「ジャパン・クラシック・オートモービル2019」参加車両
2019.04.09 画像・写真2019年4月7日、東京・日本橋で「ジャパン・クラシック・オートモービル2019」が開かれた。2010年に始まり、今回で9回目(2013年は荒天により中止)を迎えたこのイベントは、日本国道路原標が置かれている道路交通の原点であり、国の重要文化財に指定されている日本橋の橋上に往年の名車を展示し、交通の文化と歴史に思いをはせるというものである。展示車両は例年同様「日本クラシックカークラブ(CCCJ)」の監修のもとに集められたが、今回のラインナップはこれまでとは傾向が異なっていた。過去の開催では希少性、コンディション、そしてヒストリーのすべてにおいて申し分ない車両がそろってはいたものの、日本車がごく少数しかなかった。対して今回は「日本橋で桜の季節に開催されるイベントなのだから」と、10台の日本車を招集。総数43台と例年より20台近くも多い過去最多の、しかもすべて車検付きで自走可能なクラシックカーがそろった。それらの参加車両は、日本銀行本店本館に面した江戸桜通りに午前10時前後から並べられた後、正午近くに日本橋の橋上に移動し、午後2時過ぎまで展示された。好天に恵まれ、大盛況だった会場周辺から、名車たちの姿を紹介しよう。(文と写真=沼田 亨)
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1/27先週の花冷えのおかげで、例年より桜の花が残っていた江戸桜通りに展示された参加車両。中央通り寄りから年式順に並べられており、ここには新車以来の「品川5」のシングルナンバーの付いた1967年「トヨタ2000GT」、同様に「練馬5」ナンバーの付いた通称アマゾンこと1967年「ボルボ122」、1967年「日産シルビア」などの姿が。
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2/27江戸桜通りから日本橋に向かって中央通りを走る参加車両。前出のとおり年式順で、参加43台中最も古い1924年「ブガッティT13ブレシア」を先頭に1929年「アミルカーCGSs」、1930年「アストンマーティン・インターナショナル」が続く。
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3/27ロールス・ロイス/ベントレーの私設ミュージアムであるワクイミュージアム所蔵の1930年「ロールス・ロイス・ファントムII コンチネンタルDHCカールトン」に続くのは、「3」から始まる陸運支局名の表示がなかった時代の東京ナンバーを付けた、慶應大学自動車部の1931年「フォードA型フェートン」。戦前、横浜にあった日本フォードで組み立てられた右ハンドル車だ。
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4/271952年「ダットサン・スポーツDC-3」。初代「フェアレディZ」の生みの親として知られるミスターKこと故・片山 豊氏が企画した、日本で初めて「スポーツ」を名乗ったモデル。トラックと基本的に共通だった「ダットサン・セダン」のシャシーにオープン4座ボディーを載せたモデルで、50台が限定生産された。
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5/271954年「ランチア・アッピア ベルリーナ」。Bピラーのない観音開きドアを備えたボディーに1.1リッターV4エンジンを積んだ、上質な小型ベルリーナ。
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6/27観音開きドアを開けた「ランチア・アッピア ベルリーナ」。還暦を過ぎた今も4枚のドアはカチッと閉まり、1922年に登場した「ラムダ」で世界初のモノコックボディーを採用したランチアの高度な技術力がうかがえる。
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7/27新車以来の、陸運支局名の表示がなかった時代の東京ナンバーを付けた1955年「トヨペット・クラウン」。スタンダード仕様のモノグレードだった最初期型(型式名RS)だが、エクステリアは後に追加された「クラウン デラックス」(同RSD)風にモディファイされている。
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8/27通称ベビーバードこと1956年「フォード・サンダーバード」とルマン仕様を模した1960年「シボレー・コルベット」という、50年代の生まれの2台のアメリカ車に挟まれて(ガードされて?)いるのは1960年「BMWイセッタ300」。
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9/271961年「ファセル・ヴェガ・ファセリアF2B」。戦後のフランスで唯一高級車メーカーとして名乗りを上げたファセル。メインはクライスラーV8エンジン搭載の大型高級車だったが、これは1.6リッター直4 DOHCエンジンを積んだ小さな高級クーペ。
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10/27「練3」のシングルナンバーの付いた1962年「オースチン・ヒーレー3000MkII」。1953年に「オースチン・ヒーレー100」としてデビューした通称ビッグ・ヒーレーの発展型で、2.9リッター直6 OHVエンジンを搭載。
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11/27世界初の市販ミドシップスポーツカーである1964年「ルネ・ボネ・ジェット」。生産台数200台未満の希少車だが、生産終了後にルネ・ボネを買収したマトラが改良を施し、「マトラ・ジェット」の名で1965年に再デビューさせた。
