“世界一美しいクーペ”に異議あり!? BMWのクラシッククーペの奥深き世界
2025.06.25 デイリーコラム世界一美しい……に異議あり
誰が言い出したのかは知らないが、BMWの初代「6シリーズ」(コードナンバーE24)は、俗に「世界一美しいクーペ」と呼ばれている。だが、私自身はこの説を最初に耳にしたときから違和感があった。ほかにも美しいクーペはたくさんあるだろう、ということもあるが、理由はもっと単純で、その先代にあたる「2800CS」や「3.0CS」(E9)のほうが繊細でエレガントに思えたからである。
なぜ唐突にそんなことを言い出したかというと、先日E9を見たからである。それも数多くの。去る5月某日、東京・青海にあるBMW GROUP Tokyo Bayで開かれた「BMW E9 Registry Meeting」。2011年に立ち上げられたという、E9のオーナーが集う「BMW E9 Registry Japan」。年に一度ミーティングを行っているそうだが、今回で13回目という会場には26台ものE9が並んだのだ。
旧車イベントで何度も見かけたことはあるものの、おとなしいために個人的にはあまり注目することがなかったE9。だが、あらためて目の当たりにすると、やはり美しい。とりわけ細いピラーまわりの繊細さが際立っている。安全基準その他もろもろの理由で今日では求め得ない造形だが、当時としても別格に思える。
と言われても、そもそもE9とは何ぞや? という方もおられるだろう。ここで紹介しておこう……と思ったが、まずは前史ともいうべき、E9の登場に至るまでのBMWのクーペの歴史から振り返ってみよう。
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BMWを危機から救ったノイエ・クラッセ
傑作と呼ばれる「327」をはじめ、BMWには戦前からクーペがラインナップされていた。だが「クーペ・スポーツ」を意味するCSという名称を含めてE9のルーツとなるのは、1961年秋のフランクフルトショーでデビューした「3200CS」と考えていいだろう。1950年代、BMWのラインナップは戦前の流れをくむ直6エンジンとドイツ初だったV8エンジンを積む大型車と、イタリアのイソのライセンスでつくられたバブルカーの「イセッタ」に始まる小型車に二極分化していた。
3200CSは、そのV8エンジン搭載車の最後を飾ったモデル。全長4.8m超という堂々たるサイズの、センターピラーのないハードトップクーペボディーはイタリアのカロッツェリア・ベルトーネで製作された。優美なスタイリングを手がけたのは、ベルトーネに入社して間もない、まだ22、23歳だったジョルジェット・ジウジアーロ。キドニーグリルを除けば、マスクこそ当時の典型的なイタリアンフェイスだが、クオーターピラー周辺の雰囲気はE9に受け継がれていることが分かる。車名にもあるように最高出力160PSを発生する3.2リッターのV8 OHVユニットを搭載し、最高速は200km/hとうたわれた。
この3200CSと同時に、BMWはまったく新たなモデルをリリースした。正式名称は「1500」だが、「ノイエ・クラッセ(ニュー・クラス)」という通称のとおり、それまでBMWになかった大小サイズの隙間を埋める中型サルーンにして、今日のBMW各車の直接の祖先となるモデルである。
イタリアのミケロッティとヴィルヘルム・ホフマイスターが率いる社内デザインチームとの協業による4ドアサルーンボディーに、フロントにマクファーソンストラット、リアにセミトレーリングアームの4輪独立懸架、クロスフロー、ヘミヘッドのSOHCエンジンといった進歩的なメカニズムを採用した高性能サルーンだったノイエ・クラッセ。発売されると高評価を得てヒットし、直面していた財政危機からBMWを救った。
ノイエ・クラッセの基本的なレイアウトは長らくBMWのモデルに受け継がれ、新たなブランドイメージ確立の原動力となった。同時にその設計は、世界中のメーカーのクルマづくりに影響を与えたのだった。
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前衛的フェイスのクーペ版ノイエ・クラッセ
1500から始まったノイエ・クラッセは、「1800」と「1600」そして「2000」などバリエーションを加えながら着々とセールスを伸ばしていった。そのいっぽうで、もともと台数の見込めるモデルではなかった高級パーソナルクーペの3200CSは、約600台を送り出したところで1965年に生産終了。入れ替わるように登場したのが「2000C/2000CS」だった。
2000C/2000CSは、成功したノイエ・クラッセのクーペ版。ノイエ・クラッセと同じシャシーに載る2ドアハードトップクーペボディーは、当初は社内デザインといわれていた。だが現在は3200CSと同じくベルトーネで、実際に手がけたのはジウジアーロの後任となるマルチェロ・ガンディーニというのが通説になっている。
そのスタイリングは、細いピラーに支えられたキャビンなど全体的なフォルムは3200CSからの流れを感じさせるものの、キドニーグリルを挟んで大型の異形ヘッドライトを備えた逆スラントのマスクはかなり個性的だった。前衛的でスタイリッシュという意見もあれば、いささか奇怪という声もあり、賛否両論だったのだ。
パワーユニットは1800用を拡大した2リッター(この時点では同じエンジンを積むサルーンの2000はまだ出ていなかった)直4 SOHCで、2000C用がシングルキャブ仕様で100PSを、2000CS用はソレックスのツインチョークキャブを2基備えて120PSを発生。後者は最高速が185km/h、0-100km/hが12秒というパフォーマンスを発揮した。
