第733回:最大のメリットは“癒やし”!? イタリアでリトラクタブルヘッドライトが人気沸騰中!
2021.11.25 マッキナ あらモーダ!当時の苦労も知らないで!?
クリスマスを前に、イタリアではギフト用アイテムの宣伝がメディアをにぎわせている。そうしたなかで目を奪われたのは、動画配信サイトで時折流れるスイスの時計ブランド、Tissot(ティソ)のCMである。
かつて同社の多機能ウオッチ「T-Touch」を2本も愛用していた筆者としては、「今度はどのような新機軸が?」と期待した。
ところが、その内容は意外だった。1980年のブロンディのヒット曲『コール・ミー』とともに流れる映像は、モデルの男性ファッションといい、ディスコ風照明といい、80年代全開である。
別に制作されたプロモーション用ビデオも、「マイコン(マイクロコンピューター)」という言葉を思い出させるような背景デザインだ。
実は、2021年に同ブランドがリリースした「PRXコレクション」は、1978年のオリジナル「PRX」を再解釈し、アップデートしたものだという。
昨今、1980年代がトレンドである。イタリアでも同様であることは、本欄の第610回「日本の“80年代”が舞い降りた! 大矢アキオ、イタリアの春祭りに酔う」をご高覧いただこう。
筆者が住むシエナの大学街にあるアンティークショップでは、パンクロックなどのLPレコードを物色する学生の姿をたびたび見かける。カセットテープをイメージしたグッズやファッションも街にあふれている。
思えばかつて筆者は、アナログレコードのスクラッチノイズを消すため、ベルベットやシリコンのクリーナーで丹念に盤面をひたすら掃除し、カセットテープのヒスノイズ低減を求めて、DolbyのBタイプだCタイプだと、ノイズリダクション搭載デッキを買い求めてきた。車内のカセットプレーヤーのオートリバース機構が故障して愛聴のテープが絡まり、まるで焼きビーフンのようなさまになったときには絶望した。
太平洋戦争中、本当に生死の境をさまよった人は、エアガンを使ったコンバットゲームに参加しないはずである。戦時中に少年少女時代を過ごした筆者の両親は生前、「英霊が眠っているところで、とても遊ぶ気になれない」と、グアムやサイパンへの旅行に関心を示さなかった。
もちろん筆者のオーディオ趣味と戦争時代の体験を同列に扱うことには無理があるが、今日になってアナログレコードやカセットテープを楽しむ人々を見ると、「当時の苦労を知らないで、何が楽しいのだ」と、ついつぶやいてしまうのである。
ティソの新しいコレクションも、素直には受け入れられない。なぜなら1970年代後半から80年代前半は、日本のクオーツ腕時計が世界を席巻していたからである。スイスの時計産業が風前のともしびだった時代だ。いくら自社製過去モデルのデザイン復活とはいえ、どこか日本製クオーツに似たモデルを、わざわざオートマチック(クオーツ仕様もあり)にして売ることに、個人的には違和感を覚えるのである。
ワープスイッチとして
ティソのPRXコレクションのCMに話を戻せば、面白い場面がある。主人公の若者が出かけるときに乗るクルマが、リトラクタブルヘッドライトを点灯させるのである。
実はリトラクタブルヘッドライトについても、前述のアイテムと同様、筆者独自の見解があった。
規格型前照灯を使用する保安基準を課した国や地域が主要市場にない今日、点灯時において、空力という観点から極めて不利である。
名デザイナーのレオナルド・フィオラヴァンティ氏を、2015年にトリノのスタジオで取材した際のことだ。職業人生の全般についてインタビューしに行ったのだが、彼は「フェラーリ365GTB/4(デイトナ)」の初期型用ヘッドランプのプレクシガラス製カバー設計に関して多くの時間を割いた。
具体的には、空力的フォルムや正確な投光、そしてホモロゲーション通過のすべてを実現する必要があった。そのためミラノ工科大学時代にかじった、専門外である光学の知識まで駆使したという。
少なくともデイトナでは、いかにリトラクタブルを回避するかに神経を払ったかがうかがえる。
加えて「ホンダ・アコード」「トヨタ・カローラII」といった、スポーツモデルではないクルマにまでリトラクタブルヘッドライトを採り入れてしまった時代は、なんとも滑稽なものであった。後者に至っては「リトラ」という奇抜な名称までついていた。
近年も筆者は、世界各地のモーターショーで灯火類のサプライヤーが照度を確保しつつ、より天地に薄いヘッドライトを設計しようと心血を注いでいるのを目のあたりにしてきた。したがって、リトラクタブルがかっこいいという感情は抱かなかった。
ところが、面白いことに「マツダMX-5」のイベントを訪れると、必ずと言っていいほど「リトラクタブルに引かれた」と話す初代(NA)のオーナーがいる。2代目(NB)の持ち主のなかには、「本当はリトラクタブルのNAが欲しかったが、なかなかいい個体が見つからず、やむなくNBに」と告白してくれた人もいた。今風に言えば「キュンです」なのである。
なぜそこまでリトラクタブルが好きなのか? 初代MX-5を所有するイタリア人の関係者に思いのたけを語ってもらった。
1人目はマッティア・クインティさんだ。日本ブランドのチューニングパーツを専門とするネットショップを運営している。
「ボクが1993年式NAのポップアップヘッドライトに魅力を感じている理由は2つ。第1はNAのノーズを個性的にしていること。前から見ると、丸いスポットライトとフロントエアインテークが相まって、まるでMX-5がほほ笑んで運転してほしいと誘っているように見えるんだ」
では第2の理由とは?
