世界に影響を与えた“ワーゲンバス” 「フォルクスワーゲン・タイプ2」の系譜
2025.07.23 デイリーコラム二十余年がかりの現代版「タイプ2」
先日、フォルクスワーゲンのフル電動ミニバン「ID. Buzz(IDバズ)」の正規導入開始が発表された。
通称「タイプ2」のマイクロバスの現代版として「マイクロバスコンセプト」が初公開されたのは、今から四半世紀近くをさかのぼる2001年のデトロイトショーだった。同年の東京モーターショーにも出展され正式デビューに期待を持たせたものの、それっきりで終わった。それから10年を経た2011年には、小ぶりになって電動化された「ニューブリー」がジュネーブショーでデビュー、これまた東京にもやってきた。今度こそ市販モデルを開発中とのうわさも聞こえてきたが、いつの間にか立ち消えとなってしまった。
そして、最初のマイクロバスコンセプトのサイズに近い電動コンセプトカーが「I.D.BUZZ」(BUZZがすべて大文字だった)を名乗って登場したのは2017年のデトロイトショー。これを見て、私などは「性懲りもなく“出す出す詐欺”を続けるのか」などと思ったものだが、それから5年後の2022年に市販型のID. Buzzが正式発表。さらに3年を経て、ようやく日本にも正式導入となったわけだ。
市販化までにこれだけ時間を要したモデルは珍しい、というか類がないと思うが、往年のタイプ2の現代版といううたい文句は不変で、先日行われた発表会でも2台が並べられていた。その、“ビートル”こと「タイプ1」と並ぶフォルクスワーゲンのブランドアイコンともいえるタイプ2とは、そもそもどんなクルマだったのだろうか?
75年前に誕生
俗にタイプ2と呼ばれる、往年のリアエンジン車を含むフォルクスワーゲンのワンボックスカーの総称は「トランスポーター」。正式名称となったのは1990年に登場した4世代目の通称「T4」からだが、その最初の世代ということで「T1」と呼ばれるモデルは1950年に誕生した。ビートルことタイプ1のプラットフォームをベースにさまざまなボディーを架装し、その種のキャブオーバー型コマーシャルカーの元祖的存在として後世に大きな影響を与えたモデルである。
「デリバリーバン(パネルバン)」と「コンビ」と呼ばれる着脱可能な2、3列目シートを備えた荷客兼用車に始まり、7/8人乗りの「マイクロバス」、天窓を含め多くのウィンドウを持つ「デラックス マイクロバス」、ウェストファリア社製の「キャンパー」、ダブルおよびシングルキャブの「ピックアップ」など続々とバリエーションを拡大。レッカー車、救急車や消防車などの特装車もつくられた。
当初はビートルと同じくわずか1131ccだった空冷水平対向4気筒エンジンを、1.2リッターを経て1.5リッターに拡大するなどの改良を重ねたのち、1967年に2世代目(T2)にモデルチェンジした。
フロントガラスがT1のスプリットウィンドウと呼ばれる分割式から、ベイウィンドウこと1枚の曲面ガラスに変更されたことが最大の識別点であるT2。ボディーは全長が延び、リアサスペンションはスイングアクスルからセミトレーリングアームに変更。空冷フラット4ユニットは当初は1.6リッターだったが、最終的に2リッターまで拡大された。
トランスポーターの系譜で、タイプ2と呼ばれるのはこの2世代目までである。1979年に登場したT3はリアエンジンレイアウトこそ踏襲したものの、見るからにビートルの派生モデルだったT1、T2に対し、(当時の基準で)新世代フォルクスワーゲンを代表する「ゴルフ」風のマスクを持つ角張ったボディーは明らかに異質。実用車として進化はしたものの、旧来のファンにとっては“愛玩”の対象ではなくなってしまったのだった。
なおT2の生産はドイツ本国では1979年に終了したが、国外では水冷直4エンジンへの換装など独自の改良を加えながら生産を継続し、メキシコでは1994年、ブラジルではなんと2013年までつくられた。フレックスフューエルの1.4リッター直4エンジンを搭載したブラジル製の最終型となる1200台限定の「コンビ ラストエディション」は、2025年4月に開催された「オートモビル カウンシル2025」にも出展されていた。
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米国の自動車産業への影響
フォルクスワーゲンは、1950年代にアメリカに上陸した。そしてかの地ではビートルならぬバグ(bug=虫)と呼ばれたタイプ1は、自国製の大型車に対するアンチテーゼとして北部の知識層の間で受け入れられたのを手始めに、瞬く間に全米に広まっていった。1950年には300台強だった年間販売台数は1960年には12万台近くまで増え、ピークとなった1968年には40万台に迫った。
「フォルクスワーゲン・バス」と呼ばれたT2までの2世代のタイプ2は、1960年代にアメリカ西海岸で花咲いたポップやヒッピーなどカウンターカルチャーの担い手に愛されたことをきっかけに独自のポジションを確立。今では単なるクルマを超えて、ある種のライフスタイルを象徴するアイコンに昇華していると言っても過言ではない。
そのいっぽうでハードウエアとしてのタイプ2も、ワンボックス型多用途車のパイオニアとして世界中に影響を与えた。先述したように大量にビートルが流入したアメリカでは、その対抗馬としてゼネラルモーターズ(GM)、フォード、クライスラーのいわゆるビッグスリーが従来よりダウンサイズしたコンパクトカーを開発。1960年型から一斉に市場に投入された。
