ダイハツ・ミラ Xリミテッド “SMART DRIVE Package”(FF/CVT)/ミラカスタムX(FF/CVT)【試乗記】
「知足世代」におすすめしたい 2007.01.17 試乗記 ダイハツ・ミラ Xリミテッド “SMART DRIVE Package”(FF/CVT)/ミラカスタムX(FF/CVT)……113万4000円/140万1750円
「ムーヴ」に続き、ダイハツの軽自動車の顔である「ミラ/ミラカスタム」がフルモデルチェンジされた。ついに軽自動車全体の販売数が200万台越えを果たした今、中心車種の存在意義は変わったのか。
個性を出すのが難しい
新型「ミラ」の試乗会は朝から大にぎわいで、受付をした時にはターボモデルが予約で埋まっていて乗ることができなかった。もう少し早く家を出ていれば、と後悔したのだが、乗ってみたらそんな気持ちは吹き飛んでしまった。ターボなんぞ必要ないじゃないか。そう思わせるに十分な実力を、NAのミラは備えていたのだ。
一足先に、ハイトワゴンの「ムーヴ」がフルモデルチェンジされていた。新たに開発されたシャシーが、ミラにも使われるのは当然である。4年でプラットフォームを一新するというのは贅沢なようだけれど、一度作れば派生車種をどんどん作って合計200万台もの数が出るのだ。だから、問題なくモトは取れるわけだ。活気のあるジャンルだからこそできる豪勢なやり方である。
かつては、ダイハツの軽といえば、そのままイコールでミラだった時代もある。しかし、今では広大なスペースが欲しければ「ムーヴ」、「タント」があり、走りを楽しみたいなら「ソニカ」がある。とにかく安い軽自動車が欲しいというベーシックな望みには、「エッセ」が用意される。軽自動車全体の販売拡大に応じて、バリエーションがどんどん広がってきたのだ。そんな中では、「ザ・軽自動車」とも言うべきミラはなかなかウリとなる点をアピールしにくくなっている。それぞれに特化した性格付けをされたモデルの中心にいるのだから、どうしたって個性を出すのが難しい。
軽のデザイン革新が進行中
ムーヴですでに驚きを体験していたものの、やはり外観デザインにまず感心する。サイドのキャラクターラインがうまく軽快感と力感を表現しているのには、ホイールベースが大幅に長くなったことも好影響を与えているだろう。実際にはたいして大きな凹凸ではないのだが、なんとなく立派な陰影を見せているところはなかなか巧みだ。
三菱の「i」は2006年のグッドデザイン大賞を受賞したし、スズキの「セルボ」もきれいなフォルムを作っていた。軽自動車が平板な形で許されたのは過去のことで、今や各社とも軽のデザインの革新に力を入れているのだ。
フロントの造形がミラとミラカスタムでは異なっていて、かなり印象が変わる。優しげな顔つきのミラに対し、カスタムは最近の流行を意識した大きなツリ目を取り入れている。リアのコンビネーションランプも別の意匠になっているのだが、カスタムのゴテゴテした派手な作りは少々やり過ぎのように思えた。プレミアム感を表現しようとしたらしいが、そこだけが突出して鼻についてしまう。
以前あった「ミラ・アヴィ」が今回のモデルチェンジで消滅し、カスタムに吸収されるのだそうだ。圧倒的に女性が多かったアヴィのユーザーを取り込むわけだから、こういうスタイルが今の女性にウケるということなのかもしれない。
乗りこんでみて、狭いなあと感じたりはしなかった。もちろん、ハイトワゴンに比べれば負けているが、そもそもあれが極端に広いのだ。ムーヴに乗ったあとで「LS」の後席に乗ったら狭く感じるほどで、誰にでもあれだけの空間が必要というわけではないのだと思う。このミラならば、これまでハイトワゴンに乗っていた人でも、さほどの不満なく乗ることができるのではないだろうか。ただ、開発者によると、さすがに空間の拡大も限界に近づいているそうだ。そろそろ規格の見直しがないと、物理的な壁にぶつかる時期が近づいてきている。
リッター1.5kmで8万4000円の差
走りを含めて、ムーヴのデキの良さには心底感心したのだった。だから、同じシャシーとドライブトレインを持っていながらガタイが小さくて軽いモデルには、大きな期待を持ってしまった。そして、期待は裏切られることはなかったのだ。試乗地にはごく小規模な山道があってきつい上りを走れるのだが、ストレスを感じることなくぐいぐいと上っていく。スピードに関して大きな不満を感じる場面はいっさいなかった。
以前はNAエンジンの軽と言えば、ある程度ガマンを強いられることは覚悟していたものである。スペックでいっても、なかなか50psを上回れない時代があったのに、このエンジンは58psを絞り出している。「ホンダ・ビート」はNAで64psを誇っていたが、低回転域のトルクは細くて実用的とは言いにくかった。ミラは実用車であり、エンジンもその用途に応えている。CVTのデキの良さも、もちろん貢献しているものと思う。
そして、新型ミラの大きなウリとなっているのは、“ガソリン車トップ”を謳うリッターあたり27.0kmの低燃費である。これは「スマート・ドライブ・パッケージ」と名付けられたアイドリングストップ機構を備えたモデルの数値である。NAエンジン+CVTという組み合わせの通常モデルは25.5kmという数値で、1.5kmの違いでしかない。価格差は8万4000円であるから、ガソリン代がリッター120円であるとすると700リッターの節約にならないとお得にはならない。この燃費の差で700リッターを稼ぎ出すためには約32万キロを走らなければならない計算だから、それだけを考えるならば購入動機にはなりにくいかもしれない。それでも、エコを実践したいという人にとっては意味のある数値なのであるが。
昔の軽自動車は、リアコンビネーションランプはネジで留めてあるのが普通だった。今ではネジが露出している箇所は、ドアの肘掛けのへこみの中ぐらいしか見当たらない。きっと、次のモデルでは、そこもなんらかの対策がとられてくるのだろう。そのくらいしか改善するところは残されていないのだ。そんな状況の中で、ミラ/ミラカスタムは、現在の軽自動車の水準をまたひとつ上げたのだから見事なものである。問題は商品性だが、そこそこの空間、そこそこの走り、そしてエコ性能のバランスを好む場合だってあるに違いない。
ユーザーの年齢構成を見ると、ハイトワゴンが比較的低年齢層に買われているのに対し、ミラは40代以上の比率が増加している。物量への欲求に傾きがちな若い世代とは違い、足るを知る境地に至った人々にこそ、ミラは存在意義があるのだと思う。
(文=別冊単行本編集室・鈴木真人/写真=峰昌宏/2007年1月)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。