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フェラーリF12ベルリネッタ(FR/7AT)

夢のような美女 2013.05.22 試乗記 今尾 直樹 フェラーリの新たな旗艦「F12ベルリネッタ」に試乗。740psのパワーを発する“跳ね馬”は、どんな走りを見せるのか? ワインディングロードへと連れ出した。

ありえない気持ちよさ

低速での乗り心地は、そっと寄り添うがごとくだった。妙齢の女性の柔肌に包まれている。柔らかくて弾力があってぬくもりがある。あああ。思わず、悦楽の声がもれる。

路面は、石畳。ブランドショップが軒を連ねる東京駅近くの丸の内仲通り、ヨーロッパを思わせるストリートは正座したら痛いだろう。そんな凸凹道を「F12(エッフェ・ドーディチ)ベルリネッタ」は羽毛のごとき軽やかさで駆け抜ける。

フロント255/35、リア315/35という、尋常ならざる太さと薄さを表す数値のゴムが、ともに20インチという巨大な直径のホイールにかぶせてある。だから、堅くて巨大なホイールのピストン運動を、乗員は激しく感じるはずなのに、それがまるで付けてないみたい。タイヤとホイールが付いてなかったら走らないので、ありえないわけだけれど、ありえないほど気持ちイイ。

丸の内仲通りを出て、日比谷通りを右折すると、走行レーンになにやら黒いものが落ちていた。それはタオルのようだった。とはいえ、踏まないにこしたことはない。私はステアリングを切った。前輪が大地にかみついたごとくの鋭さをもって、ボディーの向きを変えた。なんたる切れ味! コワいぐらいに切れる。ステアリングはロック・トゥ・ロック2回転で、低速では超がつくほど軽い。

実際、この最新ベルリネッタは軽いのだ。マラネッロの旗艦を担うべく開発されたF12は、「599GTBフィオラノ」の後継ではあるけれど、なにもかもが新しい。骨格のスペースフレームは単なるアルミではなく、12種類の複合素材からなる。先代モデル「599」のホワイトボディーと比べ、50kgのダイエットに成功しているという。フェラーリの主張によれば、乾燥重量は1520kgにすぎない。車検証の数値は1770kgながら、これとて12気筒モデルとしては異例に軽いというべきだろう。

 
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乗車定員は2名。ヘッドレスト一体型のシートの後ろは、荷物固定用のストラップを備えるシェルフになっている。
乗車定員は2名。ヘッドレスト一体型のシートの後ろは、荷物固定用のストラップを備えるシェルフになっている。 拡大
レザーがふんだんに使われるインテリア。トランスミッションはAT限定で、シフトレバーも存在しない。センターコンソールには、リバース、オート、ローンチコントロールの各ボタンが置かれる。
レザーがふんだんに使われるインテリア。トランスミッションはAT限定で、シフトレバーも存在しない。センターコンソールには、リバース、オート、ローンチコントロールの各ボタンが置かれる。 拡大
T字型の特徴的なデザインが目を引くリアエンド。下部中央には、F1マシンを思わせる形状のリアフォグランプが備わる。
T字型の特徴的なデザインが目を引くリアエンド。下部中央には、F1マシンを思わせる形状のリアフォグランプが備わる。 拡大
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圧倒的パワーがもたらすもの

フロントミドに搭載される65度V12は、フェラーリ12気筒モデルのもう一台、「FF」用と基本的には同じ6.3リッター直噴だけれど、13.5という高圧縮比を得て、740psという途方もない最高出力を8500rpmという超高回転で生み出す。最大トルクは690Nm(70.3kgm)。6000rpmで発生する。排気量が6.3リッターもあるのに、9000rpm近くまで回る。FF比プラス70psは、ピストン運動をさらに500rpm上積みすることで得ているのだ。

その一方、2500rpm以上であれば、最大トルクの80%を供給することができる。強烈なパワーを実現する一方で、燃費は30%向上させている。燃費改善のために高効率を追求した結果、性能も大幅に上がった。フェラーリはそう表現する。パワー・トゥ・ウェイト・レシオは2.1kg/ps。全幅1.9m超。ドライバーの感覚として、ダチョウのようにデッカイものがスズメバチのように飛ぶ――その理由が、すべてではないせよ、ここに隠されている。

神田橋から首都高速に上がって、アクセルを踏み込んだ。路面はぬれている。ステアリングホイールの盤面に設けられた最新の統合制御システム、「レーシング・マネッティーノ」のダイヤルはWETにしてある。6.3リッターのV12は4000rpm近辺からバリトンの快音を発し始め、ドンッというショックをともなってファットなリアタイヤが大地を蹴る。空転は一瞬たりともない。十分な荷重と完璧な電子制御でもって大トルクが路面に伝達され、F12は猛烈な勢いでダッシュする。

