公道も走れるフォーミュラカー 英国発の新しいスポーツカー「BAC Mono」の実像に迫る
2023.04.28 デイリーコラム走ることに特化した単座のスポーツカー
往年の名車から身近なネオクラシックまで、さまざまなクルマが顔をそろえていた自動車イベント「オートモビル カウンシル2023」だが、そこには数多くの魅力的な新型車も展示されていた。そのひとつが、英国の新進気鋭のスポーツカーメーカー、ブリッグス・オートモーティブ・カンパニー(BAC)の手になるシングルシーターのライトウェイトスポーツカー「Mono」だ。会場に飾られた展示車は、限定車「Mono R」の“特別仕立て”だったこともあるが、かたや4798万6400円、こなた5806万6800円という超高額プライスに驚かされ、同時に興味を覚えた。イベント展示に合わせて来日した社長のニール・ブリッグス(Neill Briggs)氏に、BACのクルマづくりと究極のスポーツカー、Monoについて話をうかがった。
Monoの第一印象は、「超速そう!」のひとことに尽きる。そのフォーミュラカーのようなスタイルからサーキット専用車であると早合点しそうになるが、公道走行も前提としたシングルシーターのスポーツカーなのだ。
簡単にフラッグシップモデルとなる限定車、Mono Rのスペックを紹介すると、ボディーサイズは全長×全幅×全高=4007×1836×1085mmとコンパクト。ハイチューンの2.5リッター直列4気筒自然吸気エンジンは、最高出力342BHP、最大トルク330N・mを発生し、6段シーケンシャルトランスミッションが組み合わされる。車両重量は徹底した軽量設計により、たったの555㎏(乾燥重量)にすぎない。0-60mph(約96km/h)加速はわずか2.6秒。ウェールズにあるアングルシーサーキットでは、レコードとなる1分06秒9のタイムをたたき出している。これは、同サーキットで「マクラーレンP1 GTR」が記録した1分08秒7より2秒も速い記録であり、まさに地上を走る戦闘機といえよう。ちなみに、Monoの名前は、イタリア語で“一人乗り車”を意味する「Monoposto(モノポスト)」に由来する。
きっかけは“量産スポーツカー”への不満
そんなモンスターマシン、Monoを送り出すBACは、2009年に兄イアンと弟ニールのブリッグス兄弟によって創設された、英国の新しい自動車メーカーだ。従業員数28名という小さな会社で、これまでに約200台のMonoを世に送り出してきた。次年度の生産台数は48台を計画しているというから、人気が高まっていることがうかがえる。主なマーケットは、規模順にアメリカ、アジア、ヨーロッパ、英国で、そのなかで日本は、単一国としては3番目の実績がある。すでに23台が販売され、さらに2023年に4台、2024年には8台が上陸する予定だ。
創業者であるブリッグス兄弟は、幼いころからクルマ好きであり、自動車業界に進むために、大学では兄がデザインを、弟がエンジニアリングを学んだ。卒業後は互いの強みを生かし、1995年にドイツでデザインとエンジニアリングのコンサルティング会社を設立。公式サイトによれば、メルセデス・ベンツ、AMG、マイバッハ、フォード、ポルシェ、ベントレーなどのプロジェクトに参加したという。それらのプロジェクトでは、内外装のデザインをはじめ、ギアボックスやサスペンションなど専門性の高いメカニズムの開発にも携わっており、多くの経験が培われたそうだ。また、その過程でサプライヤーとの強固な関係も構築され、それが今日の自動車メーカー、BACの礎となった。
ニール氏によれば、彼らが理想のスポーツカーをつくりたいと考えるようになったきっかけは、自分たちがクルマを楽しむうえで感じた不満からだという。さまざまなクルマを所有し、サーキット走行やレースを楽しんでいた彼らだが、既存のクルマでは満足できない部分があった。しかし幅広い顧客を対象とする大きな自動車メーカーでは、少数が望む性能に特化したスポーツカーをつくることは難しい。それならば、自分たちが小さな自動車メーカーとなり、その理想を実現したいと考えたのである。ふたりはコンサルタント会社として各社とのプロジェクトに取り組みながら、1998年ごろからオリジナルカーのアイデアを練るようになる。2008年にはより具体的な検討の段階へと移り、BACの設立へとつながっていった。
クルマのすべてが走りにフォーカスしている
「BACのポリシーは、ドライバーに唯一無二の体験を、公道とレーストラックで提供することです」とニール氏は語る。