「時々、子どものころに走り回っていた1980年代のスポーツカーの記憶がよみがえり、それらの表情がNAとよく似ている。リトラクタブルヘッドライトが起き上がるのを見るたびに、まるで過去の出来事のような感覚に包まれるんだ」
ちなみにマッティアさんは1990年生まれ。リトラクタブルは少年時代にワープさせてくれるのである。
みんなが笑顔に
2人目は、ルカ・アニエッリさんである。自身の姓から「祖父は(筆者注:フィアット創業者と同名の)ジョヴァンニ・アニエッリだけど鉄道員だったよ」と最初に笑わせてくれた。
普段はアレッツォでさまざまな車両のチューニング工場を営むルカさんだが、同時にイタリアにおけるMX-5愛好会の中部地区担当として、各種イベントの運営にもあたっている。
「ポップアップヘッドライトは、登場以来長きにわたって魅力的な存在でした。スポーツカーの特徴のひとつだったのです」
こう語る彼は、まず歴史について言及してくれた。
「1980年代後半までのヘッドライトは主にガラス製で、当時の技術では空力的に優れた形状をつくることはできませんでした。これを改善するために、透明なプラスチックカバーをつくったメーカーもありましたが、コストがかかりました」
「この問題を解決するために、格納式のヘッドライトが考えられました。実際、ポップアップしたときを除けば、空力的に優れたボディーシェイプでした。その後スポーツカーに普及し、特に1980年代には愛好家の間でカルト的な人気を博しました。しかし1990年代半ば、事故時の歩行者の安全性を考慮して、メーカーはリトラクタブル式ヘッドライトを廃止せざるを得ませんでした」
筆者が付け加えれば、欧州各国でライトの常時点灯が義務化されたことも、逆風となった。
いっぽう今日では「逆に使われなくなったために、人気があるのです」とルカさんは語る。もう少し詳しく分析してもらおう。
「ポップアップしたときに、とてもフレンドリーな表情になるからです。その姿は共感を呼びます。ポップアップ時は、小さなカエルのように見えます。ヘッドライトは目、バンパーのエアインテークは口、フロントフード中央の隆起は鼻というわけです」
このあたりは、前述のマッティアさんと共通である。確かに、MX-5ファンの間では、リトラクタブルヘッドライトを上げた状態のフロントフェイスを擬人化したイラストが多数交換されている。
ルカさんは続ける。「特に子どもたちが大好きです」。実際、彼の息子である2017年生まれのニッコロ君も「できることなら、ずっと開閉し続けてみたい」と笑う。
ルカさんは、さらにほのぼのとしたエピソードを披露してくれた。
「MX-5に乗って信号待ちをしているときに、近くを通る子どもたちがいたら、すかさずヘッドライトを開閉するんです。すると一様に彼らはびっくりします!」
リアクションは連鎖を呼ぶようだ。
「彼らが『マンマ、見て!』と大声で叫ぶと、周囲の通行人は笑ったり、驚いて飛び上がったりするのです。いずれにせよ、そのときの子どもたちの目は輝いています。魔法のように映るのでしょう」
今こそ貴重なあのフェイス
初代MX-5のリトラクタブルヘッドランプに対する彼らの思いは、予想以上に熱かった。
近年、ルームミラー越しに後続車を見るたび、「最近のクルマは目つきが悪いな」とつぶやいていた筆者である。なにゆえ、あそこまで威圧的なヘッドランプにしなければならないのだろう。先行車に鋭い牙でかみつくようなラジエーターグリルが、そうした雰囲気を増幅させる。怒った顔を見て楽しくなる人はいないのだから、クルマの顔も、もっと柔和であるべきだ。
そうしたなか彼らが言うとおり、リトラクタブルヘッドライトを備えたクルマは、格納時のクールな印象と、ポップアップ時のコミカルな表情とのコントラストが楽しい。交響曲が楽章によってテンポが速かったり遅かったり、迫力があったり優美であったりするから魅力的なのと同じである。
もちろん対歩行者安全性は重要だ。しかしそれを除けば、ライトがポップアップするからといって、実生活上で困るほど最高速が低下したり、燃費が極端に悪化したりするわけでもない。それよりも前述のように、乗る人も街で見る人も楽しいほうがいいではないか。
数値第一主義はやめよう。リトラクタブルヘッドランプを通じて、図らずも彼らに教えられた。
リトラクタブルヘッドライトは、日本の発明ではない。しかしながら、それを採り入れ、かくも長きにわたって外国の人々にも愛されるデザインに昇華させた初代MX-5のデザイナーに筆者は敬意を表するのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ティソ、スティフレックス、マッティア・クインティ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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