マセラティもランボも恋するインテリア素材 アルカンターラの秘密と未来
2023.11.10 デイリーコラムラグジュアリーカーの内装の定番
自動車の内装の歴史を振り返ってみると、スエード調人工皮革の登場というのは、実は相当に革新的な出来事だったのではないか? 長らく高級車の内装といえば、革と木、あるいはウールだったところに現れ、それらと並ぶ定番の地位に上り詰めたのだ。時代をさかのぼれば、プラスチックやビニールなどが革新性を表すものとして提案されたこともあったが、後の世できちんと高級車の内装に定着した“新素材”といえば、このマイクロファイバーの起毛表皮を除いて他にないだろう。
なかでも代表的な製品といえるのが、今回のお題であるアルカンターラだ。自動車の内装に初めて採用されたスエード調人工皮革(1988年に「ランチア・テーマ」の一部改良で初採用された)で、今やスポーツカーに高級セダン/SUV、スーパーカー、ハイパーカー……と、あまたのジャンルのあまたのクルマに使われている。手がけるのはイタリア・ミラノに本社を構える、その名もアルカンターラ社。マネジメントも研究開発も生産もイタリアで完結する、完全メイド・イン・イタリーの素材だ。
もちろん、科学的に見ればアルカンターラも数ある化学繊維のひとつである。ポリエステルとポリウレタンのチップから糸を繰り出し、縒(よ)ったり伸ばしたり熱したり、剣山で突いたりして成形する。口さがない人は「化繊が高級素材なんて」と言うかもしれないが、それが今やマセラティやマクラーレン、ポルシェ、ランボルギーニ、ブガッティにも使われているのだから、高級という形容に口を差しはさむ余地はないだろう。
それにしても、なぜアルカンターラはプレミアムな自動車メーカー/ブランドにこぞって選ばれるのだろう。
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徹底した品質管理と細やかなオーダーへの対応
アルカンターラの生産を担うのは、伊ウンブリア州テルニ県に位置するネラ・モントロ工場である。彼らが持つ唯一の生産拠点で、ローマ近郊という物流に有利なこの地から、アルカンターラは世界中に出荷される。
近年、親会社の東レは高級素材の事業拡大に積極的で、それを受けてアルカンターラも2019年に同工場の拡大に着手(計画の発表は2017年)。2021年8月にはフェルトの後加工を担う設備の増設も完了し、従来の2倍の生産を可能にする体制が整ったという。ちなみにその生産量は、2021年の実績でもろもろ含めて年間1000万平方メートル(!)である。
ただ、個人的に今回の取材では、そうしたスケールの話より品質管理の徹底ぶりやオーダーに対する対応の細やかさのほうが印象的だった。例えば前者については、製造された生地は“抜き取り”ではなく100%全量検品。製造工程における検査の回数も多く、まずはフェルトにする前の糸の段階で品質をチェック、生地となったものをロールにする段階で、厚みのムラや金属片の混入などをチェック、染色後に裁断と合わせて検品……といった具合だ。また生地の製造にまつわるすべて、それこそ原材料の調達から裁断にいたるまでを自社で完結させている点も特徴で、これも商品管理や品質保持の徹底、不良率の低減に寄与しているとのことだった。
一方、後者については、アルカンターラは基本的に“ありもの”の生産はしておらず、すべてが受注生産となっている。染色もカスタムメイドで、クライアントの要望をもとに染料をつくってサンプルで試し、仕上がりを確認してからロットでの染色に移るのだ。
こうした取り組みをさらに先鋭化させたものが、「コンプレックスマニュファクチュアリング」と呼ばれるサービスだ。これは納入先の要望に合わせて生地に高度な二次加工を施し、より複雑なデザイン、高度な機能性を実現するというもの。普段から『webCG』のリポートを読まれる方なら、例えば「マセラティMC20」や「マクラーレン750S」などにその製品が使われているというので、それらの内装を見返してもらえればいいだろう。
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どんな難しいオーダーにも応えます
今回の取材では、そのコンプレックスマニュファクチュアリングの工房も見学させてもらった。まずは染色までの工程が済んだ生地をロールから取り出し、用途に合わせて裁断。納入先のオーダーに応じて、色や質感の異なる生地を電子溶接でつなげたり、表面にレーザーでパンチング(穴あけ)を施したり、細かなステッチや刺しゅうを施したり……といった工程を経て、製品のかたちにしていく。その後は表面処理を施して端を裁断するとともに、ここでも人の目で最後の検品を実施。不良品をはじいて納品と相成るのだ。
またこのコンプレックスマニュファクチュアリングでは、上述の高度な加工技術だけでなく、生地のデザインや機能にまつわるアルカンターラの知見が提供されるのも特徴とされている。クライアントの要望をかたちにしていく段では、彼らの側からもさまざまなアイデアを提案。技術者いわく「顧客とコンタクトして、もっと私たちにできることはないかを話し合う。実際のところ、製造に入る前こそが勝負」とのことだった。
