ロータス・ヨーロッパ スペシャル
フェラーリより濃いレースの血 2017.03.29 スーパーカークロニクル スーパーカーとは何だろうか。排気量と価格で判断したら、「ロータス・ヨーロッパ」をそう呼ぶのはためらわれる。しかしヨーロッパはまちがいなくスーパーだった。この軽やかさ! レースとの絆は、同時代のフェラーリよりも濃いかもしれない。スーパーカーブーム=怪獣ブーム?
世に言う、スーパーカーブーム。それは、子供たちを中心にして1970年代後半の日本を熱くした一大ムーブメントだった。火付け役となったのはご存じ、漫画『サーキットの狼』で、その主人公が駆っていたクルマが、このロータス・ヨーロッパ スペシャル(1972~1975)である。
スーパーカーの定義は、難しい。「ランボルギーニ・カウンタック」に代表されるドリームカーたちをそう呼ぶならば、ミドシップとはいえ、たかだか1.6リッターのエンジンを積んだヨーロッパを、スーパーカーと呼ぶのはためらわれる。クルマをちょっと知った人からすれば、時代は変われども、「トヨタMR2」とどこが違うんだ? MR2の方がパワーもあっただろ? それならアレもスーパーカーなのか? なんて話になりかねない。
けれども、いわゆるブーム世代にとって、ヨーロッパはやっぱりスーパーカーなのだ。かの漫画の主人公が勧善懲悪よろしく、非力なマシンを自在に操って、幾多の困難にもめげず、高価なドリームカーたちを蹴散らすそのストーリーに、子供たちは一喜一憂した。スーパーカーブームをウルトラマンシリーズにたとえるとすると、怪獣ブームだったのかも知れない。確かに、主人公の“敵”として登場するクルマたちのブームでもあった。
もちろん、ロータス・ヨーロッパというクルマに、主人公としての“器”があったことも重要なポイントだ。これが「オペルGT」や「フィアットX1/9」だったとしたら、漫画も子供たちを熱狂させるほどのリアリティーあるストーリー展開となったか、どうか。
ロータスといえば、F1を頂点とするモータースポーツシーンを席巻してきた、今なお続く名門レーシングチームである。特にこのヨーロッパが生まれた1960年代から70年代にかけては、創始者である天才エンジニア、コーリン・チャプマンがまだ存命で、進んだ“レーシング脳”のエキスの詰まった、スポーツカー史上に残るロードカーをたくさん輩出している。その名の通り、ヨーロッパは、大陸のマーケットを目指して、非常に早い段階で市販化されたミドシップカーだった。
誰でもわかるこの軽さ
低い! そして、小さい!
実物のヨーロッパを見れば、誰もがそう思うはずだ。何度も見たはずの筆者も、あらためて見るといつも、まずはそう感じてしまう。もう自分にとっては当り前の光景であるはずなのに、決まって驚かされる。そのサイズ感が貴重、ということだろう。
構造も、至ってシンプルだ。それゆえ軽量で、すべての設計が素早くコーナーを抜けるための道理にかなっている。だから、直線では負けても、コーナーで高性能車を追いつめまくることができる、とリアルに想像できる。そこが、ミソだ。
ウデとドキョウ、そして、適切なチューンと軽量化がなされれば、そのパフォーマンスは今なお一級品。実際、テクニカルなサーキットにおいては、無類の戦闘力を発揮することがある。駆ってみれば、誰もがあの主人公の気分に浸れるのだ。
特に、漫画でも“必殺ワザ”になったハンドリング性能は、ノーマルコンディションであっても、「ああ、なるほど、これなんだなあ」と、初めて乗った誰もがわかるようなレベルにある。
重量物が自分の背中あたりに集中していて、ハンドルを回すという行為が、ドライバーズシートを行きたい方向に向ける作業に思えてくるのだ。しかも、そのレスポンスが軽く、鋭い。ほとんど、前の重量感がない。鼻先に抵抗がなく、スッスッスッと向きを変えてくれる。その小気味よさが、たまらなく心地いい。
別に速く走らせなくても、それがわかってしまうから、ヨーロッパは楽しい。交差点を曲がるときだって、わかる。腰をしっかり入れて曲がってゆく感覚は、よくできたミドシップに共通する動作マナーである。
ロータスのミドカーは、ヨーロッパに限らず、こと走ることに関して、ムリがなく、バランスがいい。レーシングチームとの絆は、ことによると同時代のフェラーリより濃かったのかもしれない。亡きチャプマンに言わせれば、「誰が作ったと思っているんだ?」というわけだろう。
ちなみに、今回撮影取材を行った「サーキットの狼ミュージアム」には、この黒いTC改スペシャルのほかに、主人公と同じカラーリングでサーキットを攻めていた個体も展示されている。ブーム世代にはたまらない。
(文=西川 淳/写真=高橋信宏/取材協力=池沢早人師・サーキットの狼ミュージアム/編集=竹下元太郎)
※初出『webCG Premium』(GALAPAGOS向けコンテンツ)2011年夏号(2011年6月30日ダウンロード販売開始)。再公開に当たり一部加筆・修正しました。

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。