第279回:SUV対スポーツカー、チェイスで勝つのはどっち?
『サイレントナイト』
2025.04.10
読んでますカー、観てますカー
トナカイ柄セーターの男が走る
顔に怒りと焦りを浮かべた男が住宅街を走っている。着ているのはトナカイ柄のニット。“アグリーセーター”と呼ばれるクリスマス定番のジョークファッションだ。街にはスキール音が響き、さらに銃撃らしき音が聞こえてくる。彼が発見したのは、「レンジローバー・スポーツ」と「三菱ランサーエボリューション」がサイドバイサイドで疾走しながらマシンガンを撃ち合う光景だ。ドライバーを撃たれたランエボは消火栓に激突し、レンジローバー・スポーツは逃げ去った。
男は鉄の棒を拾って彼らを待ち伏せる。路地から出てきたところでフロントガラスをぶち割った。しかし、逆襲されて追い詰められ万事休す。クルマの中から出てきたのは、スキンヘッドで顔面にタトゥーを彫ったいかにも凶暴なギャングだった。そいつは冷静に銃を構え、倒れ込んだ男の喉元に銃弾を放つ。おや、主人公らしき男が冒頭でいきなり死んでしまった……!?
いや、その男ブライアン・ゴッドロック(ジョエル・キナマン)は病院に担ぎ込まれて一命を取りとめる。妻の懸命な介護もあって次第に回復していくと、脳裏にあの日の悲劇がよみがえってきた。街なかでのギャング同士の抗争で幼い息子が流れ弾に当たって命を落としたのだ。彼らを許すことはできない。ブライアンは復讐(ふくしゅう)を誓う。
『サイレントナイト』は、ビジランテものと呼ばれるジャンルの映画である。主人公は警察や司法の手の及ばない悪に自らの手で制裁を加え、復讐を果たす。古典的な作品としては、1974年公開の『狼よさらば』が有名だ。チャールズ・ブロンソンが演じる温和な男の妻と娘が不良たちに襲われる。彼は復讐の鬼と化し、夜になるとニューヨークを見回って強盗や暴行犯を片っ端から処刑していく。
セリフなしのビジランテ映画
ビジランテ映画は人気で、多くの名作が生み出されてきた。『タクシードライバー』や『マッドマックス』も、広い意味では含まれるだろう。リーアム・ニーソンはこのジャンルが得意なようで、『96時間』シリーズや『スノー・ロワイヤル』、最新作の『プロフェッショナル』などで主演している。『侍タイムスリッパー』で話題となった安田淳一監督のデビュー作『拳銃と目玉焼き』もそういう話だった。
つまり、さんざんこすられてやり尽くされているのがビジランテ映画なのだ。さまざまな状況設定が試されていて、いまさら新しい趣向を見せるのは簡単ではない。『サイレントナイト』では、オープニングシーンで巧妙な仕掛けを組み込んでいた。ブライアンはちょうどノドボトケのあたりを撃たれていて、そこには声帯がある。声を出すことができなくなってしまったのだ。
その結果として、会話のシーンがなくなった。ほぼセリフなしで物語が進行していく。ブライアン以外はしゃべれるはずなのに、なぜか彼に付き合ってだれも言葉を発しない。聞こえるのはテレビの音や警察無線ぐらいだ。無音が続くことによって緊張感が極限まで高まり、異様なテンションに包まれる。最小限の音楽や歌が、最大限の効果を生むことになる。
リハビリで回復したものの、希望を失ったブライアンは悲しみと絶望のなかで酒に溺れた。生きる目的があるとすれば、息子を殺したやつらへの復讐だけである。トナカイのセーターを着ていたことでわかるように、息子が殺されたのはクリスマスイブだった。彼は決意する。次のクリスマスイブに、ギャングたちを血祭りにあげるのだ。
マスタングでギャングを襲撃
興奮が収まると、ブライアンは冷徹な現実に気づいてしまう。相手は顔面タトゥーの狂犬である。ギャングのボスなんだから、血の気の多い男たちがまわりを固めている。一般人が勝てるわけがない。リベンジを果たすための過程を描くのが、このジャンルではアガるポイントだ。まずは天井に棒を取り付け、懸垂で腕力を鍛える。格闘術のビデオを見ながら、ダミー人形相手に技を磨く。射撃場に通って銃の撃ち方を学ぶ。強い男に憧れる中学生みたいな行動だが、本人は真剣なのだ。
それだけでは足りない。敵のアジトに乗り込むためのクルマが必要だ。中古車屋で手に入れたのは、ホコリをかぶった「フォード・マスタング」。見た目は汚いが、5リッターV8エンジンを搭載していてパワーは十分だ。定常円旋回やスピンターンを練習し、パイロンを立ててピタッと止まれるように何度もトライする。この技は、実際の襲撃でチンピラたちを壁に押し付けて至近距離で撃つという無情な惨殺で役立つことになる。
クリスマスイブ。ブライアンは銃と弾薬を仕込んだ黒長コートに身を包み、マスタングに乗ってギャングの根城へ向かう。やはりそこには屈強な手下たちが待ち構えていた。「GMCユーコン」とのカーチェイスが始まる。レンジローバー・スポーツとランエボの対決と同じ、SUVとスポーツカーという構図だ。重量とパワーに対してアジリティーと巧みなコントロールで立ち向かう。マスタングはMTモデルで、運転と銃撃を一人でこなすのは大変だ。
監督は『男たちの挽歌』や『フェイス/オフ』などで知られるアクション映画の巨匠ジョン・ウーである。いつものように、定型のエモ描写と凄絶(せいぜつ)な暴力シーンとの対比が鮮烈だ。ケレンが身上の作風がマッチして、セリフを排した寓話(ぐうわ)的な仕立てがうまく効果を上げている。一応クリスマス映画だが、『素晴らしき哉、人生!』や『ラブ・アクチュアリー』のようにほっこりした気持ちになれるものではないのでご注意ください。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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