第13回:街が変わり、共同体が減る
2010.10.04 ニッポン自動車生態系第13回:街が変わり、共同体が減る
過疎化、少子高齢化、そして都市のドーナツ化現象。四国を歩くと、いまの日本が抱えるさまざまな問題を、ありのままに見せつけられる。
シャッター通りに響き渡る昭和の音
アーケードの中を、恐ろしいほどのボリュームで音楽が流れていた。「ああ、よくマジックショーなんかで聞く曲だ。なんだったっけ? そうポール・モーリアの『オリーブの首飾り』だ!」
その、まさに昭和の音が、ことさら暴力的に激しく耳を圧したのは、アーケード内にある商店の大半が閉まっていたからだ。あちこちで下ろされた冷たい金属シャッターに、音楽が直接反響する一方で、その音を吸収するに足りるだけの歩行者というものがほとんどいない。
そこは香川県丸亀市の駅から続く中央商店街だった。かつては大勢の買い物客でにぎわっていただろうアーケード街は、いわゆるシャッター通りと化し、そこを大音響の古い音楽だけが響き渡るというのは、なんともやりきれない光景だった。
丸亀市だけではない。同県の坂出市、愛媛県の宇和島市も含めて、中都市にある主要商店街の駅前アーケードは、どこも半分以上の店はシャッターに閉ざされたまま、ひどく寂しい状態だった。
もちろんこれは四国だけの話ではない。日本全体でも1970年代以降から顕著になった現象である。またアメリカをはじめとする他の先進国でも、市街地の空洞化と郊外へのスプロールが進行した結果、都市中心部が荒廃するというドーナツ化現象として問題になっている。
それは知識として分かってはいたし、身近にある関東の、シャッター通りと化した商店街も何度も実際に接している。だが、歩き遍路をしながら、何度かこういう商店街に入るたびに、ひときわ寂しい思いがしたものである。
街は郊外に存在した
人の気配は、その代わりに郊外にあった。昼からシャッターを下ろしっぱなしだったり、明らかに廃業したりしている小さな商店が並ぶ、いわゆる町の中心部を抜ける。そしてこの20年ぐらいにできたであろう郊外のバイパスに入る。その瞬間に、急に風景は華やいでくる。
日本の多くの中小都市と同様に、人もクルマも、華やかな看板もイルミネーションも、ほとんどが郊外にあった。大きなファミリーレストランや、派手な建築のパチンコ店、家具センターなどの大型の店が広い道路を挟んで並んでいる。そしてその中には必ず、ひときわ大きなスペースを占有し、スーパーを中心にホームセンターやドラッグストアなどを集めたショッピングコンプレックスがあった。
最近の郊外型ショッピングコンプレックスの風景は、そのパイオニアであるアメリカのそれにとてもよく似ている。一カ所だけ目立つような塔屋風建築を除けば、あとは低い建物が広がっているが、その構成様式も、スカイブルー、淡いグリーンやピンクなどを使ったその色調もまた、カリフォルニアあたりの郊外店とまったく同じ雰囲気である。
そしてなによりもアメリカと似ているのは、このコンプレックスを含めて、郊外のすべての大規模店舗の前には、広大な駐車場が用意されていることだった。ただ一つ違いがあるとすれば、アメリカでは大型SUVやミニバンがそこに並んでいるのに対して、四国では、置かれているのは大半が軽自動車だというところだろう。
明らかに街は、真ん中を失ってドーナツ型になってしまっている。商業施設だけではなく、新しい住宅地もまた、中心部にはなく、その周辺を取り囲むように広がっていた。
共同体を壊したのはクルマ!?
こういう状況を作り出した理由はいろいろある。
人口減少とその年齢構成の変化、市街地中心部の土地価格の高騰、個人商店などにおける後継者問題、そして商品購買欲望の変化に対応した大規模店舗の増加。2000年に行われた大規模小売店舗法の改正など、さまざまな背景がある。
だが、その中でもっとも大きな影響を与えたのは、クルマの普及であり、モビリティの主役が自動車になったことであるのは言うまでもない。クルマで移動することを前提と考える人々の多くは周辺の新興住宅地に住み、クルマで大型店舗に買い物に行くという生活パターンが進んだ結果である。
クルマは明らかに、何世紀も続いた共同体の構成様式を、たったこの数十年で一気に変容してしまった。共同体を壊し、街というものを消滅させつつあるこの状況は、今、真剣に考え直されなくてはいけないはずである。
街の中心だけではない。四国を歩いていると、あちこち失われつつあるもの、見捨てられたものが多いことに今さらながらに驚く。しかもそのほとんどがこの20〜30年内に廃棄されたものだ。
前回も、高速道路の完成で交通量が減ったために廃業した郊外レストランを紹介した。こういう場所には、他にも廃墟(はいきょ)が沢山あった。ガソリンスタンド、小規模店舗、ビジネスホテル、老舗と思われる旅館や商店など、街道筋のあちこちに、廃業された建物が見られた。それも明らかに、放棄されてからは、大した時間を経過していなかった。
もちろんクルマ交通だけが原因ではない。その最大の理由は、バブル崩壊からずっと続いている景気後退であり、日本全体の成長速度が鈍化したからだが、これに加えて人口構成の変化が、特に四国のような山間部や地方部では大きく影響しているようにも思えた。
少子高齢化現象という日本が抱える問題は、四国ではかなり深刻になっている。若く働き盛りの人々はどんどん去っていって、高齢者ばかりが残される。四国を歩いていると、高齢者用施設の多さにも驚く。新しくきれいな建物の多くは、高齢者用施設か大規模病院なのである。
それでも人口は特に山間部で減りつつある。それにしたがって、店舗やレストランはおろか、集落そのものも廃棄されつつある。お遍路中に読んだ地元の新聞によれば、今後10年間に、四国の集落の7.5%が廃棄される、つまり共同体が消滅すると予測されているという。その数値は、全国で最悪なのだと紙面には書かれていた。
「月天心貧しき町を通りけり」、与謝野蕪村の句を思い出しながら、寂しい思いで歩いていた私の耳に、『オリーブの首飾り』が容赦なく入り込んできた。
(文と写真=大川悠)

大川 悠
1944年生まれ。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部に在籍後、自動車専門誌『NAVI』を編集長として創刊。『webCG』の立ち上げにも関わった。現在は隠居生活の傍ら、クルマや建築、都市、デザインなどの雑文書きを楽しんでいる。
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