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タイからテッタイせよ!? 東南アジアの生産現場で一体何があったのか?

2024.07.08 デイリーコラム 工藤 貴宏
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すっかり板挟みの状態

「スズキがタイでの生産から撤退するってよ!」

日本の自動車メディア業界における指折りのタイ自動車事情ウオッチャーである(と本人は思っている)筆者のもとに、webCG編集部からそんな一報が届いた。

本当か? と思ってスズキの広報部に問い合わせてみたところ、「本当です。実は先日、プレスリリースも出しました」とのこと。どうやら本当に本当らしい。

スズキ広報によると(プレスリリースには書かれていないけれど)、大きな理由は2つあって、ひとつは「スズキが得意とする小さなクルマの市場が想定したほど大きくならなかったこと」。同社が大きなシェアを握るインドとは違うというわけだ。もうひとつは「バーツ高(輸出価格の上昇)による輸出採算性の悪化」なのだとか。

なるほどなるほど。内需も厳しいし、輸出拠点としても厳しいという板挟み状態になっていて、そこからの脱却が見通せないということか。

スズキは2024年6月7日、タイの四輪子会社であるスズキ・モーター・タイランド(写真下)の工場を2025年末までに閉鎖すると発表した。同工場は2012年に生産を開始し、ピーク時には年間6万台を生産していた。(写真はスズキのオフィシャルサイトから)
スズキは2024年6月7日、タイの四輪子会社であるスズキ・モーター・タイランド(写真下)の工場を2025年末までに閉鎖すると発表した。同工場は2012年に生産を開始し、ピーク時には年間6万台を生産していた。(写真はスズキのオフィシャルサイトから)拡大
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税制優遇が終わるやいなや……

スズキがタイでの生産を視野に四輪子会社スズキ・モーター・タイランドを設立したのは2011年で、わずか13年前のこと。何がきっかけだったかといえば、タイ政府が2007年に策定したエコカープロジェクトへの参加。同プロジェクトは、環境によくないとされる古いクルマや古いピックアップトラックから安価な環境対策車(燃費がいい=二酸化酸素排出量の少ないクルマ)への買い替えとその普及を促進するために、タイ国内で生産する低燃費のコンパクトカーを優遇するというものだった。

エコカーの対象となるのは排気量1300㏄未満で、燃費が20km/リッター以上、そして欧州の排出ガス基準を満たす車両。それらを買うユーザーに税制面などで優遇を与えるいっぽう、メーカーには生産設備にかかる税金(法人税と機械輸入税)を免除するというプロジェクトだった。スズキはそのプロジェクトへの参加を承認されたことを受けて、タイに新たに工場を建設したのだったっけ。

そんなエコカープロジェクトは市場からの反応も大きく、一時期はタイにおけるコンパクトカーの市場が大きく拡大。バンコクでも「スイフト」をやたらと見かけた時期があった。スイフトをベースにMINI風に仕立てるドレスアップが大流行したのも覚えている。余談だが、現地のアフターマーケットにスイフト用サイズとしたMINI純正風デザインのホイールがあるのはそのためだ。

ただし、コンパクトカーとタイのユーザーニーズのマッチングはあまりよくなかったようで、ユーザーへの優遇が終了すると現地でのコンパクトカーのセグメントはしぼんでしまった(かの地における現在の乗用車の最大勢力はCセグメント)。

タイにあるスズキの工場での生産はかつて輸出も含めて年間6万台あったが、2023年はなんと1万1000台ほどにまで減ってしまったのだとか。それでは閉鎖もやむを得ないかも。タイ政府が工場の税制を優遇する条件として「生産台数が年間10万台以上」という基準があったが……結局それを満たせなかったのでは? という点には気がつかなかったことにしておこう。

