鈴鹿でよみがえった「36年前の記憶」 2026年の“大盛況”F1日本GPを振り返る
2026.04.13 デイリーコラム歴史的レースから36年後の鈴鹿で
2026年は、日本、そしてアジア初のF1公式戦となった1976年のF1日本GPから50周年にあたる(正確には富士スピードウェイでの1回目の名称は「F1世界選手権イン・ジャパン」だった)。あれから半世紀、日本GPは富士スピードウェイで4回、鈴鹿サーキットでは36回開かれ、通算で40回目を数えた。もはや世界のモータースポーツ文化に、深く、確固として根づいていると言っても過言ではないだろう。
そんな節目の年、日本GPには3日間通しで延べ31万5000人もの観客が訪れた。前年比でおよそ5万人もの増加となり、会場が富士から鈴鹿に戻った2009年以降、初めて30万人の大台を回復したことになる。2010年代には20万人に届かない時期もあったのだから、華麗なる復活を遂げたといっていい。
鈴鹿で観客数が初めて30万人を超えたのは、高倍率の抽選を勝ち抜かないとチケットが手に入らないほどの空前のF1ブームに沸いていたバブル末期の1990年のこと。鈴鹿で4回目の日本GPが行われた年だった。
マクラーレン・ホンダのアイルトン・セナと、この年フェラーリに移籍したアラン・プロスト。宿敵同士による3年連続となるタイトル争いは、スタート直後の1コーナーで2台が接触。主役が早々に戦列を去り、その結果セナがワールドチャンピオンとなった。その後も残ったマクラーレンをドライブしたゲルハルト・ベルガーが単独スピンしリタイアするなど序盤から荒れ模様を呈したが、ネルソン・ピケとロベルト・モレノによるベネトン・フォードの1-2フィニッシュ、鈴木亜久里が3位に入り日本人として初めて表彰台に立ち、中嶋 悟も6位入賞を果たした、歴史に残る劇的な幕切れとなった。
36年前に鈴鹿に詰めかけた多くのファンのなかに、何を隠そう、人生初のF1観戦に目を輝かせていた筆者もいた。
あれからF1もずいぶんと様変わりし、ドライバーもチームも何世代も移り変わった。大盛況だった今年の鈴鹿の風景を思い返しながら、遠く36年前の記憶に思いをはせてみると、何が見えるだろうか。何が変わり、何が変わらなかったのだろうか。今回はそんなテーマにお付き合いいただきたい。
激変した参戦勢力と「ジャパンマネー」の記憶
日本におけるF1ブームの象徴だった「セナ・プロスト対決」。その人気の波が最高潮に達した1990年シーズンは、実に19チームがエントリーする盛況ぶり。なかにはイタリアの小規模チーム「オゼッラ」の1カーエントリーも含まれるなど、チーム体制は今より多様だった。
一部のマイナーチームの撤退を受け、シーズン後半の第15戦日本GPには30台が参加。しかしレースに駒を進めることが許されたのは26台で、遅い4台は予選を通過できず土曜日の時点で鈴鹿を去らなければならなかった。
これだけのエントラントを集めた背景には、現代よりも参戦へのハードルが低かったことが挙げられる。1988年でターボエンジンが禁止され、翌年から3.5リッター自然吸気エンジンに一本化されると、名機「コスワースDFV」の系譜を継ぐ「DFR」といった手ごろなエンジンを採用し、小規模でも最高峰カテゴリーに打って出ることが可能だったのだ。
一方の2026年シーズンは、キャデラックが新規参入したことで11チーム22台にまで拡大したものの、36年前と比べるとややさびしいところ。とはいえ、どのチームも自動車メーカーや世界的な企業の大資本をバックにしたチームであることは言うまでもなく、アウディ、アストンマーティン、メルセデスなど、自動車におけるプレミアム市場のビッグネームぞろいだ。
資本力といえば、バブル期のF1にはジャパンマネーが湯水のように注がれていた。鮮やかなブルーの「レイトンハウス」をはじめ、「フットワーク・アロウズ」、日本のミドルブリッジ・グループに買収された(かつての)名門「ブラバム」、そして鈴木亜久里が所属した「エスポ・ラルース」など、1990年にエントリーしていた日系チームの何と多かったことか。
さらにエンジンメーカーでは、ホンダに加え、スバルがイタリアのモトーリ・モデルニ社と共同で水平対向12気筒エンジンを開発。しかしそのエンジンは全く競争力を発揮できず、チームは予選出場権をかけた「予備予選」の壁すら越えられないまま、スバルはシーズン半ばでの撤退を余儀なくされた。また1990年は休止していたが、1989年から1997年まではヤマハ・エンジンが参戦していた。
