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第841回:大切なのは喜びと楽しさの追求 マセラティが考えるイタリアンラグジュアリーの本質

2025.07.29 エディターから一言 堀田 剛資
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1914年からの歴史を持つイタリアの名門、マセラティ。今回は、彼らが追求する「イタリアンラグジュアリー」の本分に関するお話だ。
1914年からの歴史を持つイタリアの名門、マセラティ。今回は、彼らが追求する「イタリアンラグジュアリー」の本分に関するお話だ。拡大

イタリアを代表するラグジュアリーカーのマセラティ……というのはよく聞く文句だが、彼らが体現する「イタリアンラグジュアリー」とは、どういうものなのか? マセラティ ジャパンのラウンドテーブルに参加し、彼らが提供する価値について考えた。

ラウンドテーブルは2025年2月にオープンしたばかりの「マセラティ横浜港北」で行われた。マセラティの最新CIを取り入れた国内3番目のショールームだ。
ラウンドテーブルは2025年2月にオープンしたばかりの「マセラティ横浜港北」で行われた。マセラティの最新CIを取り入れた国内3番目のショールームだ。拡大
会場には2025年後半のデリバリー開始を予定しているスーパーカー「GT2ストラダーレ」の姿も。
会場には2025年後半のデリバリー開始を予定しているスーパーカー「GT2ストラダーレ」の姿も。拡大
マセラティ ジャパンの木村隆之代表。レクサス、ユニクロ、日産、ボルボと渡り歩いてきた人物で、今はマセラティ ジャパンと2024年に発足したマセラティ コリアの代表として、日韓を行き来している。
マセラティ ジャパンの木村隆之代表。レクサス、ユニクロ、日産、ボルボと渡り歩いてきた人物で、今はマセラティ ジャパンと2024年に発足したマセラティ コリアの代表として、日韓を行き来している。拡大

「イタリアンラグジュアリー」ってなんだ?

記者は非常に即物的で、ありていに言ってブランド志向がない。看板を意識して買うものといえば、エドウィンのGパンとネグローニのドライビングシューズぐらいなもんで、タグとかエンブレムとかの価値がよくわからない人間である。ゆえにマセラティについても、もののよさや造形の美しさに敬意を抱くことはあれど、ブランドの神通力のような、見たり触ったり食べたりできない価値は基本スルーしてお付き合いしてきた。

そんな記者が、マセラティのラウンドテーブルで“ブランド”について学ぶ機会を得た。なんでもマセラティ ジャパンでは、木村隆之代表がスタッフに直に教鞭(きょうべん)をふるうブランド勉強会があり、その内容の一部をメディアの皆さまにもぜひ……というのがその趣旨である。正直、参加前は「こりゃ面倒くさそうだな」と思っていたが(笑)、実際には記者のような浅学にも非常にわかりやすく、予備校の著名講師の講義のように面白かったので、こうしてリポートにまとめている次第である。当記事はお勉強系のコラムだが、どうか最後までお付き合いいただきたい。

さて前書きはこの辺にして、マセラティといえば、泣く子も黙るイタリアのラグジュアリーカーブランドである。……と、言葉にするとわかった気になってしまうが、そもそも「イタリアンラグジュアリー」とはなんぞや? 個々のブランドの特徴はさておいて、それらに通底する歴史的背景や精神性というのは存在するのだろうか。まずはマセラティのピラーのひとつであるイタリアンラグジュアリーの、“イタリアン”の部分について考えてみたい。

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歴史が生んだ強い地域性

大矢アキオさんの連載(参照)の愛読者ならご存じのとおり、イタリアという国は“メイド・イン・イタリー”に並々ならぬこだわりと守護意識を持っているのだが、その産業構造はかなりユニークだ。というのも、イタリアでは近代まで都市国家の集合体だった時期が続いていたので(イタリア統一は1861年。日本でいうと明治の直前ぐらいなのだ)、地域に特化した産業クラスターが各地に形成されているのである。

イタリアを旅したことがある方ならご存じと思うが、かの国には革製品ばかりつくっている街、靴ばかりつくっている街、家具ばかりつくっている街というのが、本当にある。コモの絹織物、パルマのチーズ、ベネチアのガラスetc. etc.……。日本でも鯖江のメガネや燕の刃物、水沢・盛岡の鉄器といった例はあるが、ここまで全国津々浦々に独自の、しかもおのおのに著名な産業が根づいている国は、イタリアをおいてほかにないだろう。