やさしく愛撫(あいぶ)しているかのようなソフトさを持っていたそれは、愛撫によって堅くなったように、いつの間にか堅くなっている。速度が増すに連れ、「磁性流体ダンパー」はまるで自然の摂理であるかのように、青年の若々しくも怒れる堅いモノとなって首都高速の目地段差をはね返す。男は堅くなくてはイカン。F12の電子制御サスペンションは、柔らかい=女、堅い=男、という性差を軽々と乗り越え、根源的な快楽に似た快楽を生み出す中心を担う。

740psと70.3kgmを発生するV12エンジンは、長大なエンジンルームの運転席寄りにマウントされる。
740psと70.3kgmを発生するV12エンジンは、長大なエンジンルームの運転席寄りにマウントされる。 拡大
 
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写真は、ダッシュボードの助手席側に配されるロゴバッジ。その横に見えるエアコン吹き出し口は、ボールジョイント的な動きで、自由に風向を変えられる。


	写真は、ダッシュボードの助手席側に配されるロゴバッジ。その横に見えるエアコン吹き出し口は、ボールジョイント的な動きで、自由に風向を変えられる。
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車両の後部は、大きなハッチゲートを備える荷室になっている。
車両の後部は、大きなハッチゲートを備える荷室になっている。 拡大

リアルな“非現実的性能”

65度直噴V12は、4000rpm近辺から天界へと至るミュージックを奏で始める。とはいえ、特別な場所でない限り、至福の音楽を聴き続けることはできない。アッという間に前のクルマに追いついてしまうからだ。なにしろF12ベルリネッタは、最高速度340㎞/h、0-100㎞/h加速3.1秒、0-200㎞/h加速8.5秒を誇る。フツウにドレスを着ているけれど、中身は「エヴァンゲリオン」にも等しい。ドレスを脱がせるには、ものすごく広い秘密の場所が必要だ。

100㎞/hクルーズはしかし、退屈ではない。2000rpm以下でもV12はパヴァロッティのハミングを聴かせてくれるし、なにより右足の紙一重の動きに鋭く反応する。「エフォートレス(effortless)」というイギリス人の好きな言葉があるけれど、F12ベルリネッタこそそれだ。

箱根は晴れていた。レーシング・マネッティーノのダイヤルをWETからSPORT、さらにRACEも試してみる。アクセルレスポンスは鋭さを増し、7段デュアル・クラッチ・ギアボックスのプログラムは戦闘モードに切り替わる。加速時には、時にガツンとショックを伴って変速する。ちょっと乱暴なところが刺激的だったりする。旋回能力は極めて高く、安定して快適なまま、強烈な横Gを体感させる。

もうメチャクチャ速い。アクセル、コワくて踏めないほどに。

F12ベルリネッタはフィオラノ・サーキットを1分23秒で走る。「エンツォ・フェラーリ」より1秒速い「599GTO」のタイムを、さらに1秒上回る。美女にして野獣。これこそフロントエンジンのフェラーリ12気筒モデルの伝統である。とはいえ、F12を表現するにはもの足りない。私はこう申し上げたい。「跳ね馬のバッジをつけたエヴァンゲリオン」。

フェラーリをして「MRを思わせるハンドリング」と言わしめる、FR車の「F12」。開発時間の多くが、車両のレイアウト研究に割かれたという。
フェラーリをして「MRを思わせるハンドリング」と言わしめる、FR車の「F12」。開発時間の多くが、車両のレイアウト研究に割かれたという。 拡大
ウインカーやヘッドランプ、ワイパーの操作は、ステアリングホイール上のボタンで行う。正面左下にはエンジン始動ボタンが、右下には走行モードの選択ダイヤルがそれぞれ置かれる。
ウインカーやヘッドランプ、ワイパーの操作は、ステアリングホイール上のボタンで行う。正面左下にはエンジン始動ボタンが、右下には走行モードの選択ダイヤルがそれぞれ置かれる。 拡大
メーターのアップ。センターを占めるのは回転計で、両サイドの液晶画面には、車両情報とAV情報が表示される。なお、レブリミットは8700rpm。
メーターのアップ。センターを占めるのは回転計で、両サイドの液晶画面には、車両情報とAV情報が表示される。なお、レブリミットは8700rpm。 拡大
ホイールのサイズは、前後とも20インチ。カーボンセラミックのブレーキディスクが与えられる。
ホイールのサイズは、前後とも20インチ。カーボンセラミックのブレーキディスクが与えられる。 拡大

