第114回:メイク・アメリカ・グレート・アゲイン!(前編) ―「トヨタ・タンドラ」の導入に対する元カーデザイナーの本音―
2026.05.27 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
「トヨタ・タンドラ」が日本にやってくる!? トランプ大統領のゴリ押しと、トヨタ&ホンダによるアメリカ生産車の日本導入決定により、今にわかに注目を集めている“アメリカのクルマ”。巨大ドメスティック市場で育まれた特殊な造形美を、カーデザインの識者はどう見ているのか?
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アメ車がそのまま日本にやってくる?
webCGほった(以下、ほった):今回は、この連載にしては超絶めずらしく、アメリカ車……というかアメリカ生産車について取り上げたいなと思います。
清水草一(以下、清水):海の向こうに住むジャイアンたちね(笑)。
ほった:最近ちょっと、日本でもかまびすしいですからね。あちらのボスが暴れまくって、この小さな島国まで揺れました。
渕野健太郎(以下、渕野):トランプ関税に関しては、日本側もタフな外交交渉を余儀なくされましたよね。結果、少量の輸入車を対象とした日本の「輸入自動車特別取扱制度(PHP制度)」の枠組みが活用されて、実質的な輸入障壁が緩和される方向になったわけです。アメリカの安全基準(FMVSS)を満たした型式であれば、特定の試験を簡略化して日本に輸入できるという措置ですね。
清水:それで、トヨタやホンダが一部のアメリカ生産車を日本に輸入することにしたと(その1、その2)。だから左ハンドルのまんま、なんですよね。
ほった:それだけじゃありません。エアコンの温度表示も摂氏(℃)じゃなくて華氏(°F)だし、インフォテインメントやカーナビも本国仕様そのまんまで入ってくるとか。今まではこの手のクルマって、並行輸入業者が独自の努力で日本の法規に合わせていたわけですが、今回の政治的な枠組みによって、灯火類などの一部を除き、ほぼアメリカ仕様で上陸してくることになります。
清水:いちユーザーとしては歓迎だな。個人的には選択肢が増えれば増えるほどうれしい。左ハンドルなんて昔っぽくてウキウキするよ! 左ハンドルのMT車でヒール&トウをキメるのが、人生の到達点と思ってきたからさ!
ほった:のんきなカーマニアの声が聞こえましたが(笑)、国産メーカーの開発現場にいた渕野さんはどう思われますか?
渕野:私も選択肢が増えるのは大賛成なのですが(笑)、いっぽうで懸念点もありますね。日本には厳格な保安基準があるじゃないですか。アメリカの安全基準も、乗員保護の観点では非常に厳しいのですけど、日本と決定的に異なるのは、歩行者保護に対する概念の欠落なんです。
あまりに大きな日米の安全基準の違い
清水:歩行者保護の“欠落”ですか? 軽重の違いじゃなくて?
渕野:はい。欠落です。実は北米の衝突安全基準には、今のところ歩行者保護の概念自体が存在しません。「クルマは車道、歩行者は歩道」と、完全に分離されているという特異な道路環境ゆえに、現時点でも導入されていないんです。
清水:まったくないんですか!
ほった:(ネットで調べる)……いや、こりゃ本当になさそうですね。自動緊急ブレーキはちょっと前に法制化されていて、2029年9月の完全義務化へ向けて各社が対応の真っ最中。衝突時の頭部保護にいたっては、いまだに法制化の一歩手前って感じです。
渕野:自動車メーカーのデザイナーやエンジニアにとって、歩行者保護基準への適合は、とても大きなハードルなんですよ。デザイナーとしては、ボンネットの高さやフロントまわりの造形など、デザインの自由度が大きく制限されるなかで、血のにじむような努力を重ねているわけです。政治的な決着で、その厳格な要件をバイパスしたクルマが正規ルートで流通してしまうのは、開発に関わってきた人間からすると、非常に複雑な心境になりますね。
清水:なるほどー。こっちは真面目にやってんのに冗談じゃない。ふざけるな! ってわけですね。
渕野:今回の規制緩和による導入では、衝突被害軽減ブレーキなどの先進運転支援システム(ADAS)によって、「そもそも事故を起こさない」というアクティブセーフティー(予防安全)が前提になっていると聞いています。とはいえ、パッシブセーフティー(衝突時の保護基準)の考え方が日米でこれほど異なるのに、そこをスルーしてしまうのは、やはり大きな疑問が残ります。
ほった:アメリカのピックアップみたいにフロントマスクが切り立ったクルマと衝突したら、歩行者も自転車も、簡単に車体の下に巻き込まれちゃいますよ。
清水:うーん……。ピックアップトラックって、トラック扱いでしょ? トラックという観点からすると、フロントが切り立ってるのは日本も同じじゃ?
ほった:(またもネットで調べる)……いや、日本のトラックにはちゃんと歩行者頭部保護基準があるみたいですよ。特に2.5t以下は乗用車とまったく同じとか。
清水:そうなんだ。2.5tって、ちょうどフルサイズのピックアップくらいだね。
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外圧が動かした日本のルールと日本車の形
ほった:まぁ、今話題になってんのはアメリカ生産車に対する規制緩和なわけですけど、欧州のクルマに関しても、日本は国連の「WP29(自動車基準調和世界フォーラム)」の相互承認協定(1958年協定)にのっとって、基準をクリアしたものは輸入を認めてきた経緯がありますからね。
清水:日欧は国連基準同士だから。
渕野:国際基準で統一されている領域においては、共通の枠組みで貿易が成り立っていますからね。
ほった:でも、あれも「日本の厳しい型式制度は、非関税障壁だ!」って批判と外圧を受けて、しぶしぶ加盟した経緯があるでしょう?(1998年) 「日欧で一緒のルールだから」って言っても、主導権を握っているのはだいたいあちら。2017年のサイドマフラーやハミタイの合法化(※車体からタイヤがちょっとはみ出していてもOKになった)にしたって、向こうの基準に日本の側が合わせた格好ですしね。釈然としないのは、欧州の振る舞いに対してもワタシは一緒ですよ。
清水:いやいや。批判と外圧っていうけど、日本ってペリー来航以来そういう国だし、それで文明開化してきたわけじゃない。俺が免許を取った頃って、国産車はドアミラー禁止だったけど、外圧でオッケーになって超うれしかったな。外圧サマサマだよ!
