MINIジョンクーパーワークスGP(FF/6MT)
MINIの皮をかぶったリアルスポーツ 2013.05.10 試乗記 MINIファミリーきっての武闘派モデル「MINIジョンクーパーワークスGP」に試乗。200台限定の、スポーツカーに比肩するハードコアな走りを堪能した。Bセグメントの「911GT3」
空冷ポルシェ、930型「911」の堅牢(けんろう)感があった。アクセルを踏み込むと、直噴ターボエンジンがすかさずレスポンスを返す。1.6リッターにして、最高出力218psをストレスなく紡ぎだす。前輪がアスファルトを踏みしだく。トルクステアで、ステアリングホイールが激しく上下動し、215/40R17のクムホタイヤがボディーをひきちぎらんばかりに駆動する。強固なボディーはそれをみじんも許さず、一塊となって猪突(ちょとつ)猛進する。
こいつは、MINIの「GT3」である。
信号待ちの停車中ですら、エンジンの鼓動を感じる。
乗り心地は、ものすごく悪い。足まわりは路面の平滑なサーキットセッティング。一般道だと乗員は常に上下に揺すられる。ただならぬモノに乗っていることを意識させられる。救いはある。標準装備のクムホがランフラットではないことだ。そのおかげもあって、ガツンと胃の腑(ふ)にくる強烈なハーシュネスはない。レーシーではあるけれど、野蛮ではない。
エンジンがイイ。強化されたピストン、より頑丈なシリンダーヘッド、軽量クランクシャフトやナトリウム封入排気バルブを持っていたりもする。ツインスクロール・ターボチャージングは、ブースト圧が高められ、オーバーブースト機能により、2000rpmから短時間だけ280Nm(28.6kgm)という大トルクを発生する。ターボラグは一般道を走っている限り存在しない。強烈なトルクがアクセルを踏めば踏むほど、無尽蔵に湧き出てくる。
スピードの欲望を体現
タコメーターのニードルが3000rpmを超えると、レーシングエンジンもかくやのメカニカルな快音をエンジンが発する。高性能バイクのようでもあり、フェラーリのようでさえもある。レブリミットの6500rpm近くまで回しても、イタリア車のように泣き叫びはしない。そのかわり、ブリティッシュテイストあふれる乾いたエキゾーストサウンドが後方からとどろく。
6段マニュアルトランスミッションは、いまどきのロードカーとしては低いギアリングを持つ。100km/h巡航はトップの6速で2500rpm。アクセルペダルを踏み込むだけで、最大トルクを軽々と手に入れることができる。
強化されたブレーキは、町中で、時折控えめな悲鳴を上げる。
参考までに公式データを示せば、0-100km/h加速は6.3秒、最高速は242km/hを誇る。これは、「アウディTT」の「2.0TFSI」並みということだ。ちなみにスタンダードの「ジョンクーパーワークス(JCW)」はそれぞれ6.5秒と238km/h。「MINIクーパーS」は7秒と228km/h。「クーパー」は9.1秒と203km/h、あくまで参考ながら、「ONE」は10.5秒と186km/hである。絶対的な速度は大排気量スーパースポーツに及ばない。とはいえ、ノーマルのクーパーSとの差を比べてほしい。スピードへの欲望をストレートに具現したのがMINI JCW GPなのだ。
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世界一愛されるイギリス車
「ジョンクーパーワークス」とはもちろん、1950年代から60年代にかけて、F1レースとMINIの高性能モデルで大成功をおさめたイギリスのエンジニア、ジョン・クーパーに由来するMINIのサブブランドである。私は生前のジョン・クーパーを見たことがある。1989年、MINIの生誕30周年記念パーティーがイギリスはシルバーストーン・サーキットで盛大に開かれたときのことだ。クーパーさんはワイシャツにネクタイ、ネイビーブレザーを着ていた。ワイシャツはきれいだったけれど、襟が擦り切れていた。それはもしかしたら、イギリス的なオシャレであったのかもしれない。
私の記憶では、特設テントでのパーティーの席で、MINIの生みの親、サー・アレック・イシゴニスの思い出を彼は語った。MINIのドアポケットはどうしてあんなに大きいのか? イシゴニスがジンのボトルを入れるためだったのさ。場内爆笑。いや、このエピソードを披露したのは、「クーパーS」でモンテカルロを制したパディ・ホプカークだったかもしれない……。
BMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)MINIがBMW MINIとなってはや幾とせ。バイエルンのエンジン製造会社の、当時の社長ベルント・ピシェッツリーダーが、サー・アレックのおいっ子であったことは、MINIとMINIファンにとって僥倖(ぎょうこう)であったといわねばならない。このような血脈こそ、ヨーロッパの歴史の厚みなのだ。まことに、MINIほど愛されているイギリス車はないのである。
2006年に登場したBMW MINIの2代目も、そろそろモデルライフは終盤。先代がそうであったように、JCW GPをもって幕を閉じる。昨年のパリサロンでデビューしたこのスペシャルモデルは2000台の限定生産、日本には1割の200台がやってくる。価格は460万円と間違いなく高価だけれど、この価格で、今風にいえば、これほど元気をもらえるロードカーは、わずかな例外を除いて、現在、地球上に存在しない。
これぞクルマ趣味の醍醐味
最大の美点はレスポンシブなことである。エンジンもビビッドなら、ステアリングもビビッド。冒頭、トルクステアでステアリングがもっていかれると書いたけれど、それはあなた、コンピューターゲームでコースアウトした際にコントローラーがぶぶぶぶと震える比ではない。クラッチを踏んで、6段MTを操作する。左足に実在の足応えがあり、左腕に確かなゲートとその奥のギアの存在を感じる。そうして、私の両腕と両足との連携によって、MINI JCW GPは私の拡大した肉体となり、私を活性化する。
閉じられていた神経回路がつながっていく。
100km/h巡航中でも、エンジンのうなり声が聞こえ、ドライバーは終止、上下に揺すられ続ける。山道では、専用のサスペンション設定によってスイスイ曲がる。アドレナリンが湧き出し、怠惰に眠ろうとしたがる私の精神をたたき起こす。かくして、楽しいなぁ、楽しいなぁと感じながら、箱根をうろうろ走りまわることになるのであった。
スポーツカーは、ロードカーの終わるところで始まり、レーシングカーの始まるところで終わる。とするならば、MINI JCW GPは、まさしくスポーツカーである。そのままではないにせよ、このクルマにはMINIのワンメイクレース、「MINIチャレンジ」で鍛えられたテクノロジーが注ぎ込まれている。
そしてなにより、ステアリングを握る者に、軽い疲労と生きる元気を与えてくれる。これこそ愛好家にとって、自動車の醍醐味(だいごみ)ではあるまいか。
(文=今尾直樹/写真=郡大二郎/撮影協力=河口湖ステラシアター)
テスト車のデータ
MINIジョンクーパーワークスGP
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3775×1685×1430mm
ホイールベース:2465mm
車重:1180kg
駆動方式:FF
エンジン:1.6リッター直4 DOHC 16バルブターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:218ps(160kW)/6000rpm
最大トルク:26.5kgm(260Nm)/1750-5750rpm
タイヤ:(前)215/40R17/(後)215/40R17(クムホ・エクスタV700)
燃費:--km/リッター
価格:460万円/テスト車=460万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:4839km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:317.5km
使用燃料:26.0リッター
参考燃費:12.2km/リッター(満タン法)

今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。