第751回:マラネッロから100周年のルマンへ フェラーリのグランドツアーに参加して
2023.06.27 エディターから一言参戦初年度にまさかの優勝
100周年という記念すべき大会となった今年のルマン24時間レース。久しぶりにワークス勢の激しい戦いを堪能することができた。サーキットには、現場取材は3回目でしかない筆者でさえ驚くほど多くの人が訪れ、前代未聞のにぎわいと盛り上がりを見せたのだった。一方で、ルールになかった直前のBoP(性能調整)がさまざまな臆測を呼び、スポーツにおける政治性の根深さをさらけ出すことになった。ピュアなレースファンにとっては釈然としない週末でもあったに違いない。
それはさておき、既報のとおり、24時間レースは約半世紀ぶりにワークス参戦したフェラーリが、10回目の総合優勝を果たした。“フェラーリ車による優勝”という意味では「250LM」が勝った1965年以来である。また予選でもフェラーリはポールポジション(しかも1-2)を獲得。当然のことながら、週末を通じて最も歓喜に沸いたスポットといえばフェラーリ関連の赤いブースであったことは間違いない。そして、筆者はずっとその輪の中にあった。そう、ルマンでの長い週末が始まる前のマラネッロから。
「フェラーリに乗ってマラネッロからルマンまでレースの応援に行きませんか」。そんな夢のようなお誘いを受けたとき、筆者はもちろんスケジュールもろくに確認しないで“参戦”を即答したのだが、一方でレースの結果に見るべきものがなかった場合、企画が大層であるだけに記事化が難しくなるのではという思いもあった。なんせ参戦初年度である。そうそうコトがマラネッロの思うように進むとは思えなかったからだ。だから、予選の決勝というべきハイパーポールでフェラーリが50年ぶりに1-2を奪ったとき、これでもう十分なヘッドラインを得たと勝手に得心した。否、予選を終えた後のフェラーリ陣営の“和やかな雰囲気”からも、もうこれで十分だなという本番前とは思えない空気を感じたものだった。
ハイパーポールの様子を筆者はサーキットで見なかった。ルマン郊外のシャトーに用意されたパーティー会場のモニターを食い入るように見つめていた。そこが1200km以上に及んだ1泊2日のドライブツアー「Ferrari Road To Le Mans」のゴール地点だったからだ。
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気分はヒルか、ジャンドビアンか
レースがスタートする3日前、水曜日の朝。われわれはマラネッロ本社工場の旧正門からルマンに向けて出発した。用意されたロードカーは最新ラインナップの「プロサングエ」や「296」シリーズで、筆者は「296GTB」にカナダ人ジャーナリストと共に乗り込んだ。
モデナからアウトストラーダに乗り、トリノ方面を目指す。最もよい季節だが雲行きが少し怪しい。週末の波乱を暗示するかのようだ。雨に備えて、というよりも、よりイージーなドライブを楽しむべく296のドライブモードを「ウエット」に入れる。「スポーツ」や「レース」で加速とエンジン音をひたすら楽しんできた20歳代の若いカナダ人から見れば「なんてもったいないことを」だったかもしれないが、これが筆者の流儀だ。とにかく高速道路では基本、ウエットモード。そのほうがステアリングはずっしりと安定し、バンピー路面対応で乗り心地もよく、なにより加速もスムーズでしかも静かに走ってくれる。フェラーリの最新モデルの場合、長距離ドライブで疲れないための最善策がウエットモードというわけだった。
ルマンを走る「499P」もまた、296GTBと同じV6ツインターボのハイブリッドだと思うと、たとえウエットモードでクルーズしていても、気分はいや応なしに盛り上がる。むしろこうして296の持てる性能を抑え、ガマンの走りをすることが、長丁場の耐久レーサーの心境と通じているようでちょっと楽しい。
イタリア最西端のコムーネ(自治体)、バルドネッキアでランチを済ませ、有料の長いトンネルを抜ければフランス領だ。初日の目的地はクレルモン・フェラン、そうミシュランタイヤの本拠地であった。
「458イタリア」以来、フェラーリのロードカーにはミシュランタイヤが純正採用されている。もちろん今回のルマンでも499Pはミシュランを履く。ハイパーカークラスで使用されるタイヤは、ミシュランがワンメイクで供給しているからだ。ミュージアムディナーからめったに見ることのできないR&Dのプルービンググラウンドまで、ミシュランの今を体験した。
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最新のフェラーリに見る粋な楽しみ方
2日目。午前中にミシュランR&Dセンターでタイヤ開発の今を勉強したのち、いよいよルマンに向けての最終スティントが午後から始まった。残り400km以上。まだまだ乗り足らない様子のカナディアンにハンドルを託す。
実を言うと296の助手席は快適だ。カナダ人がどれだけ自身の速度記録に挑戦しようとしても、安定感あふれる走りのおかげで惰眠をむさぼることだってできる。よくできたスポーツカーであると同時に、グラントゥーリズモとしても優秀。つまりスーパーカーとしての完成度は非常に高い。それでいて、街に着く半時間ほど前からバッテリーチャージ(リチャージモード)をしておけば、街なかでは静かな電気自動車(EV)として使える。ルマンの街には早くも大勢のクルマ好きがいて、296はプロサングエに負けず劣らず注目を集めたが、彼らの前を、彼らの期待に反して無音で通り過ぎる快感は、爆音を響かせて走り去る以上のものがあった。これからは、そういう時代だ。
そして、ルマンの週末は少なくとも赤い陣営にとって最高の結末であった。この勝利でまたひとつ別の楽しみも増えた。これから、どのタイミングで“LM”と名乗るロードカーが出てくるのだろう?
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=堀田剛資)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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