36年前にF1を戦ったチームで今も名前が残るのは、フェラーリとマクラーレン、ウィリアムズの3チームのみで、エンジンメーカーはフェラーリとホンダだけ。ずいぶんと役者が変わったものである。
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爆音の90年代、効率と信頼性の現代
技術面では、いっそう隔世の感にたえないだろう。先にも触れたとおり、1990年のエンジン規定は3.5リッター自然吸気に一本化されていたが、フェラーリやランボルギーニはV12、ホンダやルノーはV10、フォード勢はV8と3種類が混走していた。高回転・高出力のV12に、非力ながらV8勢が勝負を挑むことが許された時代。さらに前述のスバルはフラット12、新規参入の「ライフ」というチームはユニークなW12気筒で挑戦し、あえなく敗れ去っていた。昨今尊ばれる多様性を先取りしたかのようなバラエティーの豊かさだ。
36年前の鈴鹿で何に一番驚いたかといえば、これらエンジンが放つ“爆音”だ。目に見えるぐらいの空気の振動が鼓膜といわず全身にぶち当たってくるほど。その衝撃と比べると、現行の1.6リッターV6ターボハイブリッドのサウンドは、技術が洗練されているがゆえにどこか物足りなく感じてしまうのは仕方がないことだろう。
もちろんハイブリッド機構による電気モーターのアシストは1990年にはなかった。さすがに燃費のマネジメントは当時もあっただろうが、新レギュレーションになってモーターの存在感がぐっと増した今シーズンの話題である「エネルギーマネジメント」など、誰も想像がつかないテクニックだろう。
タイムを比較すると、1990年の日本GPでは、マクラーレン・ホンダを駆るセナが1分36秒996で当時のコースレコードを更新。一方、2026年のポールシッターであったメルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリは1分28秒778と、コース全長は若干異なるものの、8秒以上も短縮されている。
もうひとつの注目点は完走率だ。1990年は、クラッシュしたジャン・アレジが欠場したことで25台が出走、このうち完走はたったの10台だった。セナ、プロストはスタート直後にクラッシュし、またレースをリードしていたナイジェル・マンセルのフェラーリはドライブシャフトが壊れリタイア。そのほかエンジンやギアボックスのトラブルなど、当時のマシンはよく壊れたものだった。
今年は22台中20台がチェッカードフラッグを受け、完走率は90%という高さ。パーツひとつひとつまでの徹底した品質管理が高い信頼性につながっているということの証左だ。
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ドライバーたちの世代交代
次はドライバー観点の話。1990年は「中嶋&亜久里」という2人の日本人ドライバーが戦い、亜久里が母国のファンの前でポディウムにのぼる快挙を成し遂げた。日本GPの歴史でいえば、2012年に小林可夢偉が3位表彰台を実現しているものの、その後が続いていない。ちなみに佐藤琢磨は2004年アメリカGPで3位を記録しており、日本人のポディウムは歴史上この3回にとどまる。残念ながら今年の日本GPでは走る機会がなかった角田裕毅をはじめ、先人たちの偉業を継ぐサムライが現れてほしいところだ。
2026年は19歳のアントネッリがレースを制し、史上最も若いポイントリーダーとなったことで話題となった。今年の最年少ドライバーは、レーシングブルズでGPデビューを果たしたばかりのアービッド・リンドブラッドで、2007年8月生まれの現在18歳。近年はセバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンなど10代でF1までのぼりつめる早熟なドライバーもめずらしくなくなりつつある。一方、1990年の最年少ドライバーは当時22歳だったジャンニ・モルビデリ。ミナルディをドライブしての日本GPの戦績は18周リタイアに終わっている。
1990年の最年長ドライバーは、1952年8月生まれの3冠王者ネルソン・ピケで当時38歳。ちなみに中嶋 悟は1953年2月生まれで、日本風にいえば“ピケとは同じ学年”にあたる。
