第1回:新型「フィアット500」本場イタリア人の意外な受け止め方(大矢アキオ)
2007.07.27 マッキナ あらモーダ!第1回:新型「フィアット500」本場イタリア人の意外な受け止め方
民放テレビで特別番組
2007年7月4日夜、トリノで催された新型「フィアット500(チンクエチェント)」の発表イベントは、度肝を抜くスケールだった。
新型「フィアット500」の概要については、以前報告した「新型「フィアット500」ついにヴェールを脱ぐ!」をご覧いただくことにして、さっそく発表イベントの報告といこう。
一般的な新車発表会といえば、「有力ディーラーの内覧会」→「ジャーナリスト向けの発表会」→「地元のディーラーで一般向けの発表会」といった順番を踏むのが通例である。
しかし今回フィアットは、市内を流れるポー川の堤防を1kmにわたり封鎖し−−この企業だからできることであろう−−ディーラー関係者3750人、記者1000人、工場従業員、など合計63カ国から7000人を一堂に招いて、大スペクタクルを披露したのである。
一般市民も、周辺やプロジェクターが設置されたサテライト会場で見物できるようになっていた。
それだけではない。イタリアの民放テレビ「カナーレ5」の特別番組やインターネットのストリーミング放送でも同時生中継される、という念入りなものだった。
人々は“特等席”である橋の欄干に夕方から陣とりをし、その人出をあてこんだパニーニ屋台が並んだ。タクシーのドライバーは、「オレ、もうチラっと見ちゃったもんね」と、2日にわたるリハーサルの模様を嬉しそうに話した。
マリリンにビートルズに……
実際のイベントは、夜10時半過ぎに始まった。まずは特殊装置が施された何台もの先代500が、ポー川の水面を縦横に走り始めるパフォーマンスだった。50年前のちょうど同じ日に誕生した先代500が、いかにイタリアにモータリゼーションをもたらしたかを物語るものである。
続いてイタリアの女優クラウディア・ジェリーニ扮するマリリン・モンローやビートルズのカバーバンドが登場、1960年代ムードを盛り上げた。
やがて、47人によるアクロバット「人間500」が空中に吊り下げられたあと、ついに新型500がステージに現れた。
この大がかりなスペクタクルは、昨年トリノ冬季五輪の開・閉会式のプロデューサー マルコ・バリッヒによる。
最後は、ホルストの「惑星」をバックにした15分にわたる打ち上げ花火で、1時間45分にわたる長大な発表会は締めくくられた。
そう、それなのよ
翌日は180台の新型を揃えたプレス試乗会が行われた。
筆者が乗ったのは、エンジンのラインナップとしてはベーシックなガソリン1.2リッター69psである。仕様としては、イタリア国内用の3グレードのうち中間に位置する「スポルト」だった。国内価格は、1万2500ユーロ(約210万円)である。
特筆すべきはボディで、同じプラットフォームを用いるパンダとは別物ともいえる剛性感を感じさせる。同時に不快な突き上げも、このクラスにしては少ない。他の国では状況は異なるだろうが、欧州のなかで決してコンディションがよいといえないイタリアの路面においては、サスペンション・セッティングが硬めの一部ドイツ製小型車より明らかに快適である。
なお、新型500は、全長3.55m級で初めて欧州衝突基準の5ツ星を達成している。
イタリアンムード溢れる外観と、まじめな造りこそが新型500の命である。
従来誰もが待ち望んできて、「そう、それなのよ」と言いたくなることだが、その基本に気づいたのは、創業家のウンベルト・アニエッリ死去後、フィアットの舵取りを任された新経営陣、名づけて2004年組(©大矢アキオ)だろう。
会長のL.モンテゼーモロは米国の大学で学び、副会長のJ.エルカーンは、ニューヨーク生まれで高校はパリである。そして社長のS.マルキオンネはイタリアとカナダの二重国籍者だ。
彼らは外国人が待ち望んでいたイタリア車を熟知していて、一時の疑似ドイツ車的フィーリングから方向転換させる原動力になったに違いない。
勝負はヴァカンツァ明け
4日夜のスペクタクルに話を戻そう。
外国人ジャーナリストの多くは、サンレモ音楽祭が華やかなりし頃の、懐メロ・カンツォーネ・メドレーを聴いて、コテコテのイタリア風情に酔っていた。翌日トリノでの試乗会を終えてその足で自国に戻ったジャーナリストのなかには、いまやイタリア全国が新型500で盛り上がっていると思った人もいたのではないか。
しかしそれはトリノであって、イタリアの別の街の事情は、ちょっと違う。
全国30都市で行われた展示会で、新型500を「ベッラ(かわいい)!」と、そのスタイリングから率直に好感を抱いたイタリア人がいたいっぽうで、「ガキっぽい」と切り捨てた若者もいた。ポーランド工場製であることに自国の産業の前途を憂う人もいた。
また、古い納屋にも入るコンパクトさ、修理の簡単さ、維持費の安さといった元祖のチャームポイントを、新型には見いだせないと語る人もいる。
そしてなにより今、イタリアは夏である。人々の関心はヴァカンツァ(ヴァカンス)一色だ。
トリノ以外で新型500は、余程のエンスージアスト談義でもない限り、人々の話題に上ることは、正直言って稀だ。
また、デリバリーが本格的に始まるのは9月以降ということもあって、少なくとも今日までディーラー関係者の車両以外、筆者は路上で新型500を見かけていない。
新型500がエンスージアストを中心に盛り上がるのか、それとも元祖同様、一般に広く受け入れられて「カルチャー」となるのか。それが判明するのは、人々がクルマに関心を再び向け始める秋以降である。
(文と写真=大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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