タイからテッタイせよ!? 東南アジアの生産現場で一体何があったのか?
2024.07.08 デイリーコラムすっかり板挟みの状態
「スズキがタイでの生産から撤退するってよ!」
日本の自動車メディア業界における指折りのタイ自動車事情ウオッチャーである(と本人は思っている)筆者のもとに、webCG編集部からそんな一報が届いた。
本当か? と思ってスズキの広報部に問い合わせてみたところ、「本当です。実は先日、プレスリリースも出しました」とのこと。どうやら本当に本当らしい。
スズキ広報によると(プレスリリースには書かれていないけれど)、大きな理由は2つあって、ひとつは「スズキが得意とする小さなクルマの市場が想定したほど大きくならなかったこと」。同社が大きなシェアを握るインドとは違うというわけだ。もうひとつは「バーツ高(輸出価格の上昇)による輸出採算性の悪化」なのだとか。
なるほどなるほど。内需も厳しいし、輸出拠点としても厳しいという板挟み状態になっていて、そこからの脱却が見通せないということか。
拡大 |
税制優遇が終わるやいなや……
スズキがタイでの生産を視野に四輪子会社スズキ・モーター・タイランドを設立したのは2011年で、わずか13年前のこと。何がきっかけだったかといえば、タイ政府が2007年に策定したエコカープロジェクトへの参加。同プロジェクトは、環境によくないとされる古いクルマや古いピックアップトラックから安価な環境対策車(燃費がいい=二酸化酸素排出量の少ないクルマ)への買い替えとその普及を促進するために、タイ国内で生産する低燃費のコンパクトカーを優遇するというものだった。
エコカーの対象となるのは排気量1300㏄未満で、燃費が20km/リッター以上、そして欧州の排出ガス基準を満たす車両。それらを買うユーザーに税制面などで優遇を与えるいっぽう、メーカーには生産設備にかかる税金(法人税と機械輸入税)を免除するというプロジェクトだった。スズキはそのプロジェクトへの参加を承認されたことを受けて、タイに新たに工場を建設したのだったっけ。
そんなエコカープロジェクトは市場からの反応も大きく、一時期はタイにおけるコンパクトカーの市場が大きく拡大。バンコクでも「スイフト」をやたらと見かけた時期があった。スイフトをベースにMINI風に仕立てるドレスアップが大流行したのも覚えている。余談だが、現地のアフターマーケットにスイフト用サイズとしたMINI純正風デザインのホイールがあるのはそのためだ。
ただし、コンパクトカーとタイのユーザーニーズのマッチングはあまりよくなかったようで、ユーザーへの優遇が終了すると現地でのコンパクトカーのセグメントはしぼんでしまった(かの地における現在の乗用車の最大勢力はCセグメント)。
タイにあるスズキの工場での生産はかつて輸出も含めて年間6万台あったが、2023年はなんと1万1000台ほどにまで減ってしまったのだとか。それでは閉鎖もやむを得ないかも。タイ政府が工場の税制を優遇する条件として「生産台数が年間10万台以上」という基準があったが……結局それを満たせなかったのでは? という点には気がつかなかったことにしておこう。
安易に売れば損になる
スズキによると「“タイ市場からの撤退”ということはなく、工場閉鎖後もアセアン域内や日本・インドの工場で生産された完成車を輸入し、タイ国内での販売およびアフターサービスを継続していく」という。基本的に関税が100%かかる日本からの完成車輸入はスズキ車の価格帯では難しい気もするし(「トヨタ・アルファード」などはそのせいで日本の倍以上の価格となるものの、それでもバカ売れしているのだから驚くしかない)、アセアン内のFTA(自由貿易協定)に基づいて関税なしで入ってくるインドネシア生産車(インドネシアの工場は45年以上の歴史がある)などがタイで販売するスズキ車のメインとなっていくのだろう。
いっぽうで輸出ビジネスは、日本だけじゃなくインドにだって工場があるスズキにとっては「タイじゃなきゃいけない」理由がなさそうだ。今回のタイ生産撤退劇は“損切り”となっている可能性が高いが、スズキにとっての「選択と集中」というわけである。
ちなみに、タイの工場は2012年3月に生産が始まったばかりでまだ新しい。それをそのまま手放すのはもったいないからどこかの自動車メーカーに売ればいいのでは? とも思う反面、ゼネラルモーターズ(GM)のタイ撤退時に工場を居抜きで買った中国の長城汽車(GWM=グレート・ウォール・モーター)は、そこをEV生産拠点としてタイ国内だけでなく輸出も計画。輸出先でGMのシェアを奪っていくことになると考えれば居抜きで売るのも長い目で見れば得策ではないのかもしれない。欧米で中国生産のEVに逆風が吹きそうな今、中国メーカーはその逃げ道としてタイ工場を活用しようと考えているのだから。