ほった:いやぁ。俺は攘夷(じょうい)派です!
渕野:ほったさん、アメ車乗りですよね?(笑)
清水:いずれにせよ、日本で真面目に開発している国内メーカーは割を食っているわけだ。
ほった:おひざ元のマーケットが小さくて、輸出で食ってる国の泣き所ですね。
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アメリカ車のデザインで最も重視されるもの
渕野:PHP制度に話を戻すと、今回トヨタは、日本に「ハイランダー」と「タンドラ」を入れるわけですけど、アメ車を語るうえで絶対に外せないのが、やはりタンドラのようなフルサイズピックアップトラックですよね。
ほった:おっしゃるとおりです。
渕野:タンドラは全長6m弱、全幅2.3m超というわがままボディーの持ち主ですが、それがアメリカ市場における圧倒的なメインストリームなんですよね。
清水:まさに巨人の国(笑)。
渕野:2025年の北米販売台数ランキングを見ると、1位の「フォードFシリーズ」、2位の「シボレー・シルバラード」を筆頭に、トップ10のうち5台をピックアップトラックが占めています。しかも10位の「トヨタ・タコマ」を除く4台がフルサイズだっていうんだから、スケールが全然違う。フォードFシリーズなんて、年間約82万台も売れています。
清水:一番デカいのが一番売れるんだから、スゲエ国ですよ、ホント。
渕野:で、こういうクルマだと特にわかりやすいんですけど、アメリカのカーデザインで最も重視される要素は、強さでありタフネスなんです。広大な荒野が際限なく広がり、一度の移動で途方もない長距離を走ったりするわけですから、クルマは過酷な環境から命を守る、頼れる相棒でなければなりません。それが、あの圧倒的なフロントマスクや巨大な体躯(たいく)が支持される理由なんです。日本の効率重視の思想からは決して出てこない、アメ車固有の魅力でしょう。
清水:確かにカッコいいですよね、欲しいとは思わないけど。
ほった:いやいやいや。あれこそクルマですよ。あれと比べたら、よそのジドーシャのデザインなんざ華奢(きゃしゃ)で貧弱で見てらんない。それと、カーデザイン曼荼羅っぽい話をさせていただくと、トヨタや日産が北米向けに開発・生産しているトラックより、GMやフォード、ラムがつくっている生粋のアメリカントラックのほうが、なんでかやっぱり、カッコいいと思います。日系メーカーのフルサイズトラックって、どこかアメリカ文化に“合わせにいってる”感じがして。
渕野:アメリカンブランドがつくるピックアップは、自国の巨大なマーケットと特異な文化に最適化されていますからね。日系メーカーがどれほど現地仕様をつくり込んでも、本物の強さのニュアンスには一歩及ばない部分があると思います。
清水:そりゃ仕方ないよ。
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本気で売るの? 本気で買う人がいるの?
渕野:個人的にはですね、トヨタがなぜ日本市場への正規導入にあたって、ひとまわり小さいタコマではなく、あえて最大サイズのタンドラを選んだのか、その意図が気になるんですよ。現地アメリカでも、タコマのほうが売れてるのに。
ほった:そりゃあ、日本ではすでに「ハイラックス」っていうミドルサイズトラックを売っているからじゃないですかね。キャラクターのバッティングを避けたんじゃないかと。それに中途半端なタコマを並べるより、一番巨大なタンドラをドーンと導入したほうが、マーケットに対するインパクトもあるでしょうし。
清水:同感だね。どうせ持ってくるならタンドラでしょ!
渕野:ただ販売の視点に立つと、アフターサービスの体制をどう維持していくつもりなのか。現場の苦労は計り知れませんよ。
清水:そんなに大変かなぁ。トヨタ車なんてどうせ壊れないでしょ?
渕野:いや、なにしろ車幅が2.3mを超えるわけですから、一般的なディーラーのピットや洗車機には、物理的に収まらない可能性が高いです。
清水:なるほど、そっちか。
ほった:今のところトヨタモビリティ東京でしか扱っていないですし、ぶっちゃけ大々的に売る気も、そのためにわざわざ投資する気もないのでしょ。
渕野:お上に気を使って「取りあえず導入します」と形を整えただけで、製品自体も右ハンドル化やシステムの日本語化といった投資は行ってませんしね。いずれにせよ、こういう割り切った導入形態は、日本の自動車市場では初めてじゃないでしょうか。
清水:いやぁ、だからこそ魅力的だと思うな。アメ車がそのまんま買えるわけだから。この放置プレイ感が、カーマニアにはたまらない!
ほった:またまたのんきな意見ですね。
清水:でもそう思わない? 俺は国産車の至れり尽くせりなサービスって、過保護ママみたいで家出したくなるんだよ! そもそもタンドラって月販目標80台でしょ? 買う人は覚悟が決まってるはずだよ!
ほった:マジで覚悟が決まっている人は、トヨタじゃなくってフォードやシボレーやラムを買うでしょうよ。シボレーやラムなら、タマシイのV8もありますしね。
(後編に続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=ステランティス、ゼネラルモーターズ、トヨタ自動車、フォード、本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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