第72回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その1)(矢貫隆)
2005.11.17 クルマで登山第72回:「死の谷」が語りかける〜もうひとつの足尾公害事件〜(その1)(矢貫隆)
![]() |
![]() |
平和でのどかな戦場ヶ原でのハイキングを終え、「クルマで登山」取材班が向かったのは栃木県足尾町。そう、日本で最初の公害とされる足尾鉱毒事件の舞台となった場所だ。そこには、100年前の傷跡が今なお生々しく残っていた。
■日本の公害の原点
日光周辺の地図を拡げてみると、中禅寺湖の真南に当たる山中から南に向かって1本の小さな川が流れでているのがわかる。久蔵沢である。
地図上の左端には、庚申山から流れでる仁田元沢が、そして、ふたつの沢のちょうど真ん中を流れているのが、日本百名山のひとつ皇海山を源とする松木沢だ。深い谷あいの3本の源流は、わずか数kmだけそれぞれ独立して流れ、1955年(昭和30年)に完成した巨大な砂防ダム、「足尾ダム」で合流し名を渡良瀬川と変える。
足尾精錬所は、この地にある。日本の公害の原点として知られる足尾鉱毒事件の、あの足尾精錬所である。今から100年以上も前のことだ。足尾精錬所が渡良瀬川に流した排水が下流域に大きな鉱毒被害をもたらした。
それが足尾鉱毒事件。
「田中正造ですね」
うん、田中正造だ。明治天皇に鉱毒被害を直訴しようとした田中正造だ。
戦場ヶ原ハイキングを終えた僕たちは、日光市内からクルマで30分ほど走って足尾へとやってきた。正確には、わたらせ渓谷鉄道の終点、間藤駅から渡良瀬川沿いに少しだけ走り、一般道の行き止まりである足尾ダムのすぐ横にやってきていた。
A君。あの廃墟のように見える建物が足尾精錬所だ。
「鉱毒事件と関連づけて眺めるせいか、何となく不気味ですね。ここにきた目的は、鉱毒事件の検証ですか?」
そうじゃない。足尾の公害といえば鉱毒事件を連想するけれど、実は、もうひとつの悲惨な公害が同時に発生していたんだ。
煙害だよ。精錬所は、煙突から亜硫酸ガスを含む有毒な煙を大量に排出し続け、その結果、煙の通り道となった谷筋の斜面の広大な面積の木々を枯らし、ついには、ひとつの村までも消滅させてしまった。
「亜硫酸ガスということは、酸性雨で?」
そう。『枯れゆくブナの森』では檜洞丸のブナの枯死問題を書いた。自動車排ガスなどを原因とする大気汚染が木々を枯らしているという話だった。
で、今回は、その続きで、大気汚染を放置しておくとどんな結果を招くかを知るために我々はこの地にやってきたというわけなのだ。
「煙害で村が消えた!?」
100年前のことだ。松木村が消えた。(つづく)
(文=矢貫隆/2005年11月)

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
-
最終回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その10:山に教わったこと(矢貫隆) 2007.6.1 自動車で通り過ぎて行くだけではわからない事実が山にはある。もちろんその事実は、ただ単に山に登ってきれいな景色を見ているだけではわからない。考えながら山に登ると、いろいろなことが見えてきて、山には教わることがたくさんあった。 -
第97回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その9:圏央道は必要なのか?(矢貫隆) 2007.5.28 摺差あたりの旧甲州街道を歩いてみると、頭上にいきなり巨大なジャンクションが姿を現す。不気味な光景だ。街道沿いには「高尾山死守」の看板が立ち、その横には、高尾山に向かって圏央道を建設するための仮の橋脚が建ち始めていた。 -
第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その7:高尾山の自然を守る市民の会(矢貫隆) 2007.5.21 「昔は静かな暮らしをしていたわけですが、この町の背後を中央線が通るようになり、やがて中央道も開通した。のどかな隠れ里のように見えて、実は大気汚染や騒音に苦しめられているんです。そして今度は圏央道」 -
第94回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その6:取り返しのつかない大きなダメージ(矢貫隆) 2007.5.18 圏央道建設のため、「奇跡の山」高尾山にトンネルを掘るというが、それは法隆寺の庭を貫いて道路をつくるようなものではないか。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。