男を成長させるクルマ

といって、この“エヴァ初号機”は暴走モードに陥ったりはしない。中身は「使徒」とは違う。当たり前だけれど、しと(江戸弁)が作ったモノなのである。運動性能向上のため、ホイールベースは599比30mm削られ、全体にシェイプアップが図られている。V12エンジンの下半身が再設計されたのは、搭載位置をより低くして重心を低めるためだ。同時に、よりキャビン寄りに配置し、重量物を車体中央に集めている。伝統のトランスアクスル方式の採用と、ギアボックスが6段シングルクラッチから7段デュアルクラッチに変更されたこともあって、リアに重量の54%が配分される。物理の法則と電子テクノロジーの合体、それがF12の正体である。

V12を8500rpm以上にぶん回し、F12から喜悦の声、天界へと至る悲鳴をあげさせてやりたい、と私は願う。心情を吐露すれば、さりとてF12の圧倒的な性能は手に余る。私のテクニックではイカせられない……。敗北感を抱きつつ、別の機会に紹介することになるであろう「911カレラS」に乗り換えた。

740psのエヴァに比べれば、400psの991型はコワくない! こんなふうに感じたのは初めてだった。

ため息がでるほど美しくてセクシーで、男を喜ばせる術(すべ)も知っている。けれど、甘やかしはしない。私のような男ですら、F12は成長させる。F12は夢のような美女だ。まったく関係ないけれど、この一節を紹介したい。

「まさにそのとき、夢かと見紛う美しい女が店に入って来た。一瞬、まわりの物音がすっかり消えてしまった。やり手の男たちは忙しく張り切るのをやめ、カウンターの酔客はあてもないおしゃべりを中断したみたいだった。指揮者が譜面台をタクトで叩き、両腕を静止させたときのように」
(『ロング・グッバイ』レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳/早川書房)

「私はとにかく息をのみっぱなしだった」

(文=今尾直樹/写真=高橋信宏)

フロントスポイラーの両サイドに見える黒い部分は、開閉式のエアダクト。必要に応じてシャッターを開き、フロントブレーキ冷却用の空気を取り入れる。
フロントスポイラーの両サイドに見える黒い部分は、開閉式のエアダクト。必要に応じてシャッターを開き、フロントブレーキ冷却用の空気を取り入れる。 拡大
機能美と造形美の融合をうたう「F12ベルリネッタ」。ボンネットを流れる空気はフェンダー部分のブリッジをくぐり、サイドのキャラクターラインに沿って跳ね上げられる。
機能美と造形美の融合をうたう「F12ベルリネッタ」。ボンネットを流れる空気はフェンダー部分のブリッジをくぐり、サイドのキャラクターラインに沿って跳ね上げられる。 拡大
ヘッドランプ。「458」や「FF」など、現在ラインナップする他のフェラーリに似たデザインが採用されている。
ヘッドランプ。「458」や「FF」など、現在ラインナップする他のフェラーリに似たデザインが採用されている。 拡大
「F12ベルリネッタ」の価格は、「599」よりも“わずかに”30万円高い3590万円。日本市場でも人気が高く、納車までには1年以上待たされるという。
「F12ベルリネッタ」の価格は、「599」よりも“わずかに”30万円高い3590万円。日本市場でも人気が高く、納車までには1年以上待たされるという。 拡大

テスト車のデータ

フェラーリF12ベルリネッタ

ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4618×1942×1273mm
ホイールベース:2720mm
車重:1525kg
駆動方式:FR
エンジン:6.3リッターV12 DOHC 48バルブ
トランスミッション:7段AT
最大出力:740ps(545kW)/8250rpm
最大トルク:70.3kgm(690Nm)/6000rpm
タイヤ:(前)255/35ZR20(後)315/35ZR20(ミシュラン・パイロット スーパースポーツ)
燃費:6.6km/リッター(ECE+EUDC複合サイクル)
価格:3590万円/テスト車=4027万3000円
オプション装備:フェンダー部のScuderia Ferrariシールド(16万2000円)/Rosso Corsaブレーキ・キャリパー(12万5000円)/ダークペインテッド・リアビューミラー・クラスター(6万7000円)/Grigio Scuroホイールリム(22万1000円)/スポーツ・シル・カバー(10万9000円)/カーボンファイバー・ホイール・キャップ(7万4000円)/アルカンターラ・ドア・ポケット(8万9000円)/アルカンターラ・ドア・パネル<NERO>(10万3000円)/スペシャル・コントラスト・ステッチング<ROSSO>(6万7000円)/リーフ・スタイル・シート(32万4000円)/LEDステアリングホイール付属のカーボンファイバー・ドライバー・ゾーン(68万円)/エクステリアカラー<ROSSO BERLINETTA>(235万2000円)

テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:5779km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(0)/高速道路(7)/山岳路(3)
テスト距離:339.2km
使用燃料:73.3リッター
参考燃費:4.6km/リッター(満タン法)
 

今尾 直樹

今尾 直樹

1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。

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