「世のなかの多くのクルマでは、性能だけでなく、輸送手段として出発地から目的地までの快適性も重視されます。しかしMonoは、純粋なドライビングの楽しみだけを追求しています。その違いは『ポルシェ911』で考えてみると分かりやすいかもしれません。ベースラインの『911』は、大人2人と子供2人のファミリーが快適に移動できるとともに、高いパフォーマンスも備えています。しかし『911 GT3 RS』となれば完全にパフォーマンス重視なため、後席は取り払われ、フロントシートも心地よさよりホールド性を重視。先の911のような快適性や機能は持ち合わせていません。このように、同じクルマでもどこに重点を置くかでアプローチは全く異なるわけです。Monoはデザインから構造まですべてがパフォーマンスを重視したつくりをしています。そのために、F1のようなレーシングカーの要素を取り入れたクルマとなっています」
かなりストイックなクルマであるMonoだが、同時にニール氏の言葉からは、いかにドライビングパフォーマンスを追求したかも理解できる。ただニール氏は、にこやかに「実用性を完全に無視したわけではない」と付け加え、クルマのキーやスマートフォンなどをしまえる小物入れ、ヘルメットの収納スペースなどを確保していることや、ステアリングホイールを着脱可能とし、乗降性を高めていることなどを教えてくれた。またコックピットの前方にはスエード調素材の張られたフラットなスペースがあるが、これは乗降時にステアリングやヘルメットなどを置けるようにという工夫だ。
より深くクルマと対話するためのオーダーメイド
個人的に気になった価格についても尋ねてみた。最高のドライビングプレジャーを提供するクルマとはいえ、日本での価格はベースモデルの「Mono」で3800万円以上、Mono Rでは4800万円以上という超高価格である。その問いに対し、ニール氏は「いいえ。高額ということはありません。ほかの同等性能のクルマと比べれば、実は非常に安いのです」と返答する。
なぜ上述のプライスタグを掲げながら、Monoは安い、コストパフォーマンスに優れると言えるのか。その理由は、徹底した軽量化と最高の材料やパーツを妥協なく取り入れているから。そして完全オーダーメイドのクルマづくりとなっているからだ。
Monoを契約すると、オーナーはBACに出向き、体の採寸を行うことになる。そのデータをもとにステアリングやシートなどが専用設計されるのだ。もちろんコックピットをオーナー専用とするのは、クルマとの接点をより密にするためだ。さらに、カラーリングもユーザーの希望に沿ってデザインされる。とあるオーナーは、所有するスターリング・モスのためにつくられた「フェラーリ250GTO」と同じ、ミントグリーンのボディーカラーを希望したという。また、車体とコンビのデザインとなるヘルメットを製作してくれるメニューがあるのも、オーナーにとってはたまらないところだ。
サーキットイベントなどの開催も検討
そんなMonoのオーナーは、超富裕層には間違いないが、どんな人たちなのだろうか。ニール氏によれば、年齢層は24歳から82歳と幅広いそう。ストイックなクルマだけに腕に覚えのあるユーザーばかりかと思ったら、サーキット走行未経験者もいるそうだ。今後は彼らによりMonoとのカーライフを楽しんでもらうべく、サーキット走行会やツーリング等のイベントも企画したいという。さらにドライビングのスキルアップにつながるよう、走行データをもとにしたアドバイスサービスの提供も考えているとのことだ。Monoはサスペンションもレーシングカーと同じフルアジャスタブルであり、自分好みの味つけはもちろん、おのおののレベルに合わせたセットアップも可能となっており、共に成長できる存在といえる。
最後にニール氏は、「創業より支えてくれた皆さまに感謝するとともに、これからも世界中の、究極のスポーツカーを求める少数のお客さまのために、唯一無二の所有と運転体験を提供するクルマづくりを続けていきます」と締めくくった。
クルマ好きの兄弟が生んだスポーツカーは、プレミアムカーの開発に携わった彼らの経験がカラーリングなどのカスタマイズ性にこそ生かされているものの、豪華さや快適さといった要素は無縁。リソースと情熱がドライビングプレジャーの一点に注ぎ込まれているのが興味深かった。まさにクルマ好きがクルマ好きのためにつくったクルマなのである。その妥協なき姿勢は価格にも反映されているが、限られたごくわずかな愛好家向けのものなのだから、それも当然だろう。大メーカーの製品とは異なる特別なスポーツカーのステアリングを、私もいちクルマ好きとして握ってみたくなった。
それにしても、同等価格のスーパーカーではなくストイックなMonoを選ぶ人が、日本に35人にもいるとは……。そんなオーナーたちのカーライフも、ちょっと気になったインタビューであった。
(文=大音安弘/写真=大音安弘、webCG/編集=堀田剛資)

大音 安弘
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