第803回:「UFO」まで放出!? 進む自動車ブランドの秘蔵車コレクション売却
2023.04.13 マッキナ あらモーダ!1000万円のルノー製UFO
ルノーがつくった「空飛ぶ円盤」が売りに出された。フランス・パリを本拠とするオークションハウスのアールキュリエルが2023年2月に開催したセールでのことだ。
空飛ぶ円盤の正式名は「ルノー・レナステラ2328」という。「Reinastella」とは1928年に同社が発表した高級モデルの車名で、それにあやかったものだ。数字は2328年のラグジュアリーカーを表す。
レナステラ2328は、パリ郊外に「ユーロ・ディズニーランド(現ディズニーランド・パーク)」が1992年に開園した際、当時のオフィシャルパートナーだったルノーが提供したものである。
ルノーのデザイン部門による製作で、想定された“主要諸元”も残されている。動力は「バイオオーガニックエンジン」で、操縦は音声コマンドが可能だ。市街地では地上15cmに浮き上がり、時速50kmで移動。高速モードでは高度150mまで上昇し、時速300kmでの巡航を実現する。
今回アールキュリエルのオークションに出品されたのは2台製作されたうちの1台である。ディズニーとの契約終了後、ルノーのクラシックコレクションに収蔵されていた。
オークションの内覧会に筆者が訪れてみると、レナステラ2328にはかつてのユーロ・ディズニーランド時代のような伸縮式ポールは備わっていなかった。だが、台車を介して往時と同じように斜めに展示されていた。そして翌日、7万1520ユーロ(約1026万円。税・売買手数料込み)で落札された。
ただし、今回記すのは、空飛ぶ円盤が売れたという話ではない。近年、自動車メーカーが自社の歴史車両コレクションを次々と売却しているという話題である。
プジョーにシトロエン、そしてBMWも
実は同じ日のアールキュリアル社セールを通じ、ルノーのクラシックコレクションは他にも「4」のオープン仕様や役員専用車だった「25」、さらにF1カーなど計6台を売りに出していた。
プジョーとシトロエンの歴史車両部門である「アヴァンテュール・プジョー・シトロエン(以下アヴァンテュール)」もここ数年、オークション会社と組むかたちで一部車両の売却を進めている。
プジョーは2018年、フランス東部ソショーにあるミュージアムにおいて収蔵車両65台をルクレール社によるオークションとして売り出した。2022年10月にも、アギュット社のオークションとしてセールを行った。カタログにはコンセプトカーのモックアップも含まれていた。
シトロエンも、筆者が確認した範囲では2017年から3回にわたり歴史車両の一部をオークションで放出している。2014年に閉鎖されたオールネイ・スー・ボワ工場の一角に今もある車両保管庫、コンセルヴァトワールの所蔵車だ。
フランス系ブランドだけではない。ミュンヘンのBMWミュージアムも2021年にはボナムズ社と、2022年にはRMサザビーズ社とともにオークションを館内で行っている。後者では32台を出品した。
このように過去数年、自動車メーカー系ミュージアムによる歴史車両の売却が続いている。アールキュリアル社の広報担当者に会場で筆者が確認したところ、「確かに自動車メーカーは、コレクションを整理し始めています」と証言する。
真っ先にしわ寄せがくる
世界各地を訪れるたびに自動車ミュージアムに親しんできた筆者としては、少なからず複雑な心境になる。特に過去に館内で鑑賞した車両が、オークションのカタログに掲載されているのを発見するたび、心が痛む。
もう少し詳しい実情を知りたい。そこでアマチュア自動車競技団体のオフィシャルメンバーを務め、かつコレクターとしてアヴァンテュールにも近い、フランス人の愛好家に聞いてみることにした。
最初に「あなたもこの機会に買いたいですか?」という質問を投げかけると、たちまち「ノン(いいえ)」という答えが返ってきた。そしてこう続けた。「こうしたかたちでブランドの遺産を売るのは反対です」
彼はアヴァンテュールによる売却車両の選択基準についても解説する。「彼らは、重複する車両だけを売却しています。コンペティションカーについては、優勝したクルマだけを残しています」。そして、さらなる実情を解説する。
「真の目的は運営資金の確保です。プジョー・シトロエン時代から、アヴァンテュール部門に支給される金額は年々減少しています。そのためにヒストリックカー用スペアパーツの販売や、古いクルマのレストア・整備をしてきましたが、それ以上に資金を稼ぐ必要があるのです」
そのうえで彼は、長年シトロエン専門のミュージアムを待ち望んでいたものの、その夢はさらに遠くなったと肩を落とす。
確かに自動車の保管には、広大な敷地を要する。かつ車両は動態保存が価値をもつため、維持管理は容易ではない。残念なことだが、メーカーが経営不振に陥ったり、将来への開発投資に追われたりすると、しわ寄せを食うのは歴史部門である。例えば北米ではフォードの例がある。ベルギーや英国工場の閉鎖を発表した2012年の翌年、1990年代のコンセプトカー(注:ヘンリー・フォード博物館のコレクションにあらず。同館はメーカーとは別の、独立した財団によって運営されている)をまとめて売却している。
ベルトーネの場合
こうしたコレクションの売却に際し、自動車デザイナーはどういった心境なのだろうか。筆者の脳裏に浮かんだのは、長年イタリアを代表するカロッツェリアとして存在した旧ベルトーネである。同社において最後のデザインダイレクターを務めたマイケル・ロビンソン氏にメールでインタビューを試みた。