3200CSに比べればリーズナブルだった2000C/2000CSは、1970年までに1万4000台弱がつくられた。その間、中型車のノイエ・クラッセが成功したBMWは再び高級車市場への進出をもくろみ、第1弾として1968年にフラッグシップサルーンの「2500/2800」(E3)を送り出す。その後しばらくBMWに共通するモチーフとなる、キドニーグリルに丸形デュアルヘッドライトを備えた逆スラントのノーズを持つ、ノイエ・クラッセよりひとまわり大きい4ドアサルーンボディーに、“シルキースムーズ”と評された新開発の2.5/2.8リッター直6 SOHCユニットを搭載していた。
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顔つきを変えてエレガントに
サルーンに直6エンジン搭載車が登場したのならクーペにも……ということで、同じく1968年にデビューしたのが「2800CS」。いよいよE9が登場したわけだが、ノイエ・クラッセと併売されたサルーンの2500/2800(E3)とは異なり、2000C/2000CSは2800CSと入れ替わるかたちでフェードアウトした。
ボディーは2000C/2000CSをベースに、直6ユニットを積むためにホイールベースを75mm延長。個性的だがアクの強いマスクは、ヴィルヘルム・ホフマイスター率いる社内のデザインチームによって2500/2800に似たオーソドックスなデザインに変更されて印象を一新。かつての3200CSに通じるエレガントなムードを漂わせていた。
パワーユニットはサルーンの2800と同じ、170PSを発生する通称“ビッグシックス”こと2.8リッター直6 SOHCで、公称最高速は205km/h。1971年にはエンジンを3リッターに拡大した「3.0CS」に発展、追って燃料供給をキャブレターから電子制御インジェクションに変更した「3.0CSi」を追加。3.0CSiは200PSまでパワーアップされ最高速220km/hを豪語した。第1次石油危機後の1974年には2.5リッターユニットを積んだ廉価版の「2.5CS」も加えられている。そして1975年までに2000C/2000CSの2倍以上にあたる3万台強がつくられ、翌1976年に初代6シリーズ(E24)にバトンタッチした。
以上が3200CSからE9に至るBMWのクーペの大まかなヒストリーだが、E9には優美な姿には似合わぬもうひとつの顔があった。それが何かというと、ご存じの方もあろうがレースにおける活躍である。
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ツーリングカーレースを席巻した“バットモービル”
BMWは1964年から欧州ツーリングカー選手権(ETCC)にノイエ・クラッセの「1800TI」や「2000TI」、そしてコンパクトな2ドアサルーンの「2002」などで参戦、1970年までにクラス別のメイクス選手権を4度獲得する好成績を挙げていた。だがフォード・ワークスから高度にチューンされた「カプリRS2600」が登場すると、1971年、1972年と2年続けて最上位クラスのチャンピオンシップを奪われてしまった。
それに対抗すべく、レース参戦を前提とするホモロゲーションモデルとして1971年に登場したのが「3.0CSL」。Lはドイツ語で軽量を意味する“Leicht”の略で、ボディーパネルを肉薄鋼板にするとともにボンネットとトランクリッド、ドアをアルミパネルに、リアおよびクオーターウィンドウをアクリル製に替え、装備を簡素化するなどして、車重は3.0CSの1400kgより200kg以上軽い1175kgに収めていた。パワートレインはノーマルの3.0CSと同じだった。
1972年にはレースで3リッター以上のクラスに出場すべくエンジンを2985ccから3003ccにわずかに拡大。1973年には3153ccまで排気量をアップし、インジェクションを備えて最高出力206PSを発生した。もちろんこれは市販型の値で、レース仕様では300PS以上にまで引き上げられている。この最終型は巨大なフロントのエアダムやリアスポイラーなどのエアロパーツで武装しており、その姿から“バットモービル”の異名をとった。
レースではもくろみどおり大活躍し、1973年、1975~1979年とETCCの王座を6度(うち5年連続)も獲得するという快挙を成し遂げた。勢いをかってルマンにも参戦し、1973年にはTSクラス優勝を果たしている。1976年にはこの年から始まった通称シルエットフォーミュラこと世界スポーツカー選手権用のグループ5仕様となる「3.5CSL」もつくられた。
付け加えておくと、今日まで続いているBMWとアーティストのコラボ企画であるアートカー。これは1975年のルマン24時間にエントリーした3.0CSLに、アメリカ人彫刻家のアレクサンダー・カルダーがデザインしたマシンから始まったのだった。
……というわけで、美しさと強さを兼ね備えたクーペだったE9。その生産終了から約半世紀、2ドアクーペという車型は世界的に希少種になりつつあるが、BMWはいまだ3クラス(2/4/8シリーズ)にラインナップしている。その意味では、クルマ好きにとってはありがたい存在ではあるのだが……。
(文=沼田 亨/写真=BMW、沼田 亨、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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