ポルシェ・ボクスター(5AT)【試乗記】
新しい世界への旅立ち 2005.04.05 試乗記 ポルシェ・ボクスター(5AT) ……715万4750円 よりポルシェらしくなるべく、丸目のヘッドランプを与えられた「911」の弟分「ボクスター」。「911」に劣らないその魅力に自動車ジャーナリストの森口将之が迫る。911らしさを求めて
ポルシェはやっぱり、911を抜きには語れない。それをあらためて痛感したのが、昨年本国で発表された新型ボクスター、タイプ987を初めて見たときだ。
彼らは少し前に、911をタイプ996から997へと進化させた。ヘッドランプを丸目に戻し、安っぽいという声も聞かれたインパネも一新。個人的には、911とボクスターの差別化をはっきりさせる、好ましい変更だと思った。ところが、ポルシェは続けてボクスターにも同じような顔とインパネを与えたのである。
旧型ボクスター、つまりタイプ986の顔やインパネは、カジュアルな雰囲気がキャラクターにふさわしいと思っていた。しかしそれは、少数派の意見かもしれない。多くのカスタマーにとっては、“911らしい”ことが“ポルシェらしい”ということのようである。
その新型であるが、いままでどおり「ボクスター」と「ボクスターS」の2モデルが用意される。排気量も2.7と3.2リッターで、これも変わらない。試乗したのは2.7リッターのティプトロニック、右ハンドル。ある意味もっとも間口の広いボクスターだ。
エクステリアは、顔以外はあまり変わっていない。インパネはメーターカバーの奥をメッシュにして、いままでと同じように、裏から光がさしこむようにしてある。旧型でも優秀だったウインドディフレクターは、100km/hぐらいでも髪の毛がちょっと揺れるぐらいですむようになった。911に近づいたとはいっても、このように実はいろいろな部分に、ボクスターらしさが残されていたのだ。
最も快適なボクスター
エンジンは、低回転ではちょっとザラついたサウンドだが、3000rpmを越えると立場は一変。その音はだんだん澄んでくる。とくに、4000rpm以上でフォーンという雄叫びをあげながら、7000rpmまで一気に伸びていく高回転は、旧型の心地よさにさらに磨きがかかっていた。
パワーは12psアップしたけれど、車重も20kg重くなっているから、加速そのものは1年前に乗った旧型と変わらないように感じた。しかし、それは不満とは思わない。日本の道と自分の腕でも、持てる力をフルに発揮できるのが爽快だ。
しかしティプトロニックトランスミッションには不満が残る。基本はトルコン式のATなので、スリップが確実に存在する。発進は2速からで、レブリミットに近づくと自動的にシフトアップしてしまうなど、スポーツカーらしからぬロジックも気になった。自分なら、3ペダルの5段MTを選ぶだろう。
新型ボクスターには、911と同じように、PASMと呼ばれる電子制御減衰力可変サスペンションが導入された。ボクスター・シリーズではオプション扱いだが、試乗車には装着されていた。センターコンソールの奥にあるスイッチで、ノーマルモードとスポーツモードを切り替えられる。ノーマルモードでは、タイヤが今までより薄くなっているのに、むしろマイルドな乗り心地が味わえる。史上最も快適なボクスターといっていいかもしれない。
一方のスポーツモードでは、高速道路や峠道でも跳ね気味になるほど硬い。気合いを入れた走りをすると、たしかにステアリングの反応も良く、姿勢変化は少なくなるけれど、自分レベルの人間ならノーマルモードでじゅうぶんだ。
マイナーチェンジのたびに強化されているボディ剛性は、今回もアップした。旧型よりもインチアップしたホイールを履いているのに、クーペのようにカッチリしている。
一段上の快適性
新型はもうひとつ、新兵器を導入した。やはりニュー911に採用済みの、バリアブルレシオのステアリングだ。切っていくほどクイックになる設定で、ギア比は旧型の16.9:1から17.11〜13.76:1になっている。数字でもわかるように、切りはじめのレスポンスは少し鈍くなった。軽いノーズを生かした鋭いターンインがミドシップらしさのひとつと考えている自分は、残念に思った。そのかわり、コーナーに入ってからの切る量は確実に減って、ラクになっている。
このステアリングがいちばんありがたいと思えたのは、ペースを落としてクルージングしているとき。かつてないほどリラックスして、ボクスターをドライブできた。PASMがもたらすマイルドな乗り心地も、ティプトロニックのおだやかなレスポンスも、こんなシーンにピッタリだ。
重心の低い水平対向6気筒エンジンを、車体中心に深く沈めるボクスターを、自分はミドシップスポーツの理想形だと考えてきた。だから、あのすばらしい走りさえ味わえれば、質感や快適性などはどうでもいいとさえ思っていた。後付けのデバイスに頼らず、基本設計で勝負するいさぎよさと、それによって得られる自然な走りに、好感を抱いていた。
しかし多くの人は、それだけでは納得しないのかもしれない。ポルシェの名を掲げる以上、あの911と同じように、実用にも不満なく使えるスポーツカーでなければならないらしい。バリアブルレシオのステアリングやPASMの導入は、そんな要求が形になったものともいえる。その結果、新型は快適性のレベルを、一段上に引き上げることに成功した。
ひそかに想いを寄せていた先輩が卒業してしまうのは、いち在校生から見ればさびしいことだけれど、一般的には新しい世界への旅立ちという祝いごとになる。別れの季節に乗った新型ボクスターは、個人的な感情はさておき、ポルシェ的に見ればまぎれもなく正常進化をとげていた。
(文=森口将之/写真=峰昌宏/2005年4月)

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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