世界中で人気上昇中! 名車を生かしたクルマ趣味「レストモッド」の今を知る
2025.09.22 デイリーコラムいわばクラシックカーのモダナイズ
毎年アメリカ・カリフォルニア州で開催されるモントレーカーウイークにおいて、“レストモッド文化”を根づかせたのは、間違いなくシンガー・ビークル・デザインだ。2011年には早くも「ポルシェ911」を持ち込み、2015年から今年に至るまで人気イベント「モータースポーツギャザリング」に専用ブースをしつらえている。
レストモッド(Restomod)とは、「レストレーション&モディフィケーション」の略。クラシックカーをレストアするにあたって内外装に現代的なモディフィケーションを加えるというわけだが、実を言うと、さほど新しい文化ではない。特にアメリカでは普通のチューニングプログラムだった。古い「コルベット」に新しいV8 OHVを積むなんてことはガレージDIYレベルの話かもしれない。
アメリカに限らず、昔から多くのレストアラーが近いことを実践している。例えばナローポルシェに世代の若い911用エンジンを積む、といった手法もレストモッドの原点だろう。なんならホイール&タイヤを新しくしたり、電装系をキャブから電子制御に換装したりすることもまた、レストモッドの一環だ。
いずれにしてもクラシックカーをレストアするにあたって、より完璧なレストアを目指した結果、中身を新しくしてしまう、つまり現代においても普段乗りに使えるレベルにグレードアップしようという発想が生まれたといっていい。
もっともシンガーの場合は少し違っていて、そこが彼らを成功に導いたひとつの要因だったと思われる。ポイントは「新しいけれど古いこと」だ。
シンガーのビジネスモデルは、あくまでもポルシェ911のレストレーションである。クルマの売買は行わない。顧客の持ち込んだ911を彼らのサービスメニューに沿わせつつ顧客の要望を可能な限り盛り込んでレストアする。顧客がシンガーに支払うのはあくまでもレストア&モディファイの費用というわけだ。
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当事者も驚く盛況ぶり
そこで彼らがユニークだったのは、964型の内外装を901型、つまり古いモデルである“ナロー”風に仕立てつつ、パフォーマンスにおいてはモダナイズを行ったという点にある。つまりベースは964だが、見た目にはナローで、中身は新しい。しかも内外装のコンフィギュレーションは自由自在、顧客の望むまま仰せのとおりに仕立てられた。
実を言うと964をナロー風に仕立てることもまた911マニアの間ではひそかに行われていたモディファイで、基本骨格を3世代、つまり901(後半)→930→964と大きく変えることのなかった911ならではというべき“お遊び”だった。そこにシンガーは目をつけた。
今回、モントレーカーウイークでファウンダーのロブ・ディキンソン氏とゆっくり話すことができたのだが、彼は、英国でカーデザイナーの仕事を辞し、“シンガー”としてバンドを立ち上げて成功したのち、ロサンゼルスにやってきて愛車ポルシェ911のホットロッド製作(といっても日本人がイメージするあのホットロッドではなく、一般的には古いクルマの改造を指す)を始めた2000年代半ばに、もう911のレストモッドに商機を見いだしていたらしい。ただし、これほど大きくなるとは想像していなかっただけである。ちなみに現在のシンガーは年間に140台前後のレストアを行い、アメリカと英国の拠点には総勢750人ものスタッフが働いている。
シンガーの成功を見て、アメリカはもちろん、英国やイタリア、ドイツ、そして日本でも続々とクラシックモデルのレストモッドが盛んになってきた。なかでもポルシェ911をベースとするビジネスモデルが最も多いが、イタリアであればアルファ・ロメオやランチア、フェラーリ、さらにはランボルギーニの、英国であればジャガーやアストンマーティンのレストモッドが登場している。今後、その傾向はますます強まっていくに違いない。
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魅力なき新車へのアンチテーゼ
もっとも、シンガーのように大成功するかどうかは甚だ疑わしい。シンガーがこれほどまでに成功した理由は、ロブと仲間たちが今も変わらず“盛大なる遊び心”(=情熱と言い換えてもいい)を持っていて、ポルシェ911という偉大なるスポーツカーが素材であったからだ。ロブたちも言うように「お金もうけのために走りだしたプロジェクトは破綻する」世界でもあるだろう。
そう考えたとき、成功の鍵を握る要素はやはり、ベースモデルが何であるか、だ。911はともかく、その他のモデルでレストモッドによる完璧なレストレーションがどこまで支持されるだろうか? そのものの価値に加えて人気=流通台数に大いに左右されるとなれば、すでに存在するプログラムのなかにはそもそもベースモデルの供給という点で先行きの厳しいモデルも散見される。
もうひとつ、日本からの発信の可能性はないだろうか? あるとすればそれはやはり日本の名車がベースでなければならない。例えば初代「NSX」、例えばS30型「フェアレディZ」。すでに「スカイラインGT-R」をベースとしたフルカーボンボディーのレストモッドを製作するショップ(ガレージアクティブ)が世界的にも有名になりつつある。
レストモッドがこれほど認められた背景には、レギュレーションにがんじがらめとなった最新モデルの性能やデザインに好事家が飽き始めたことがあった。つまりは次から次へと登場し常軌を逸する高性能をうたった新しいクルマへのアンチテーゼである。
工業製品である以上、その進化は必ずクルマそのものから“面白み”や“個性”を奪っていく。なぜならかつての個性とは、ある種の欠点や不完全性でもあったからだ。
果たして“趣味のクルマ”に未来はあるだろうか。移動のツールとしてのみ進化を促されていくほかないのか。レストモッドは自動車のそんな進化のベクトルに対するささやかな抵抗であるのかもしれない。
(文=西川 淳/写真=西川 淳、webCG/編集=関 顕也)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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