ファミリービジネスに根差した企業が多いのも同様の理由で、伝統的な産業に取り組むイタリアの企業・ブランドの名前を見てみると、たいていが創業者や経営一族の名字だったりする。要はイタリアのブランドというのは、強烈な地域性、閉鎖性を維持したまま、世界を相手に商売をやっているのだ。

さて、そんな風に地場の伝統産業を抱える地域のひとつに、モデナとその一帯がある。このエリアを見てみると、まずモデナにマセラティがあり、マラネロにフェラーリがあり、サンタアガタ・ボロネーゼにランボルギーニが、サンチェザリオ・スル・パーナロにパガーニがある。世界に冠たるスーパーカー/ラグジュアリーカーのメーカーが、この一帯にひしめいているのだ。ちなみにもうちょっと南東に行くと、バイクのドゥカティもボルゴ・パニガーレに本社を構えていたりする。

なぜエミリア・ロマーニャ州の中央に、世界に例のない“スーパーカー村”が形成されたのか? これについては諸説あるそうだが(戦前の航空機産業とつながりがあるのでは? 等々)、ホントのところはわかっていない様子。とにかくここで重要なのは、マセラティもまた他のイタリアンブランドと同じく、非常に強い地域性を受け継いでいるということだ。木村代表いわく、マセラティの関係者は自社製品の魅力を問われると、「イタリアらしい明るさ」という意を込めて「アレグリア(Allegria:喜び、歓喜、陽気さ)」という言葉で答えるのだそうだ。こうしたあたりは、いかにも欧州屈指の豊かさを誇る(それは経済的にも文化的にも)エミリア・ロマーニャ州のブランドではあるまいか。

ちなみに創業はボローニャで1914年、モデナ移転は1939年のマセラティは、このモーターバレーでも最古参のブランドにあたるのだが、その辺については「メディアの皆さんのほうが詳しいでしょうから」と軽く流されてしまった。あまり歴史オタクなお話は、今どきのお金持ちの心には響かないのかもしれない。

マセラティは1914年創業の、イタリアでも屈指の老舗自動車ブランドだ。写真は、伝統のトライデントマークを初めて冠し、1926年のタルガ・フローリオでクラス優勝を果たした「ティーポ26」。
マセラティは1914年創業の、イタリアでも屈指の老舗自動車ブランドだ。写真は、伝統のトライデントマークを初めて冠し、1926年のタルガ・フローリオでクラス優勝を果たした「ティーポ26」。拡大
エミリア・ロマーニャ州のモデナ市のマセラティ本社。
エミリア・ロマーニャ州のモデナ市のマセラティ本社。拡大
マセラティは1939年にボローニャからモデナへと本社を移転。以来、今日に至るまでモデナを拠点としている。写真は1958年の工場の様子。
マセラティは1939年にボローニャからモデナへと本社を移転。以来、今日に至るまでモデナを拠点としている。写真は1958年の工場の様子。拡大
モデナの本社工場は、外装は昔の面影を残しながら、中身は最新の設備に生まれ変わっている。
モデナの本社工場は、外装は昔の面影を残しながら、中身は最新の設備に生まれ変わっている。拡大

ラグジュアリーとプレミアムは違う

ここまでがイタリアンラグジュアリーの“イタリアン”のお話。ここからは“ラグジュアリー”のお話である。

読者諸氏の間に、プレミアムブランドとラグジュアリーブランドの違いを説明できる御仁はおられるだろうか? 自慢じゃないが、記者は無理だ。が、木村代表はマセラティの製品を扱い、顧客とお付き合いするうえで、両者を区別することは非常に重要だとしている。

氏の説明によると、プレミアムとは経済用語が由来で、語源的には「標準的な領域でお金を上乗せできる」ことを意味するという。クルマのかいわいでいうと、同じコンパクトカーでも高く売れるMINIや、同じセダン/SUVでも高く売れるメルセデス・ベンツは、プレミアムなブランド、ということだ。

