第610回:【Movie】日本の“80年代”が舞い降りた!
大矢アキオ、イタリアの春祭りに酔う
2019.06.28
マッキナ あらモーダ!
テーマは「伝説の80年代」
筆者がイタリアに住み始めた1990年代中ごろ、イタリアで電気製品といえば、まだ日本ブランドの製品を指していたといっていい。外国人大学で教師が、授業中にビデオレコーダーの操作やディスプレイの入力切り替えのやり方などがわからなくなると、必ずボクに操作を頼んできた。日本ブランド品の扱い方は、日本人ならみんな知っているに違いない、という思いがあったのだろう。
今考えると、イタリアにおける「日本=エレクトロニクス」のピークは2003年、当地の通信事業者ウィンドが「iモード」を採用したときだったのではないだろうか。ニュースでは日本のNTTドコモの技術であることが伝えられ、「i」ボタンを押すだけでスポーツや音楽、ファイナンスなど、14のカテゴリーの情報にアクセスできることがうたわれた。
しかし鳴り物入りの導入とは裏腹に、めざましい普及はみられず、2009年にサービスは静かに終了した。
ちょうどそれはAppleの「iPhone」が普及し始めたころと一致する。今日では量販店に行っても、日本ブランドの家電は少数派だ。わが家を見回してみても、もはや日本ブランドの製品は見当たらない。
話は変わって、トスカーナ州アレッツォ県のルチニャーノ村では、毎春「マッジョラータ・ルチニャネーゼ」と名付けられた祭りが行われる。
村の標高は400m。冬は吹きつける風が過酷だ。この厳しい季節の後に到来した春を無数の花とともに祝う祭りは、その歴史をムッソリーニ時代の1938年にまでさかのぼる。
4つの町内会がテーマに沿った山車をつくってその出来栄えを競う。これまでにも「映画」や「テレビコマーシャル」といったテーマが設定されてきた。今年2019年は、ずばり「伝説の80年代」である。
イタリアの1980年代は活況に沸いていた。乗用車生産は、1985年を除けば1981年から右肩上がりで、1989年には第2次大戦後ではピークとなる197万1969台を記録した。2018年のその数字が3分の1以下の63万1000台であることからも、当時の勢いがわかる。
午後、いよいよ伝説の80年代パレードが始まった。ある町内会は「スーパーマリオ」をモチーフに選び、懐かしい電子音のテーマ音楽を繰り返していた。もうひとつの町内会はソニーの「ウォークマン」をおびただしい数のカーネーションで表現した。
山車チームを構成するメンバーのほとんどは、当時を知らない世代である。ある若者によれば、自分はウォークマンを使ったことがないが、家には今も親が使ったものが転がっていて、当時の流行ぶりを聞いたことがあるという。
若者たちが日本発祥のアイテムを、何気なく「伝説」として選ぶ。それも人口3500人の村祭りで。
ちなみにスーパーマリオやソニーが日本発祥だと知らないイタリア人には、たびたび出くわす。今回山車製作に携わった若者たちの中にも、ウォークマンが日本発と知らないメンバーがいただろう。
日ごろ、「ニッポンすごい」系の自画自賛テレビ番組や、官公庁が音頭をとる「○○ジャパン」系プロジェクトにはなじめない。しかしこの小さな祭りは、まぎれもなくメイド・イン・ジャパン史の断章であり、少なからず筆者の心を揺さぶったのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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