フォード・フィエスタ 1.0 EcoBoost(FF/6AT)
“乗ればわかる” はもうやめた! 2014.02.28 試乗記 欧州フォードのベストセラーモデルである「フィエスタ」が、いよいよ日本に上陸。注目の「1リッターEcoBoost」エンジンを搭載する新型は、どんな走りを見せるのか?ぱっと見でカッコいい
フォードというブランドは、今の日本でどう受け止められているのだろう。米国ビッグスリーの一角であることは常識だろうし、「T型」が自動車の歴史を変えたことも知られているはずだ。モータースポーツ好きなら「GT40」が頭に浮かぶかもしれない。「マスタング」や「サンダーバード」などのパワフルなスポーツカー、あるいは「Fシリーズ」のトラックも強いイメージを持つ。要するに、一般にはアメリカンなクルマという印象なのだ。欧州フォードのモデルは、日本ではなかなか知名度が上がらない。
以前「Ka」に乗っていた時、クルマに詳しくない人に“これはフォードのクルマなんだよ”と説明して怪訝(けげん)そうにされたことが何度もある。フォードが小さなクルマを造っていることが、納得しがたいようなのだ。しかし、欧州フォードのコンパクトカーに一度でも乗れば、誰でもその魅力に気づく。「フィエスタ」が帰ってきた。まことに喜ばしい。
乗ればわかると書いたが、逆に言えば、これまでのモデルは乗らないとわからなかった。フィエスタは違う。ぱっと見でカッコいいのである。適度なカタマリ感と軽快さをあわせ持ち、切れ長な目つきがりりしい。サイドに走るエッジのきいたキャラクターライン、ボンネットをボリューミーに仕立てる立体的な造形は計算しつくされている。端正なクルマであり、いいモノ感があふれている。
台形のフロントグリルがあの高級車に似ているという声が多いが、確かに少し横に広げて扁平(へんぺい)にすればそっくりだ。昔「ホンダCR-X」に「アルファ・ロメオ」のエンブレムを付けて「ジュニアザガート」風に仕立てるのが流行したが、同じようなことをする人が現れるのだろうか。
定着したキネティック・デザイン
今回導入されたモデルは、2012年にビッグマイナーチェンジを受けているものの、もともとは2008年に発表されたものだ。でも、古臭さはみじんもない。フィエスタは、16年にわたってデザイン部門を統括してきたジェイ・メイズの置き土産だ。昨2013年11月に引退を発表したが、彼が推進してきた「キネティック・デザイン」はフォードの美意識として定着している。内装と外装で、デザインの方向性に一切の齟齬(そご)がない。ちぐはぐさや不協和音が生じるスキがなく、クルマの外にいても中にいても同じ感覚で見ることができる。
デザイン以外にも、わかりやすいウリがある。車名に記されているEcoBoostという言葉が示すように、エコ性能を前面に押し出している。EcoBoostはそのままエンジンの名前でもあり、2012年、2013年と連続してインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤーの栄冠に輝いた名機である。3気筒の1リッターで、ターボによって低燃費と高出力を両立させるという、ダウンサイジングのお手本のようなエンジンだ。
3気筒と聞くと、まず心配になるのが振動だろう。しかし、エンジンを始動してすぐに不安は霧消する。最も不利な状態であるアイドリングでも、不快な揺れやガサツな音に悩まされることはなかった。低速で走りだすと多少の微振動を感じるものの、回転を上げるにつれてきれいに整ってくる感覚は、ちょっと古典的でうれしくなった。
3気筒であることを忘れる
燃料直噴システムと吸排気独立可変バルブタイミング機構、そしてターボチャージャーを装備することで得られるパワーはちょうど100ps。一昔前には、1リッターで100psというのは超高性能の証しだった。絶対的なハイパワーとは言えない数字だが、すばやい加速を見せる。フォードでは“自然吸気の1.6リッターエンジンに匹敵する”としているが、そんなものかもしれない。
ただ、発進からゆっくり加速していく際には、少々ギクシャク感があった。組み合わされるのは6段のデュアルクラッチトランスミッションで、低速では言うことを聞かない場面も出てくる。目くじらを立てるほどの弱みではないが、なめらかなCVTに慣れっこになっている日本のユーザーの中には気にする人が出てしまう可能性はある。