そのうちGMの「シボレー・コルベア」は、空冷水平対向6気筒エンジンによるRRというレイアウトからしてビートルの影響が明らかだったが、1961年にはそのシャシーを流用したキャブオーバーの「コルベア95」が登場する。「グリーンブライア」と名乗るバンやワゴン、そして「ロードサイド」や「ランプサイド」と名乗るピックアップなどのバリエーションをそろえたシリーズは、まさにコルベア版タイプ2だった。
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日本にも現れたフォロワー
日本にもタイプ2を参考にしたとおぼしきモデルが現れた。最初は360cc規格時代の軽商用車で、1960年に発売された「くろがね・ベビー」。水冷4ストローク直2エンジンをシャシー後端に積んだトラックとワンボックスのライトバンが用意された。
翌1961年には、1958年に発売した「スバル360」によって軽乗用車のリーディングメーカーとなっていた富士重工業(現スバル)から「スバル・サンバー」がデビュー。頑丈なラダーフレームに、かぶと虫(ビートル)に対して“てんとう虫”と呼ばれていたスバル360のトーションバーによる4輪独立懸架や空冷2ストローク2気筒エンジンなどの基本メカニズムを移植したシャシーを持つ。最初は低床式のトラックのみだったが、追ってライトバンとタイプ2のシングルピックアップによく似た構造の、“ロッカー付き”と称する高床式トラックが追加された。
以来、スバルの軽乗用車系が1980年代にFFに転換して以降もサンバーはRRを守り続け、「農道のポルシェ」の異名をとったりもした。だが2012年にスバルが軽自動車の自社生産を終了したことにより、RRのサンバーは半世紀にわたる歴史の幕を下ろした。
タイプ2やサンバーがリアエンジン乗用車をベースにしていたのに対して、リアエンジンの商用車として新規開発されたのが1966年に登場した初代「マツダ・ボンゴ」。前後ともコイルスプリングを使った4輪独立懸架を持つシャシーの後端に、「白いエンジン」と称した初代「ファミリア」用の総アルミ製の782cc直4 OHVエンジンを搭載。「トラック」「ルートバン(パネルバン)」「バン」のほか、バンとボディーを共用するが5ナンバー登録で8人乗りの「コーチ」も用意された。
前後リジッドサスペンションのトラックシャシーにバンボディーを架装したモデルはあったものの、当初からトラックやバン、乗用ワゴンまでを想定してつくられたキャブオーバー/ワンボックスは、日本では初代ボンゴが初めて。パイオニアとして好評を博し、1968年にはエンジンを1リッターに拡大。販売は順調だったが、当時はマツダの開発リソースが限られていたため、目立った変更や改良もないまま先細りとなり1975年に生産終了。2年の空白の後に1977年にまずトラックから登場した2代目はオーソドックスなFRに転換していた。
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その後の本家トランスポーター
アメリカ、日本のほかには、1950~1960年代にリアエンジンの大衆車に注力していたイタリアのフィアット。フィアット初のリアエンジン車である「600」をベースに1960年代初頭に登場した「600T」には、タイプ2でいうコンビのような荷客兼用車の「ユーティリティー」と「バン(パネルバン)」、そしてそれぞれのハイルーフ仕様が用意されていた。
1965年にはエンジンをスケールアップした「850T」、そして7人乗りの乗用モデルである「850ファミリアーレ」を追加。ベースとなったリアエンジン乗用車である「600D」や「850」の生産終了後もつくり続けられ、1976年には再度のエンジン拡大を含むマイナーチェンジを受けて「900T」に発展。ピックアップも加えられて、最終的に1985年までつくられたのだった。
といったところが、誕生の背景にフォルクスワーゲン・タイプ2の影響が感じられるモデルである。いっぽう、本家本元のドイツ産のフォルクスワーゲン・トランスポーターはどうなったかといえば、前述したように1979年に登場したT3まではリアエンジンだったものの、1990年に世代交代したT4は遅ればせながらFFに転換。短いノーズを持つセミキャブオーバーとなり、見た目にも構造にもT1やT2とのつながりを感じさせる部分は皆無となった。
それから35年を経て日本上陸した、タイプ2のDNAを受け継ぐとうたったID. Buzz。はたして市場ではどう受け止められるのだろうか?
(文=沼田 亨/写真=フォルクスワーゲン、ゼネラルモーターズ、スバル、マツダ、ステランティス、沼田 亨、TNライブラリー/編集=藤沢 勝)
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沼田 亨
1958年、東京生まれ。大学卒業後勤め人になるも10年ほどで辞め、食いっぱぐれていたときに知人の紹介で自動車専門誌に寄稿するようになり、以後ライターを名乗って業界の片隅に寄生。ただし新車関係の仕事はほとんどなく、もっぱら旧車イベントのリポートなどを担当。
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