ところで、スズキとほぼ時を同じくしてスバルもタイでの生産(こちらはノックダウン)を終了し、日本などからの輸出に切り替えるという。タイでのスバルはスズキ以上にニッチな存在だったから仕方がないといえば仕方がないし、これまでもつくっていたのは「フォレスター」だけで他は輸入だったからあまり影響はないのかも。日本にはない「WRX S4」のMTモデル(右ハンドル/右ウインカー)なんかはけっこうマニアックでいいと思うんだけど。
(文=工藤貴宏/写真=スズキ、工藤貴宏/編集=関 顕也)
拡大 |

工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。
-
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日 2026.10.30 中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。
-
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー 2026.10.29 メルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。
-
「ミッションS」だけではない? 2035年に向けたポルシェの新戦略を探る 2026.10.28 ポルシェは2026年10月7日、新中期戦略「Sportwagenschmiede'35」を発表した。新型パワーユニット搭載の「ミッションS」をはじめとするニューモデルで、経営状態の立て直しを目指す。その注目すべき内容を詳しく解説する。
-
ホンダが次世代ハイブリッドの名称を「Honda Hybrid」に決定 命名の理由とその背景を探る 2026.10.26 本田技研工業が2027年からグローバルで用いる次世代ハイブリッドシステムの名称を発表した。その名は「Honda Hybrid」である。「i-MMD」から「e:HEV」へと変更されて6年。慣れ親しんできた名称が変更される理由と、その背景を探る。
-
「マツダRX-7」の復刻部品を生産!? ミクニの挑戦は旧車オーナーの福音となるか? 2026.10.23 ミクニが「マツダRX-7」向け復刻部品の開発検討を開始した。古い自動車部品の供給は、なぜここまで困難を極めるのか? ミクニの挑戦は世のロータリーオーナーにとって福音となるか? 日本の自動車文化に潜む課題と、その解決に挑む企業と人をリポートする。
-
NEW
ホンダ・スーパーONE(前編)
2026.11.1ミスター・スバル 辰己英治の目利き辰己英治さんが今回試すのは、ヤンチャないでたちの「ホンダ・スーパーONE」。軽規格の電気自動車(EV)「N-ONE e:」をベースに走りを鍛えた、電気で走るスポーツコンパクトだ。見た目にも楽しさがあふれる一台の魅力に、“ミスター・スバル”が迫る。 -
NEW
思わずなでたくなってくる 丸いデザインのクルマ特集
2026.11.1日刊!名車列伝最近のクルマのデザインは、シャープなラインが特徴だったり、造形そのものが複雑だったり……。今月は、つるりと丸い、シンプルなエクステリアが印象的な世界の名車を日替わりで紹介します。 -
ベントレー・コンチネンタルGT S(4WD/8AT)【試乗記】
2026.10.31試乗記ベントレーのラグジュアリークーペ「コンチネンタルGT」にハイパフォーマンスバージョンの「S」が登場。すでにトップパフォーマンスモデルの「スピード」が存在するなかで、果たしてSはどんなポジションを担うのだろうか。試乗を通じて検証した。 -
「BYDラッコ」がアジアにはばたく!? ニッポンの軽自動車規格が海外勢に奪われる日
2026.10.30デイリーコラム中国のBYDが、軽BEVの「ラッコ」を日本以外でも販売すると発表! 日本独自のスモールカー規格は、はたして海外でも受け入れられるのか? 本家・日本のメーカーが、海外展開に及び腰だった理由とは? BYDが食指を動かす、軽自動車の秘めた可能性を探る。 -
メルセデスのトップからのまさかの転身 BMW日本法人の上野金太郎社長にインタビュー
2026.10.29デイリーコラムメルセデス・ベンツ日本からビー・エム・ダブリューのトップへ。いわば巨人の四番から阪神の四番のような異例の転身を遂げた上野金太郎社長。両ブランドの文化や製品の違い、今後の販売戦略などについて話を聞いた。 -
ボルボEX90ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(後編)
2026.10.29あの多田哲哉の自動車放談ボルボの新世代EV「EX90」に、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんが試乗。ちょっと気になったところと、クルマとしての魅力を感じたポイントについて熱く語る。

































