第62回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その11)(矢貫隆)
2005.04.22 クルマで登山第62回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その11)(矢貫隆)
■酸性「雨」ではなく「霧」
神奈川大学工学部応用科学の井川学教授らが、「酸性霧と大山のモミの枯死の関係」について調査していると古い新聞記事を読んだことがある。
そこで『環境科学誌』を取り寄せてみると、井川教授は次のように書いていた。
「私たちは、酸性霧の研究を続けていく中で、酸性霧が(注:モミの立ち枯れに)大きな影響を与えているのではないかと予想し、実際にモミへの疑似酸性霧の暴露実験を行った」
確かにpH3以下の酸性雨が降ったという環境省の報告はないが、しかし、酸性の「霧」となると話は変わってくるらしいのだ。
霧であれば、pH3以下が出現するし、それは珍しい現象ではないのだという。
雨ではなくて、なぜ霧なのか。霧のpH値が低い3つの理由を、以下、井川教授の報告書から引用しよう。
・水分量が小さいため、大気中に同じ量の汚染物質があっても濃度が高くなる。
・液滴径が小さいために単位体面積当たりの表面積が大きく、汚染物質を吸収しやすい。
・霧は地表近くで発生するため大気中汚染物質濃度が高くなる。
「話がどんどん難しくなってますよ」
そうだな。そう言えば化学の成績は最悪だったんだ。
「で、暴露実験の結果は?」
pH3の霧を暴露しているモミは、枝先の新芽が枯れてしまった。
「ちょっと待って下さい。酸性霧のpH値が恐ろしく低いのはわかりました。でも、実際に発生する霧は雨のように大量の降水量にはならないと思うんです。植物を枯らすほど大量には……」
さすがインテリだな、A君。言うことがいちいち鋭い。でも、思い出してもらいたい。「クルマで登山」の2回目で那須に登ったときのことを。
「熊と接近遭遇した那須ですね」
そう。旭岳へのルートを登り始めた頃、気候が急に変わってあたり一面が霧に覆われた。岩だらけのルートを歩くこと30分。気がつくと、頭に巻いたタオルが湿っぽくなり、襟あしは大汗をかいたように濡れていた。すれ違う下山者の髪もびっしょり濡れて、毛先からは滴が垂れていた。
汗ではない。霧が付着した結果だった。これを「樹雨」とか「オカルト香水」とか言うらしい。降水量はほとんどないように見えて、実は霧による降水量は多いのである。
「思い出しました。確かにそうでした」
で、井川教授は、報告書の最後で次のように書いている。
「酸性霧の原因物質は主に二酸化窒素から生成される硝酸であり、オキシダント(注:主成分は光化学反応によって生成されたオゾン)も二酸化窒素から生じることを考えると、現在の森林衰退の原因は二酸化窒素の増大が原因であるとすることができる」
「ディーゼル排ガスが原因の半分くらいを占めているという意味ですよね?」
そういうことになるな、A君。檜洞丸のブナの森が枯れている原因も同じなんだってさ。大山のモミの枯死との共通点は「酸性霧」と「オキシダント」。
「つまり……?」(つづく)
(文=矢貫隆/2005年4月)
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矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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