2026年7月に45歳を迎えるフェルナンド・アロンソは、今季も最年長ドライバーとして参戦。ピケのF1キャリアは1978年〜1991年の14年間だったが、アロンソはF1をお休みしていた期間を含めると現役生活25年、ピケの倍近くある。いやはや鉄人だ。
1990年に走っていたドライバーで、今もなおF1にかかわり続ける名前を、今年の鈴鹿のパドックで見つけた。36年前にミナルディ(現レーシングブルズ)に在籍していたパオロ・バリラは、イタリアの食品大手バリラグループの御曹司。同社は2025年からF1の公式パートナーとなっており、鈴鹿でもおいしいパスタが振る舞われていた。
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ホンダという「稀有な自動車メーカー」
1990年と2026年、30万人超を集めにぎわいを見せた2つのF1日本GP。干支(えと)3つ分の隔たりは、さまざまな面で違いがあることが分かってきた。
実際、今年鈴鹿を訪れてみて感じたのは、36年前よりもいっそう華やかに見えたということだった。3年目となった春開催、満開の桜越しに楽しむレース観戦がそう思わせたのかもしれないが、以前よりも若い女性や海外からの観客が多かったことも、この独特の雰囲気を醸し出す一因だったのではないか。
グランドスタンド前の広場には、AMEXが会員専用ブースを設け、アウディやホンダは実車を飾り、各チームやF1のオフィシャルグッズを買い求める長蛇の列ができていた。遊園地が隣接する鈴鹿にあって、なるほど、ちょっとテーマパーク感が増したかも、という感慨は否定できなかった。
昨今の世界的なF1ブーム、そしてアメリカ企業リバティ・メディア傘下となってから拍車がかかったF1のエンターテインメント化に違和感を覚える守旧派のファンもいるだろう。そこに海外からのインバウンド観光客が加わり、さらにはレギュレーションで急激に電動化が進み、記憶の中にある36年前のF1の姿が大幅に上書きされていった。
しかし、個人的には「それでもF1は唯一無二である」という思いを新たにしたのも事実だった。あれだけ多くのひとの関心を引きつけてやまない力はいったい何なのかを、もっと知りたくなったのだ。
そして、激変したこの36年間にあって、今もなおF1で戦い続けようとしているホンダほど稀有(けう)な自動車メーカーもないだろうということにも気づくこととなった。
もはやパワーユニットだけを供給するだけでは、アウディやメルセデスが享受せんとするビジネスやマーケティングのうまみはないといっていい。それでもなおF1を続け、また勝つんだと挑んでくるのだから、ホンダこそ「F1における唯一無二」といってもいいのではないか。
おまけに屈指のドライバーズサーキットである鈴鹿を日本GPの舞台として用意してくれているのだから、日本を代表するF1文化の担い手であることは間違いない。
そして、日本のF1文化を語るうえで、1987年から長きにわたりF1のドラマと魅力を伝え続けてきたフジテレビの存在もまた、決して忘れることはできない。
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「不易流行」に見る、F1の変わらぬ魅力とは
本質を見抜くための普遍的な価値を探しながら、その時々の価値に合わせた変化を受け入れていく姿勢を、俳人・松尾芭蕉は「不易流行」といった。レギュレーションが大きく変わった変革の年に、F1に宿る変わらぬ価値、魅力とは何なのだろうか。
36年前に聞いた爆音も、現代の緻密なエネルギーマネジメントも、表現方法は違えど、その根底には「人間と機械が一体となり、コンマ1秒を削り出すために知力と技術の限界を追求する姿」があるように思える。
また、セナとプロストの宿命の対決も、アントネッリを筆頭とした若手の台頭も、時代を超えて私たちの心を揺さぶる「才能と情熱がぶつかり合う純粋な競争のドラマ」そのものではないだろうか。
時代に合わせて姿を変えながらも、決して失われないもの。それこそがF1の本質であり、私たちが引きつけられてやまない理由なのかもしれない。
新レギュレーションで賛否渦巻く激動の2026年シーズンにこそ考えたい「F1の変わらぬ価値」。あなたの思うF1の魅力とは、何ですか?
(文=柄谷悠人/編集=関 顕也)
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柄谷 悠人
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