第261回: プリムスのワゴンで父は子に“真実”を語った
『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』
2023.05.11
読んでますカー、観てますカー
1980年の最終決戦
1998年の大ヒット映画『アルマゲドン』の続編である。ブルース・ウィリスの活躍で小惑星の地球激突を回避して人類は絶滅を免れたが、また未知の天体が近づいていることがわかった。今回のヒーローはニコラス・ケイジ。宇宙ドローンに乗り込んで大気圏外に向かった彼は、悪魔との契約で手に入れたゴーストライダーパワーで巨大彗星(すいせい)にアタックを試みる――というのはもちろんウソ。この映画はSF超大作ではない。
Armageddonとは最終決戦という意味の言葉。『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は、あるユダヤ系アメリカ人家庭が経験したさざなみのような出来事が語られる。監督のジェームズ・グレイは『アド・アストラ』というSF映画を撮っているが、それも宇宙人と戦ったりしないヒューマンドラマだった。今回は、自らの少年時代を振り返る自伝的作品である。彼が直面した友情と勇気をめぐる最終決戦に光を当てる。地球滅亡の心配はないが、主人公にとってはこれも切実な戦いだ。
1980年、ニューヨーク・クイーンズの公立学校に通う12歳の少年ポール(バンクス・レペタ)が主人公である。学校にうまくフィットできないでいて、今ならADHDと言われるようなタイプだ。授業に集中できず、教師からこっぴどく叱られる。6年生の初日に教師の似顔絵を書いてクラスメイトに回覧させ、笑いを取ろうとしたからだ。彼は絵が好きで、将来は画家になりたいと思っている。
クラスにはもっと危険な生徒がいた。ジョニー(ジェイリン・ウェッブ)である。ことあるごとに教師に反抗し、目をつけられている。留年を繰り返しているらしい。同じ叱られ小僧ということで打ち解け、彼らは親友になる。ユダヤ人と黒人、どちらもマイノリティーだ。
ウクライナから亡命した先祖
ポールは家でも落ち着かない。兄とはケンカばかりだ。自室の壁にはモハメド・アリのポスターが張ってある。ユダヤ少年の彼にとっても、アリは憧れの対象なのだ。
夕食には親戚が集まった。アーヴィング(ジェレミー・ストロング)は橋のトラス構造の話をしている。根っからの技術者で、建築技術に誰も興味を持っていないことに気づかないのだ。食卓ではポールの教育が話題となる。おばあちゃんは、彼が公立高校に通うことが気に入らない。「黒人の子がいるんでしょ」とあからさまな差別発言をする。
PTA会長を務める母エスター(アン・ハサウェイ)は、教育委員会に立候補するつもりだと話す。わが子のためを考えているのだろうが、息苦しい気分になる。母の魚料理が苦手なポールは、勝手に電話で中華料理を注文する。楽しいはずのディナーは大混乱に陥った。
ポールが唯一心を許せるのは、祖父のアーロン(アンソニー・ホプキンス)だ。画家志望と聞いても反対しないし、絵の具を買ってくれたりもする。スパゲティを大盛りでサーブしてくれるのもうれしい。「ほうら、ミミズだ」と奇妙なことを言う。後でわかるが、彼の母親がナチスの迫害を逃れてニューヨークにやって来た時、エリス島で出された初めて見る食べ物をミミズだと思ったのだ。ウクライナからデンマーク、イギリスのリバプールを経てアメリカに移民してきた。
レーガンとトランプ
ジョニーとポールは、学校をサボってゲーセンで遊ぶ。はみ出し者の2人はいつも教師に叱られ、授業から締め出されてしまった。トイレ掃除を命じられ、頭にきてとった行動がまずかった。笑い話では済まなくなり、ポールはジョニーと会うことを禁じられる。それだけでなく、兄と同じ私立校に転校させられることになった。
服装が自由な公立校と違い、ブレザーにネクタイの制服だ。登校初日、怪しげな男に声をかけられる。彼はフレッド・トランプと名乗った。全校集会では、検事をやっているというマリアン・トランプが演説する。「努力をすれば私のようになれる」と生徒を睥睨(へいげい)する。CEOや政治家、弁護士のような社会に有用な人間になれというのだ。画家なんて問題外なのだろう。生徒たちは反発しない。同じ考えなのだ。「レーガン! レーガン!」と連呼する。エリート校の生徒は、親と同様に共和党支持なのが当たり前である。
名前が出ているのは、実在の人物だ。レーガンとは、1980年の大統領選挙でジミー・カーターに圧勝したロナルド・レーガンである。タカ派として知られ、経済でも政治でも強硬な姿勢を貫いた政治家だ。フレッド・トランプは黒人嫌いで知られる不動産会社社長。ドナルド・トランプの父である。マリアンはフレッドの長女で、検察官、裁判官を務めた。
クルマという密室
多様性があった公立学校と違い、この私立校ではエリートとして成功を目指すことが唯一の価値とされる。生徒たちは黒人差別意識を隠さない。平気でNワードを使うやつらだ。ポールは受け入れられないが、学校で仲間はずれにされることが怖い。ジョニーがやってきた時にクラスメイトが差別的な扱いをしたのに、彼は抗議することができなかった。
ポールの態度を戒めたのは、祖父のアーロンだった。生きる指針として「高潔な人になれ」という言葉を与え、彼は世を去る。葬儀では、母だけが埋葬に立ち会い、父は息子2人とクルマの中にとどまった。ひとりにさせてやろうというのだ。クルマは密室であり、外部と隔てられた空間になる。この映画では派手なドライビングが映されることはない。隔離された場所という役割だけが与えられている。
ポールの父が乗っているのは、「プリムス・ベルベディア」のワゴン。製造されたのは1970年までなので、かなり年季が入っている。もう一度、ポールと父はクルマの中で2人きりになった。働き者だが社会的には力のない父は、そのことを自覚している。ポールに対しても、保護者として力不足であることを知っている。彼も、本当はアーロンのように振る舞いたいのだ。しかし、無理だということが骨身にしみている。ポールには自分をはるかに超えていってほしいと諭すが、それは処世術でしかない。
テレビはレーガンの優勢を報じていた。母は「核戦争が起こるわ……」と悲しい表情を見せる。社会を変えたくても、個人は無力だ。ポールは祖父の言葉を守りたいと思っているが、簡単ではない。彼は倫理的決断を迫られる場面を迎える。映画の結末は苦いものだ。世の中はもっと悪くなっていくかもしれない。それでも、アルマゲドンの時を誠実に生きていけば、希望の光が見えると信じたいのだ。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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