タイのエコカープロジェクト適合車種として、2012年にタイ国内で生産・販売された「スズキ・スイフト」(写真はタイ仕様の2012年モデル)。税制優遇策に伴い普及するかにみえたが、その制度が終わると、次第にセールスも落ち込んでしまった。
タイのエコカープロジェクト適合車種として、2012年にタイ国内で生産・販売された「スズキ・スイフト」(写真はタイ仕様の2012年モデル)。税制優遇策に伴い普及するかにみえたが、その制度が終わると、次第にセールスも落ち込んでしまった。拡大
上のタイ製「スイフト」と同時期にインド国内で生産・販売された、スイフトのインド仕様車。グリルやホイールのデザインはタイ仕様とは異なっているようだ。今後生産拠点のなくなるタイ市場には、アセアン域内や日本・インドの工場で生産された完成車が輸入されることになる。
上のタイ製「スイフト」と同時期にインド国内で生産・販売された、スイフトのインド仕様車。グリルやホイールのデザインはタイ仕様とは異なっているようだ。今後生産拠点のなくなるタイ市場には、アセアン域内や日本・インドの工場で生産された完成車が輸入されることになる。拡大

安易に売れば損になる

スズキによると「“タイ市場からの撤退”ということはなく、工場閉鎖後もアセアン域内や日本・インドの工場で生産された完成車を輸入し、タイ国内での販売およびアフターサービスを継続していく」という。基本的に関税が100%かかる日本からの完成車輸入はスズキ車の価格帯では難しい気もするし(「トヨタ・アルファード」などはそのせいで日本の倍以上の価格となるものの、それでもバカ売れしているのだから驚くしかない)、アセアン内のFTA(自由貿易協定)に基づいて関税なしで入ってくるインドネシア生産車(インドネシアの工場は45年以上の歴史がある)などがタイで販売するスズキ車のメインとなっていくのだろう。

いっぽうで輸出ビジネスは、日本だけじゃなくインドにだって工場があるスズキにとっては「タイじゃなきゃいけない」理由がなさそうだ。今回のタイ生産撤退劇は“損切り”となっている可能性が高いが、スズキにとっての「選択と集中」というわけである。

ちなみに、タイの工場は2012年3月に生産が始まったばかりでまだ新しい。それをそのまま手放すのはもったいないからどこかの自動車メーカーに売ればいいのでは? とも思う反面、ゼネラルモーターズ(GM)のタイ撤退時に工場を居抜きで買った中国の長城汽車(GWM=グレート・ウォール・モーター)は、そこをEV生産拠点としてタイ国内だけでなく輸出も計画。輸出先でGMのシェアを奪っていくことになると考えれば居抜きで売るのも長い目で見れば得策ではないのかもしれない。欧米で中国生産のEVに逆風が吹きそうな今、中国メーカーはその逃げ道としてタイ工場を活用しようと考えているのだから。

ところで、スズキとほぼ時を同じくしてスバルもタイでの生産(こちらはノックダウン)を終了し、日本などからの輸出に切り替えるという。タイでのスバルはスズキ以上にニッチな存在だったから仕方がないといえば仕方がないし、これまでもつくっていたのは「フォレスター」だけで他は輸入だったからあまり影響はないのかも。日本にはない「WRX S4」のMTモデル(右ハンドル/右ウインカー)なんかはけっこうマニアックでいいと思うんだけど。

(文=工藤貴宏/写真=スズキ、工藤貴宏/編集=関 顕也)

2024年3月下旬から4月上旬にかけて開催された、タイのバンコク国際モーターショーでの光景。日本車のブースの向こうには、勢いを増しつつある中国メーカーのブースがずらりと並ぶ。今回スズキはタイ工場の閉鎖を決めたが、もし、その施設を必要とする中国メーカーに売却したならば、長い目で見ればさらなる脅威となる可能性もある。
2024年3月下旬から4月上旬にかけて開催された、タイのバンコク国際モーターショーでの光景。日本車のブースの向こうには、勢いを増しつつある中国メーカーのブースがずらりと並ぶ。今回スズキはタイ工場の閉鎖を決めたが、もし、その施設を必要とする中国メーカーに売却したならば、長い目で見ればさらなる脅威となる可能性もある。拡大
工藤 貴宏

工藤 貴宏

物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。

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