いっぽうのラグジュアリーはというと、ラテン語で過剰なぜいたくを意味する「luxus」、さらにいえば光を意味する「lux」が語源。すてきな家やおいしい食事のように、大きな喜びや楽しさのために買い求められるものがラグジュアリーとのことだ。その裏付けにプレミアムブランドのような可算的価値はなく、ムリにそうした視点で語ると、極論「実際には必要ではないもの」ですらあるという。

記者もお仕事の都合上、漠然と「プレミアムブランドといえばドイツ御三家にレクサスあたり。ラグジュアリーブランドといえばロールス・ロイスにベントレー……」と考えてはいたが、そういうボンヤリした認識を理路整然と文字化されると、「ああなるほど」と腑(ふ)に落ちて面白かった。

ラグジュアリーブランドの在り方について、経済以外の不可算的な価値を重視する木村代表。社員に向けては「その(プレミアムブランド的な)世界に生きてはダメだ。経済的な世界ではないんだ」と説明しているという。
ラグジュアリーブランドの在り方について、経済以外の不可算的な価値を重視する木村代表。社員に向けては「その(プレミアムブランド的な)世界に生きてはダメだ。経済的な世界ではないんだ」と説明しているという。拡大

ライバルはポルシェやアストンではない

……いや、面白いなんて軽く言ってはいけませんね。マセラティは、このある種の自己定義に真剣に取り組んでおり、地元の大学とラグジュアリーブランドの成り立ちを共同研究。「排他性」「職人気質」「品質」「革新」「パーソナライゼーション」という製品側の特徴と、「ステータス意識」「経験追求」「自己表現追求」「自己顕示欲」「向上心」というカスタマーの利益追求によって成り立つ、成熟社会ならではの個人主義がそれを成り立たせている……という結論に至ったそうだ。

ちなみに、ルイ・ヴィトンやらヘネシーやらで有名なLVMHは、よりシンプルに、「Craft(卓越した職人技)、Customer(期待を超える体験)、Creativity(独創性と創造性)、Culture(歴史・文化への深い理解)」を、ラグジュアリーな顧客体験を創出する“4C”であるとしているのだとか。完全に余談だが、話を聞いていて「日系の高級ブランドは、そろばん勘定ばかりじゃなくて、こういう哲学の研究をちゃんとしているのかな?」と、不安になってしまった。

さて、そんな不可算な喜びを身上とするラグジュアリーブランドだが、そのマーケットはグローバルで約240兆円(1兆3840億ユーロ)。そこでクルマが占める割合は約98兆円(5660億ユーロ)となっており、実は、ジャンル別では最大の規模を誇るのだとか(出展:Bain&Company 2022年)。

ただ、実際にはこうした区分けはあまり意味がなく、木村代表いわく「お客さまは別にクルマ同士で比較検討しているわけではない」という。別荘なのかヨットなのか旅行なのか芸術なのか、とにかく「なにか違うラグジュアリーグッズを買おうか。いや、でもクルマにしようか」と悩んでいるパターンが多いとのことだった。こうした点も、先に触れたプレミアムブランドとは大きく違うところで、そこをきちんと踏まえていないと、適切な提案はおろか、顧客とまともなコミュニケーションすらとれないように思われる。木村代表がプレミアムとラグジュアリーの区別を重視する理由は、まさにそこにあるように感じられた。

ラグジュアリーカーのライバルはクルマだけにあらず。写真はアストンマーティンが2016年に発表した、同社初のパワーボート。
ラグジュアリーカーのライバルはクルマだけにあらず。写真はアストンマーティンが2016年に発表した、同社初のパワーボート。拡大

そろそろ“次の一手”が見えてくるか

……さてさて。そんなイタリアンラグジュアリーブランドの最右翼たるマセラティだが、最近の調子はいかがだろうか。

webCGの記事を振り返ると、最後の試乗記は2025年2月の「GT2ストラダーレ」で、しかも海外試乗記である。商品導入の谷間だったためか、最近は特別仕様車や仕様変更のニュースが主で、「なんかおとなしいな」という印象があった。しかし、この7月には「MC20」の進化モデル「MCプーラ」を発表。また木村代表いわく、「『グランツーリスモ』『グランカブリオ』の生産をトリノ・ミラフィオーリから移管すべく、モデナでは10月まで生産を止めてラインを大改修している」とのことで、2025年後半にはちょっと動きがありそうだ。またマセラティの本領であるGT系車種の生産がモデナに集約されるとなれば、上述したモーターバレーに対するコミットメントも、再び高まりそうである。