アルカンターラは以前からこうした特殊オーダーに応じてきたが、コンプレックスマニュファクチュアリングとして体系化されたのは2015年のこと。その後は右肩上がりで事業が成長し、当初は工場の片隅にあった設備も、2020年に今日の場所に移転、拡充された。現在では出荷されるアルカンターラの約10%をコンプレックスマニュファクチュアリングの製品が占めており、今年は実に20ものプロジェクトをこなしているという。
工房のテーブルには直近のプロジェクトを示す例として、先述のマセラティMC20や「オペル・グランドランド」「アルファ・ロメオ・トナーレ」「ポルシェ911 GT3」「ランボルギーニ・ウルス」などのサンプルが並べられていた。
品質管理が徹底していて、複雑化するデザインのオーダーにも高い技術力で応えてくれる。いささかベタな結論ではあるが、結局のところ世のプレミアムブランドがこぞってアルカンターラに生地をオーダーする理由は、これなのではないかと思う。
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2009年に早くもカーボンニュートラルを実現
今回の取材では、アルカンターラのアンドレア・ボラーニョ会長兼CEOに話を聞くこともできた。印象的だったのが、プロダクトと同様にブランディングにも非常に注力している点で、例えば世界中の名だたる美術館や博物館とコラボレーション。また著名なアーティストに、作品の素材としてアルカンターラを提供してきた。日本でも山本耀司氏のアパレルブランド、Y’s(ワイズ)や、田中文江氏のFUMIE TANAKAとコラボしているのだが、これも前項で触れたように、難しいクリエイターの要望にも応える高い品質と加工技術のなせる業だろう。
もうひとつ興味深いのが、環境負荷低減へ向けた積極的な取り組みだ。アルカンターラは2009年に事業全体における二酸化炭素排出量の測定・相殺に成功し、イタリアの工業会社として初めて国際認証機関TÜV SÜD(テュフ ズート)よりカーボンニュートラルの認証を取得。以降、毎年欠かさず第三者機関の認証を受けたサステイナビリティーリポートを公開している。製品や製造における施策も間断なく続けられており、例えば工場では、生産の際に用いられる炭酸などの回収・循環利用を実現。生地の原材料についても、バイオベースポリマーとリサイクルポリマーの利用拡大に取り組んでいるという。
今となっては企業の社会的責任ともされるこうした取り組みだが、上述のとおりアルカンターラは世の流れに先んじていた。その理由についてボラーニョ会長は、2008年のリーマンショックを挙げている。投機操作が引き起こした世界的金融危機を目の当たりにし、「金銭的な成功だけを指標としていては、いずれ経済活動は立ち行かなくなる」と悟ったというのだ。それから15年、環境負荷低減へ向けた取り組みが企業価値に直結する今日の世相を思うに、その判断は本当に慧眼(けいがん)だったのだろう。
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これからの時代にどのような回答を示すのか
それどころか、今日では環境意識の高まりは消費者の行動や価値判断にまで影響を及ぼすようになっている。一部のマーケットにおける電気自動車の伸長はその好例で、クルマの内外装デザインでも、これまでとは異なる表現が模索されている。先日のジャパンモビリティショーの例を挙げるまでもなく、各社最新のエコカーやコンセプトモデルには、積極的に天然素材/再生素材がそれと分かるように用いられ、新しい様式の提案がなされているのだ。
あるいはアルカンターラも……と思い関係者に質問したところ、残念(?)ながら「わが社はアルカンターラ以外の素材はつくりません」と潔い回答が。そうした分野の探究は、親会社である東レの領分なのかもしれない。とはいえ工場見学と合わせて行われた説明会によると、彼らも研究開発のスタッフを増員して“未来”に備えているという。東レいわく「サステナビリティ重視を特長とするラグジュアリーブランド」(事業説明会の資料より)であるアルカンターラが、こうした現状を前に、どのような回答を示すのか。あらためて彼らの慧眼に期待したい。
(文=webCG堀田剛資<webCG”Happy”Hotta>/webCG、アルカンターラ/編集=堀田剛資)
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堀田 剛資
猫とバイクと文庫本、そして東京多摩地区をこよなく愛するwebCG編集者。好きな言葉は反骨、嫌いな言葉は権威主義。今日もダッジとトライアンフで、奥多摩かいわいをお散歩する。
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