ロビンソン氏は「伝説的な企業が、何らかの理由でクラウンジュエリーを売却するときは、いつも悲しい物語になります」としたうえで、まずベルトーネコレクションがたどった経緯を説明してくれた。
1997年に(2代目社主)ヌッチオ・ベルトーネが死去したとき、夫人のリッリは2社を継承することになった。ひとつは自動車メーカーからの受託生産をしていたカロッツェリア・ベルトーネ(以下、カロッツェリア)、もう1社は設計開発を業務とするスティーレ・ベルトーネ(以下、スティーレ)だった。彼女は、2人の娘に1社ずつ渡すという、ロビンソン氏いわく「最悪なこと」をした。
2008年、まずカロッツェリアの破産手続きが始まる。「自動車コレクションは、スティーレの美しいミュージアムスペースに置かれていました。ただし、法的な所有権はカロッツェリアにあったのです」
「裁判官は、まず最も重要なコンセプトカー6台を売却することで、(残る車両を)内部で購入する際の価格を下げようとしました」。つまり評価額を下げようとした。
ところが2011年5月に開催されたRM社のオークションで、6台の落札額は市場価値を大幅に下回ってしまった。「裁判所は一獲千金を達成できなかったのです」
続いて2013年には、スティーレが破産してしまう。「その際、同じ裁判所が残り79台の車両を売却します。購入したのはASI(イタリア古典二輪四輪協会)でした」
ASIは購入した車両を一括してミラノ・マルペンサ空港に近いボランディア航空公園博物館に収蔵した。「そこではアルファ・ロメオのコーナー、ランボルギーニのコーナーというふうに、ブランドごとにまとめる工夫は行われました。しかし全体的に空間が足りず、全車をきちんと収蔵することができませんでした」とロビンソン氏は指摘する。
「私がベルトーネ在籍中に手がけたクルマで、博物館に展示されているのは、2011年のジャガーの『B99』と『B99GT』の2台だけです。他の2台、2010年の『アルファ・ロメオ・パンデオン』と2012年の『ヌッチオ』は、オークションで個人バイヤーに売却されました。しかしガイドツアーを引き受けるたび、(ベルトーネの歴史車両が)今でもそろっているのはうれしいことです」
さらにロビンソン氏は、こうも振り返る。「ベルトーネ勤務時代、毎朝出勤時にミュージアムを通りアドレナリンとプライドを放出し、それをデザインオフィスの同僚たちに伝えていました。自動車史に残る重要な作品たちが、個人のガレージに分散されて消えていくのを防いでくれたASIには、本当に感謝しています」
そして最後に、ヴォランディア博物館に収めることができなかったベルトーネ車に思いをはせ、こうつづっている。「いつの日か、ベルトーネ・ミュージアムに展示されることを期待しています。いつの日か……」
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誰も寝てはならぬ
話を戻そう。車両コレクションからの放出は、慎重にすべきである。第一の理由は、コレクションを再度完成させるための購入や借り出しは、労力と費用を伴うからである。1989年に愛知県に開館したトヨタ博物館は新規のオープンであったので、直接の実例とはならない。しかし車両をそろえるのに多大な苦労があったのを、当時自動車誌の駆け出し編集記者として開館を追った筆者は知っている。
フェラーリの場合はやや特殊であるが、途切れた歴史をたどるのは容易ではないことを示している。創業者エンツォの子息ピエロ・フェラーリ氏が筆者に語ったところによると、彼の父はレースごとに、エンジンを別のクルマに換装し、また古い車両を売却することで資金の足しにすることを繰り返していた。そのため、資料や記録を検証するのは常に難航するという。
第二の理由は、その意義だ。イタリアを代表するカーデザイナーの一人であるロベルト・ジョリート氏は、現在自身が率いるフィアットとランチア、そしてアバルトのヘリテージ部門を、「これは、私たちのポートフォリオです」と筆者に紹介した。歴史車両は企業の沿革やポリシーを広く紹介する大切な役割を担っているという認識である。
ただし歴史車両の放出による市場への流通に、筆者はある種の期待も抱いている。前述のアールキュリアル社の担当者は、「今回のルノーの空飛ぶ円盤のように、過去のコンセプトカーが発掘される可能性もあります」と話す。たとえ1回限りのショーのために製作されたコンセプトカーでも、数多くの人々が関与している。プレスカンファレンスでは、車両の前でポーズをとる社長やデザインダイレクターばかりが報道される。だが、実はイタリアでも日本でも、納期に間に合わせるべく突貫作業を続けてきた、カロッツェリアのさらに下請けの板金業者があまたいるのだ。彼らの過去の仕事が、たとえ一瞬でも再び脚光を浴びる。そうすれば、自動車の世界に携わる人々のモチベーション向上につながる。
「Nessun dorma(誰も寝てはならぬ)」は、プッチーニのオペラ『トゥーランドット』の有名なアリアである。売却するにせよしないにせよ、倉庫の奥深くでクルマに惰眠をむさぼらせるのは、最大の損失なのだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Heritage HUB/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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