初開催! スバルの公式ファンミーティングの会場から
2016.04.01 画像・写真2016年3月27日、栃木県佐野市にある富士重工業のスバル研究実験センター(SKC)において、「スバルファンミーティング」が開催された。これはメーカー主催としては初の試みとなるスバルオーナーおよびファン向けのイベントで、参加希望者を募集。当日は、約3倍の競争率をくぐり抜けた1000台のスバル車に乗って、およそ2500人が来場した。プログラムは車両展示をはじめ、開発者やプロドライバーのトークショー、車種ごとのオーナーズミーティング、DNAフォーラムと題された技術プレゼンテーションおよびディスカッション、全長約4.3kmの高速周回路の高速走行同乗体験、大型バスでSKC施設内を巡るバスツアーなど盛りだくさん。幻の試作車を含む歴代スバル車をおさめた技術資料館の公開も、ファンにはうれしいコンテンツだった。フィナーレとなる高速周回路のパレードランまで、スバルファンでにぎわった会場の様子を紹介しよう。(文=沼田 亨/写真=沼田 亨、富士重工業)
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1/25開場は午前9時。富士重工業の吉永泰之社長(中央)以下、社員がそろって来場者を迎えた。
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2/25午前10時からのオープニングセレモニーでは、社員、佐野市長や警察署長ら来賓がステージに登壇。来場者とそろって、掛け声と共に拳を突き上げ、一日楽しむことを誓った。
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3/251993年「レガシィRS」から2013年「WRX STI NBRチャレンジ」まで、WRブルーに塗られた歴代ワークスマシン6台が並んだ。
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4/25WRC参戦車両の1台である、1996年にコリン・マクレーが駆った「インプレッサ555」。スバルは95~97年に、インプレッサでWRCのメイクスタイトルを3連覇。95年はマクレーがドライバーズタイトルも獲得したため、このマシンはチャンピオンナンバーである1を付けている。
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5/251989年「レガシィRS」。初代レガシィ発売前に、10万km走行の世界速度記録(447時間44分09秒887、平均速度223.345km/h)を達成したマシン。
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6/25ステージでは、さまざまなトークショーが行われた。これは「50周年記念 スバル1000トークショー」。「スバル1000」は、1966年に発売されたスバル初の小型車であり、水平対向エンジンを搭載したスバル車のルーツとなるモデルである。スピーカーは技術部門OBの大林眞悟氏、エンジン設計部部長の植木恵一氏で、進行役はノンフィクションライターの中部 博氏。
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7/25開発者を迎えての、現行各車種のオーナーズミーティングも実施された。これは「BRZ」の回で、スピーカーはプロジェクトゼネラルマネージャーの乾 保氏、聞き手はモータージャーナリストの河口まなぶ氏。
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8/252台展示されていた「BRZ」の開発実験車。奥のモデルは「レガシィ」ベースに見えるが、FRシャシーにレガシィのボディーパネルをかぶせた1号車で、手前の「インプレッサ」風は2号車。
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9/25ファンが乗りつけた約1000台のスバル車は、原則として車種別に止められた。これは「スバル360」が集まった一角を中心としたショット。
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10/25来場者のパーキングスペースより、1970年「スバルR-2デラックス」。「スバル360」の後継モデルとして69年に登場したR-2(リアエンジンの2代目という意味)の、オリジナルな状態が保たれた初期型。
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11/251967年「スバル1000スーパーデラックス」。前述した、今年生誕50周年を迎えるスバル1000の、発売翌年に登録された初期型。しかも「埼5」のシングルナンバー付きのワンオーナー車。
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12/25元富士重工業のデザイナーで、現在はミュージシャン、マン盆栽家元、入浴剤ソムリエ、会員制餃子店オーナーシェフ、そして日本で唯一の国際公認サンタクロースなどなど、たくさんの肩書を持つパラダイス山元氏も来場していた。両隣は「スバル1000」のオーナー。
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13/25スバルで初めてフルタイム4WDを採用した1986年「レオーネ クーペRX/II」。エンジンは1.8リッターのフラット4ターボ。
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14/25パーキングスペースに延々と並んだ、新旧「レガシィ」や「レヴォーグ」など。
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15/25フィナーレは希望者による高速周回路のパレードラン。先導するのは先に紹介した1989年「レガシィRS 10万km速度記録車」と98年「インプレッサWRC98」。
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16/25ここからは、技術資料館の所蔵車両を紹介しよう。これは1946年「ラビット」。戦後、翼を失った中島飛行機改め富士産業(富士重工業の前身)が作った、最初の民生用スクーターである。エンジンは空冷4ストローク単気筒135ccで、最高出力2ps。
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17/251954年「スバルP-1」。国産初のフルモノコックボディーをはじめ進歩的な設計の、富士重工業初となる乗用車。運輸省(当時)による性能テストでもトップの成績をおさめたが、諸事情により生産化には至らず、20台の試作のみで終了した。
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18/25「スバルT-10」。「P-1」と同時代に3台だけ試作されたという、2トン積みの小型ボンネットトラックである。
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19/251963年「スバルA-5」。「スバル1000」のベースとなったFFの試作車。スタイリングには当時のデザイントレンドが随所に見られ、顔つきはドイツ・フォードの「タウナス」を4つ目にしたようであり、サイドビューは60年にデビューした2代目「トヨペット・コロナ」風でもある。
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20/25「スバルA-5」のリアビュー。ルーフは当時のはやりだったクリフカットで、テールエンドは「タウナス」によく似ている。注目すべきは前ドアの三角窓がなく、ドア窓が初代「レオーネ」から長らくスバルの特徴のひとつだったサッシュレスであること。FFの参考にしたという「シトロエンDS」あたりの影響だろうか。
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21/251960年「スバル360コマーシャル」。その名のとおり商用登録のバリエーション。ルーフ後半がキャンバストップになっており、またリアサイドウィンドウ部分が外側にパタンと倒れて、ボディー後半がオープン状態となる。そこから荷物を出し入れするというわけだ。
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22/25「スバル360コマーシャル」は2座で、後席部分は貨物スペースとなっている。
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23/251961年「スバル450」。主に輸出用として開発された、エンジンを423ccに拡大したモデル。国内では5ナンバーの小型乗用車となるため税金が高くなり、車検も必要になる(73年10月以前は、軽は車検不要だった)など、デメリットのほうが多く、少数が販売されたにとどまる。
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24/251971年「スバルff-1 1300G 4WDバン」。スバル1000シリーズの最終発展型である1300Gの商用バンをパートタイム4WDとしたモデルで、この年の東京モーターショーに出展された。これをベースに翌72年に「レオーネ・エステートバン4WD」として商品化され、スバル4WDの歴史が始まった。
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25/251980年「スバル・サンバートラック4WD」。3代目サンバーに加えられた、軽トラック初の4WD。機動性の高さでユーザーに好評を博し、他社が追随した。