フィアット復活物語 第11章「初代イプシロンのデザイナー、ランチア成功のヒントを伝授!」(大矢アキオ)
2006.10.21 FIAT復活物語第11章:「初代イプシロンのデザイナー、ランチア成功のヒントを伝授!」
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■ブランドとして陰が薄いランチア
ところで、昨2005年のイタリア国内登録シェアで、ランチアは4.45%だった。アルファ・ロメオ(2.77%)に対して、一昨年よりもさらに差をつけたかたちである。2008年には新デルタで積極的な巻き返しに出る。
だがいまだフィアット・グループのなかでは、ブランドとして陰が薄い。
前回紹介した元ランチア・スタイリングセンター所長で、初代イプシロンのデザイナーであるエンリコ・フミア氏は、「フィアットの責任によるところが大きい」として、こう続けた。
「セアトやシュコダを思い出してほしい。フォルクスワーゲンのもとで見事に蘇ったのです」
■答えはスペインとチェコにあり
たしかにセアトは、フィアットのスペイン法人時代は“安物のフィアット”に過ぎなかったが、1982年にVW系になってからは徐々に技術力の向上とともにブランド力を高めていった。今やスポーティな印象で、ヨーロッパ各国の若者に絶大な人気がある。
チェコのシュコダも91年にVWグループ入りして以来、戦前における先進企業の歴史を巧みに用いて、社会主義政権時代の後進的イメージを完全に払拭した。それどころか今やプレミアムカーの市場をも窺うようになった。
だから、彼ら以上に歴史が長いランチアには、まだチャンスがある---それこそがフミア氏が今日のフィアットに送るヒントとエールである。
トリノの自動車業界には、たとえフィアットの人間でなくても、フミア氏のようなオブザーバーがいる。彼らの存在は、未来のフィアットにとって良い道標となるだろう。
■タブーに挑戦したイプシロン
ところで、フミア氏に常々聞いてみたかったことがある。例の初代イプシロンのデザインについてである。
あのクルマが登場する前のカーデザインは、ジャガーなど一部のデザインを除き70年代の「コーダトロンカ」スタイルの延長線上にあった。なんだかんだ言ってもコーダトロンカにすれぱ、簡単に速そうで、カッコ良くなるのだ。
それをフミア氏は敢えて否定した。大胆な弧を描いて、いわば尻下がりのデザインを試みたのである。日本では63年にピニンファリーナ・デザインのブルーバードで失敗して以来、タブーとされてきたウェストラインだ。
「あれは、ひとつの挑戦でした」とフミア氏は振り返る。
フィアット社内で、よく製品化にゴーが出ましたね?との問いには、
「当時のフィアットに、あまり(開発)時間がなかったのが幸いしたのですよ」
と笑いながら明かしてくれた。
■フィアットのお手並み拝見
イプシロンは、先代であるアウトビアンキY10よりもワングレード上の価格だった。にもかかわらず、8年にわたるロングセラーとなり、フィアットに大きな利益をもたらした。
今もイタリアでは、イプシロンは中古車市場で引く手あまただ。「そろそろ古くなってきたセカンドカー(もしくはサードカー)のY10のかわりに」といった家庭が多いためである。そのため、2000年頃のモデルでも70〜80万円で売られている。
フミア氏と会った翌朝、ホテルの窓から見下ろすと、早くも週末の買い物客が繰り出していた。路上駐車しているクルマを見たら、色違いの初代イプシロンが3台並んでいた。これに匹敵するヒットが、ふたたびランチアに訪れるか?フィアットのお手並み拝見と行こう。
(文と写真=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA/2006年10月)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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