ロータス・ヨーロッパS(MR/6MT)【海外試乗記(後編)】
調和の産物(後編) 2007.01.20 試乗記 ロータス・ヨーロッパ S(MR/6MT)ロータスの新しい2シーターGTカー「ヨーロッパS」。室内の豪華装備に加え、エンジンがパワーアップした新型に試乗して、気になるところはあるものの、その乗り心地は意外に……。
不気味なほど快適な乗り心地
(前編より)ドイツとフランスとベルギーにあたりを囲まれた人口45万の小国ルクセンブルグは筆者にとって初めて訪問する国だが、当然交通事情は周辺のヨーロッパ各国と変わりない右側通行。そこにロータスは全部で10台のテストカーを持ち込んでいた。その中から好きな1台を選べといわれ、右側通行でRhdというのは日本でLhdを乗るより違和感を覚えることは知っていたのだが、カラーリングを優先してあえてRhd車のシートに乗り込むことにした。
体が「エリーゼ」や「エキシージ」、あるいは「RD200」といったもっと狭いクルマに慣れたせいもあるのだろうが、ヨーロッパSの乗降性は確かに悪くない。サイドシルが広いのでスカートを履いた女性はちょっと気遣う必要があるだろうが、首を無理に屈める必要がないため年配のドライバーでも億劫に感じずに済みそうだ。
インテリアの眺めはちょっと豪華なエリーゼといったところ。トーボード以外はレザートリムとカーペットで覆ったというロータスの説明に嘘はないが、中心線に向けて軽くオフセットしたシートの配置、座面そのものは薄いが体をぴたりとホールドしてくれるプロバックス社のシートなど、雰囲気はまったくエリーゼと変わらない。
嬉しいのはエキシージSと異なり、インナーミラーを通じてまともな後方視界が得られること。実用性という点でヨーロッパSはこれまでのロータスのスポーツカーとは明らかに違う。唯一最大の難点はノンパワーのステアリングがごく低速でかなりの操舵力を必要とすること。
ロックからロックまで2.8回転するこのラック・ピニオン式ステアリングは、絶対的な重量が軽いことに加えてフロントタイアが175/55R17と細く、またキャスター角をエリーゼより立てるなどジオメトリー面での改良もあって、一般的な男性なら両腕で据え切りできる重さになっているが、「アウディTT」や「ポルシェ・ケイマン」など、ロータスが仮想ライバルとして挙げた実用スポーツカーと比べると、扱いやすさの点で不利なことは否めない。
もっともその一点を除けば、ヨーロッパSの実用性はかなり高い。何より嬉しいのが乗り心地の良さだった。
サスペンションアームはエリーゼとまったく同じという説明だったが、走り出した瞬間に違いがわかるほど低速域の乗り心地はソフトで、特にハーシュネスとバイブレーションの遮断性が大幅に改善されていることがわかる。
その印象は荒れた路面や高速道路に足を伸ばしてもまったく変わりない。絶対的なストロークは特別長いわけでもないのに、GTカーとして成立するだけのソフトな当たりと重厚さを実現したのは、エリーゼより100kg重いことももちろん大きなファクターだが、それ以上にコンプライアンス(ブッシュによる衝撃吸収性)の増加によるメリットと言えるはずだ。
日常域で扱いやすいエンジン
パワーユニットは2ZZ-GEのような高回転高出力型ハイパワーユニットとは正反対の性格の持ち主だ。アイドリングのまま軽いクラッチを無造作に戻しただけでスムーズに発進できるし、スロットル操作に対するレスポンスもターボカーとしてはリニアな特性を持っているということは事実ながら、スポーツカーの中で相対評価すれば格別に敏感というほどでもない。そのぶん日常域での扱いやすさに優れることは期待以上だ。
ターボユニットだけに1500rpm以下のボトムエンドで俊敏とはいえないが、それでも5速1000rpm以下で坂をとことこ登るくらい簡単にできるし、2300rpmを超えればロータスの名に恥じない加速が手に入る。このパワーユニットは現在の「アストラ・スポーツ」に採用されているのと基本的に同じものだから、実用性に関してはもともと心配する必要性などないのだ。
もっともその一方で、スポーツカーらしい爽快な吹け上がりが堪能できるかというと疑問もある。2800rpmから本格的なターボバンに突入すると豪快な加速は長々と続くが、6500rpmでレブリミッターが働く直前の6300rpmあたりでフリクション感が増し、心理的にもトップエンドを多用したくならない。このエンジンは中回転域の息の長いトルクの盛り上がりこそが美点なのだ。
参考までに100km/h時の回転数を確認しておくと6速が2500rpm、以下2800/3400/5400rpmとギアリングは比較的低め。日本でもヨーロッパでも高速巡航時には6速と5速だけですべてをカバーできることになる。そうしたエンジン特性となると誰でもATとのマッチングが優れることを予想するが、ロータスもそれは重々承知しており、限られたエンジンベイに収まるATを開発中であることを明言した。ただそれが市販に移されるには、年産500台という生産規模がもっと増える必要があることも想像に難くない。
安楽なハイスピードクルージング
GTカーとして煮詰められてきただけに高速巡航時の直進安定性は非常に高い。空力的な面でいうとエキシージは160km/h時にフロント19.3kg、リアに21.9kgのダウンフォースを産む一方でCd値が0.43に止まるが(エリーゼは2.0kg/3.9kg/0.41)、ヨーロッパSはダウンフォースを2.66kgと1.33kgにとどめたぶん0.40という相対的に優れたCd値を獲得しているのが特徴で、ダウンフォースが少ないぶん高速域の車高変化も減少するから、スプリングレートも低めることができる。
こうしてセッティングされたサスペンションがもたらす乗り心地は、低速よりさらに重厚かつフラットなものであり、狐につままれたように感じるほど安楽なクルージングを可能としていた。低速で骨っぽい手応えをみせたステアリングは160〜170km/hまで車速を上げても、中立付近のシャープで正確なレスポンスが損なわれないのも特筆すべきだろう。これは先に挙げたキャスター角の減少とは相容れない要素に聞こえるが、エリーゼより1mm増やしたというリアのトー角やブリヂストン・ポテンザRE040の特性などと、しっかり調和がとれていることの証明ともいえる。
タイトコーナーでのハンドリングは、エキシージやエリーゼよりはるかにはっきりしたアンダーステアに終始するが、少なくともドライ路面ではひと昔前のミドエンジン車にありがちだった唐突なタックインはまったく感じられず、リアの安定性とトラクションを最大限に確保した結果としてのアンダーステアであることがわかる。
少なくとも現時点でのヨーロッパSを客観的に評価するなら、あくまでニッチな“ロータスマニア”のためのGTカーというのが適当だろう。だが、よくできたATと電動パワーステアリングが搭載される日が来れば、それは確かに「ポルシェ・ケイマン」や「アウディTT」に飽き足らないスポーツマインドを持つドライバーにとっての現実的な選択肢のひとつとなるかもしれない。
90年代初頭の時点では“キワモノ”でしかなかったエリーゼを今のような大量生産車に育て上げた実績を持つロータスだけに、そうなる可能性は決して少なくない。
(文=CG塚原久/写真=ロータス・カーズ/『CAR GRAPHIC』2006年11月号)

塚原 久
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