いっぽうで、世界的に“待ち”の状態にある車両の電動化については、マセラティでもマルチパワートレインの方向へ修正を進めているとのこと。年内にもパワートレインの展開について新しい発表がなされるのでは? とのことだった。CHAdeMO対応の関係もあり、日本ではいまだその姿を見ていない「フォルゴーレ」。マセラティの電動パワートレインの、明日はどっちだ……。

ちょっと日本の事情に触れたので、そのままわが国の話をさせていただくと、実は日本は、世界的にもマセラティというブランドの認知度が高いマーケットなのだという。海外では「マセラティなんて知らない」「クルマのブランドなの?」という場所もあるようで(!)、富裕層に限らずマセラティの存在が知られているのは、日本独自の傾向だそうだ。

いっぽう、それでは各モデルの知名度はどうかというと、こちらはいまひとつといった様子。今後は、エルメスの「バーキン」や「ケリー」のように、「グラントゥーリズモ」や「グレカーレ」「MC20」の名前を浸透させていくこと、おのおののポジションを知ってもらうことが課題とのことだった。

2025年7月の「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で発表された「MCプーラ」。「MC20」の進化版だ。
2025年7月の「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で発表された「MCプーラ」。「MC20」の進化版だ。拡大
マセラティといえば、1946年登場の「A6-1500」以来、高性能なGTカーを手がけてきたメーカーだ。今日では「グラントゥーリズモ」(写真向かって左)と「グランカブリオ」(同右)がそれにあたり、ともに2025年10月から、モデナの本社工場に生産が移管されることとなっている。
マセラティといえば、1946年登場の「A6-1500」以来、高性能なGTカーを手がけてきたメーカーだ。今日では「グラントゥーリズモ」(写真向かって左)と「グランカブリオ」(同右)がそれにあたり、ともに2025年10月から、モデナの本社工場に生産が移管されることとなっている。拡大
マセラティのBEV用パワートレイン「フォルゴーレ」。「グラントゥーリズモ」「グランカブリオ」「グレカーレ」に採用されているが、販売はいまひとつのようだ……。
マセラティのBEV用パワートレイン「フォルゴーレ」。「グラントゥーリズモ」「グランカブリオ」「グレカーレ」に採用されているが、販売はいまひとつのようだ……。拡大

この世界観が好きな人は多いはず

また課題といえば、「女性ユーザーの少なさ」も日本市場での悩みで、「せめてグレカーレでは女性比率2割を目指したい」という。これについては「私たちのアピールの少なさが原因」で、「昔ながらのマッチョなスーパーカーというイメージが強いのでは?」というのが木村代表の考察だった。

……記者の意見などなんの助けにもならんでしょうが、過去に実車に触れた経験からすると、マセラティは他のラグジュアリーカーやパフォーマンスカー、エキゾチックカーと比べると、マッチョどころが非常にスマート。扱いが難儀な類いのクルマではない。かたちは優雅で愛嬌(あいきょう)もあるし、ドライバビリティーも木村代表が述べていたとおり、「ポルシェのようにゴツゴツしておらず、フェラーリのように非日常ではない。ひとことでいうと優しく、日常的にも使えて長い距離を運転したくなるような、懐の深さがある」のだ。

記者の得意な即物的視点で見ても、タイムレスなクラウス・ブッセ氏のデザインといい、日本のお金持ちのなかにも、この世界観を好む人はきっともっといると思うのだが。いかがだろう? 画面の前のアナタ。

(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/写真=マセラティ、webCG、newspress/編集=堀田剛資)

100年を超える歴史を誇り、当代随一のパフォーマンスと優雅なグランドツーリング性能を併せ持つマセラティ。「こういうのがいいんだよ」という人は、きっと日本にも多いはず。
100年を超える歴史を誇り、当代随一のパフォーマンスと優雅なグランドツーリング性能を併せ持つマセラティ。「こういうのがいいんだよ」という人は、きっと日本にも多いはず。拡大
堀田 剛資

堀田 剛資

猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。

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