごい」的観点には当惑するどころかへきえきしてきた筆者である。だが、これまでマイナス要素と考えていた日本語的な発音が、ポジティブにとらえられる時代が来たのかと、冒頭で示した20年前以上のアルデンテ事件と比較して思うのである。
最後に再びサウンドロゴについて言及すれば、あのシトロエンは数年前から「Citroen!」という、フランス語発音の女声を世界各国のCMに織り込んでいる。フレンチネス(フランスらしさ)を売りにできる彼らならではだ。
ここにきて日本ブランドも、シトロエンのそれに追いつける可能性が出てきた。韓国系自動車メーカーや中国系家電ブランドが母国語風発音のサウンドロゴを使い始めるまでにはまだ時間を要するだろうから、優位といえよう。
ただし、もうしばらくは、実際のイタリア人を相手にする場合には、従来どおり「スズ~キ」「トヨ~タ」と言ったほうが、手っとり早く通じることは間違いない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、グループPSA、現代自動車、トヨタ自動車、スズキ、ソニー/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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