KTMクロスボウGT(MR/6MT)
楽しめる狂気 2013.11.07 試乗記 オーストリア生まれのハードコアなスポーツカー「KTMクロスボウ」に、ウインドスクリーンを備える新グレード「GT」が登場。その走りは、どのようなものなのか? 一般道とサーキットで試乗した。“二輪の雄”のスポーツカー
KTMというメーカーを知っているだろうか? それは、オーストリア、ザルツブルク近郊にある小さな町マッティグホーフェン(KTMの“M”)で、第2次世界大戦前の1934年にハンス・トゥルケンポルツ(同じく“T”)という人物が設立したクラフトファーツォイク(K=車両)関係の会社をルーツとしている。
当初、同社が手掛けたのは自動車やモーターサイクルの販売だったが、戦後の1953年に自社開発のモーターサイクルを発表すると、2年後にはロードレースへの参戦を開始。現在は、BMWに次ぐ欧州第2位のプレミアムモーターサイクルブランドとして君臨する一方、ダカールラリーで12連勝を記録するなど、モータースポーツでも圧倒的に優秀な成績を誇っている。
そのKTMが、どうして自動車情報サイトに登場するのか? 2008年に、四輪のスポーツカー「X-BOW(クロスボウ)」をリリースしているからだ。この点、ちょうど50年前、二輪車メーカーだったホンダが初の四輪乗用車「S500」を発売した経緯を思わせる。
KTMは四輪車開発の経験がないため、車体の設計をフォーミュラカーやスーパーカーの開発で有名なダラーラに、エッジの効いたスタイリングは二輪のKTMと同じオーストリアのスタジオ、キスカデザインに依頼。エンジンは隣国ドイツのアウディから、直噴の2リッター直4ターボ「TFSI」を供給してもらっている。
筆者は、日本にも少数が輸入されているクロスボウには、何度か乗ったことがある。窓もドアもないので、本気で走るにはヘルメットが必須なのだが、良い意味で予想を裏切られた一台でもある。クオリティーの高さは隣国ドイツのクルマに匹敵するし、高次元なハンドリングのみならず、望外の快適性まで備わっているのだ。
だからこそ、ウインドスクリーンを装着して、時にはゆったり距離を重ねてみたいとも思った。そんな願望をかなえてくれたのが、2013年のジュネーブモーターショーでデビューした「クロスボウGT」だった。
意外なほどの快適性
GTは、「コックピットまわりにガラスを追加したクロスボウ」という成り立ち。ドアを持たないので、サイドウィンドウだけが、前ヒンジで開閉する。それ以外の部分は、“窓なし仕様”の高性能版「クロスボウR」とほぼ同一。ただしアウディ製2リッター直噴ターボエンジンは、Rの300psから285psにデチューンされている。
クロスボウの工場は、KTMのモーターサイクル部門とは異なり、オーストリア第2の都市グラーツにある。ここで実車と初対面。まずは窓まわりの作りの良さに感心した。フロントとサイドの窓に段差は一切なく、きれいな曲面を描いていて、カチッというサイドウィンドウの閉まり音は心地よささえ覚えるほどだった。
ロールバーに手を掛けてカーボンファイバーモノコックをまたぎ、コックピットにおさまる。“シート”は、そのモノコックに薄いクッションを貼っただけのものだが、形状が優れているからだろう、座っていてつらくはない。このシートはモノコックの一部なので、固定式。レーシングカーのようにペダルボックスとステアリングホイールの位置を調節すると、身長170cmで胴長短足の僕も理想的なドライビングポジションが得られた。
従来のクロスボウと異なるのは、センターコンソールにエアコンとワイパーのスイッチを追加されたことだ。ウィンドウの丈は頭の上まで伸びていて、防風効果が十分に期待できそうだ。今回の試乗中は使わなかったものの、天候の急変に対する備えとして、「X-TOP(クロストップ)」という名の簡単なソフトトップ(100km/h以下で装着可能)も用意されている。
スタートボタンを押すと背後からごう音が響き、ドライバーに活を入れる。ただしクラッチは軽く、エンジンはアウディ製そのものの扱いやすさなので、街乗りは苦ではない。予想以上の快適な乗り心地は、目の前に水平に置かれたフロントのコイル/ダンパーユニットが、低速域でも小刻みに動いていることからも理解できる。しかし、それらがクロスボウGTの最大の魅力ではないことを、このあとのステージで思い知らされた。
どんなステージでも「さすが!」
高速道路に乗ったところで、右足を踏み込む。車両重量はクロスボウRよりやや増えたものの、軽自動車といい勝負の847kg。そこに285psである。カタパルトではじき出されるような加速。とはいうものの、風の進入は、100km/hでもせいぜい頭髪を揺らすくらいで、風切り音もほとんど聞こえてこない。当然ヘルメットなしで過ごせる。……狂気と平和が同居している!
続いてワインディングロードへ。ここではまず操作系に魅了された。シフトタッチは確実だし、ペダルは、とにかくヒール・アンド・トウがしやすい。ステアリングの反応は自然なのに、ノーズは間髪を入れずに向きを変える。踏圧でコントロールするノンサーボのブレーキを含めて、レーシングカーの香り満載。さすが、ダラーラだ。
でも初めて走る道ということもあって、実力をフルに発揮させるのは難しい。そこでKTMは、来年F1が開催されるサーキット、レッドブルリンクという舞台も用意してくれた。本コースは同乗走行だったが、ショートコースではインストラクターの教えを受けつつクロスボウGTを操った。
想像以上のコントロールしやすさだった。前後重量配分38:62とリアが重めのミドシップ、しかもESPなどの電子デバイスを持たないだけあって、かなりトリッキーな性格を予想したのだが、実際はリアの滑り出しは穏やか。慣れればその動きそのものを“第2のステアリング”としても使えそうなほど、フレンドリーなキャラクターだった。
限りなくレーシングカーに近いエンジニアリングとパフォーマンスを、ウインドスクリーンのおかげでさらに高まった快適性の中で味わう――
成り立ちはシンプルなのに、品質は、最新のドイツ車に匹敵するほどハイレベル。日本では今年の東京モーターショーで発表後、発売に移される予定のクロスボウGTが、四輪の世界では知る人ぞ知る存在だったKTMの知名度アップに貢献するのは、間違いないだろう。
(文=森口将之/写真=KTM JAPAN)
テスト車のデータ
KTMクロスボウGT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3738×1915×1202mm
ホイールベース:2430mm
車重:847kg
駆動方式:MR
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最大出力:285ps(210kW)/6400rpm
最大トルク:42.8kgm(420Nm)/3200rpm
タイヤ:(前)205/40R17(後)255/35R18(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:12.0km/リッター(欧州MVEGサイクル)
価格:7万2500ユーロ(税別)
※テスト車は欧州仕様車
テスト車の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション/サーキットインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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