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12/27「ルネ・ボネ・ジェット」の、ミドシップされたエンジンはルノー製1.1リッター直4 OHV。
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13/271965年「アルファ・ロメオ・ジュリアGTC」。ベルトーネ時代のジウジアーロがデザインした「ジュリア スプリント」を、カロッツェリア・トゥーリングがオープン化した4座カブリオレ。生産台数はおよそ1000台というが、日本ではめったに見られない。
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14/27オーナーズクラブで製作したという「Hino」のロゴ入りフラッグをなびかせて走る1966年「日野コンテッサ1300クーペ」。「ルノー4CV」のライセンス生産から始まった日野自動車の最後の乗用車。ミケロッティの手になるボディーのリアに直4 OHVクロスフローの1.3リッターエンジンを搭載。
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15/271966年「いすゞ・ベレット1500デラックス」に1967年「ローバー2000SC」が続く。「千5」(千は千葉)のシングルナンバーを持つ初期型「ベレット サルーン」は、現オーナーのおばあさまが新車で購入したクルマだそうだ。
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16/27先の「いすゞ・ベレット」や「ローバー2000SC」に1967年「ホンダS800クーペ」や1967年「トヨタ2000GT」が続く。並走する「トヨタ・アルファード」が大きく見えること!
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17/271968年「日産シルビア」を先頭に信号待ちする、1968年「アストンマーティンDB6」、1969年「ロータス・エランS4 FHC」、1969年「日産フェアレディZ432」など。
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18/271970年「いすゞ117クーペ」に1971年「シトロエンGS」が続く。前者はいわゆるハンドメイド時代のモデル、後者は空冷SOHCフラット4エンジンの排気量が1015ccしかなかった初期型だ。
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19/271971年「シムカ1200Sクーペ」。ベルトーネ時代のジウジアーロ作のボディーをまとったフランス製小型クーペ。フロントにラジエーターを持つが、直4 OHVクロスフローの1.2リッターエンジンをボディー後端に積んだリアエンジン車。
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20/27ベルトーネ時代のマルチェロ・ガンディーニの手になるボディーのフロントに4.9リッターV8 DOHCエンジンを搭載した1975年「マセラティ・カムシン」に、1975年「アルピーヌA110 1600SI」が続く。
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21/27しんがりを務めるのは1987年「アストンマーティンV8ザガート」。1986年のジュネーブモーターショーでこの「クーペ」がデビュー、生産台数はクーペが52台、「ヴォランテ」(コンバーチブル)が37台といわれる希少車。
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22/27参加車両は日本橋の橋上に、北詰を向いて並べられた。
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23/271933年「ロールス・ロイス・ファントムII」のベアシャシーに、日本におけるFRP成型の先駆者である工業デザイナーの浜 素紀(もとき)氏が自らデザイン・製作したFRPボディーを載せたモデル。
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24/27ピンクシャンペーンとでもいうのか、美しいカラーをまとった1968年「アストンマーティンDB6」。隣の鮮やかなブルーは1965年「ASA1000GT」。フェラーリが企画したものの、諸事情により生産化を断念したフェラリーナ(小型フェラーリ)の製造権を買い取ったASAからリリースされた小型高級GT。
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25/27量産市販車としては世界初となる直6 DOHC 24バルブのS20型エンジンを「スカイライン2000GT-R」から移植した、誕生50周年を迎えた1969年「日産フェアレディZ432」。オーナーは元日産自動車CCOの中村史郎氏で、自らドライブして参加した。
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26/271952年「ライレーSP6」。2.5リッター直4 OHVエンジンを積んだサルーン「ライレーRMB」のシャシーを切り詰め、「BMW 328」風のボディーを載せたワンオフという。
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27/27日本橋南詰から見た光景。このイベントは雨に見舞われたことも少なくないが、今年はご覧のような好天に恵まれた。