エコを標榜(ひょうぼう)するエンジンでもあり、アクセルを踏んだだけモリモリとパワーが湧き出るという演出はなされていない。むしろ、一生懸命さが漂う。でもそれは“必死だなw”という感じではなく、“頑張ってるね!”と声をかけたくなるような健気(けなげ)さなのだ。速度を上げるにつれ、無理しているという印象はなくなっていく。トランスミッションも得意な領域に突入して実力を発揮し始めるのだ。しばらくすれば、エコカー然とした振る舞いは一切感じられなくなっていく。
だから、高速道路でも山道でも、スポーティーなハッチバックとして普通に楽しめる。1リッターとか3気筒とかのスペックは、まったく意識にのぼらない。自分でギアを選びたければ、セレクターに付いた小さなボタンで積極的にシフトすることもできる。目新しいので最初は親指でギアを上げたり下げたりしていたが、あまり直感的な操作法とは言えない。ATモードにしておいてもスムーズにシフトしてくれるので、だんだんまかせっきりにするようになってしまった。
交差点でも気分が高揚する
わざわざ山に出かけなくても、日常の運転でも運転の楽しさが味わえる。ナチュラルなハンドリングは欧州フォードの伝統で、街中の交差点を右折する時にも気分を高揚させてくれる稀有(けう)なクルマなのだ。非日常的な悦楽をもたらすクルマもいいのだが、日常のなんということのない場面で常に小さな愉楽を与えてくれるクルマは運転の楽しさの総量では上回る。気筒数や排気量が減っても、欧州フォードらしさがまったく失われていないことがうれしい。
弱点も、ないわけではない。ダッシュボードの中央には小さめのディスプレイがあるが、リアビューモニターにはなるものの、カーナビの機能は付いていない。メーターパネル内にある液晶の表示も含め、さまざまなメッセージは英語表記のままである。燃費の計算法は、日本式のリッターあたり何kmという方式ではなく、100km移動するのに必要なガソリン量が示される。まあ、小さなことだ。ドライブして得られる幸福は、些細(ささい)な不便さなんて帳消しにする。
ライバルは多い。このクラスにははるかに安価な日本車がひしめいているし、輸入車も多士済々だ。同じ3気筒では1.2リッターの「プジョー208」があり、2気筒の「フィアット500」や「クライスラー・イプシロン」も魅力的だ。わかりやすい競合相手としては、4気筒のエコエンジンを備えた「フォルクスワーゲン・ポロ」がほぼ同じサイズで219万円だ。ちょっと小さい「up!」が149万円で、上のクラスになる「ゴルフ」は249万円から用意されている。
厳しいマーケットだが、フィエスタの販売成績は好調らしい。Kaはわずか2年で撤退せざるを得なかったけれど、今度は大丈夫そうだ。乗ればわかるとばかりに泰然と構えていたフォードも好きだったが、奥ゆかしいだけではユーザーに届かない。グッドルッキングとエコ性能という武器を得て、盤石である。
(文=鈴木真人/写真=小河原 認)
テスト車のデータ
フォード・フィエスタ 1.0 EcoBoost
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3995×1720×1475mm
ホイールベース:2490mm
車重:1160kg
駆動方式:FF
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:6AT
最高出力:100ps(74kW)/6000rpm
最大トルク:17.3kgm(170Nm)/1400-4000rpm
タイヤ:(前)195/45R16 84V(後)195/45R16 84V(ハンコック・ヴェンタスS1 evo)
燃費:17.7km/リッター
価格:229万円/テスト車=229万円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2013年型
テスト車の走行距離:--
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(4)/山岳路(3)
テスト距離:390.8km
使用燃料:--
参考燃費:10.9リッター/100km(約9.2km/リッター、車載燃費計計測値)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。