フォード・フィエスタST(FF/5MT)【試乗記】
FWD版エリーゼS 2008.01.09 試乗記 フォード・フィエスタST(FF/5MT)……249万円(車両本体価格)
「フォード・フィエスタST」は名門「フォード・チームRS」が送り出すコンパクトホットハッチ。その中身の濃さは諸元だけでは到底分からないものだった。
『CAR GRAPHIC』2007年10月号から転載。
流儀どおりの手法
フォード・チームRSという集団は相当のテダレだと思う。WRCやJWRCでのラリー活動に加えて、フォードのハイパフォーマンス・ロードカーの開発も手掛ける彼らは、フォーカスSTやモンデオST220などを世に送り出してきたわけだが、その末弟に当たるフィエスタSTとの出会いによって、われわれはまた一本取られてしまった。なにせ彼らはロードカーの商品哲学に「速くて敏捷性があること」を掲げ、しかもいっぽうで「毎日のショッピングにも使えること」とも謳っている。文章にするとさほど驚きがないかもしれないが、その敏捷性というヤツ、これがちょっと並みじゃないのだ。
チームRSが、3ドアのフィエスタをベースに「ST化」するに当たっては、フォーカスSTの場合と同じ手法が採られた。すなわちサスペンションに関しては、基本骨格を成すフロントのサブフレームが強化部品に代えられ、リアのトーションビームも38.5%剛性アップした専用品(53.0→73.4mkg/deg)を使用している。スプリングレートは前45.5%、後13.3%それぞれ強化され、ダンパーも減衰力を高めたモノチューブ式の特製品に、さらにアライメントにも大胆に手が入り、フロントのキャンバー値は標準モデルの−0°39′に対して、−1°13′という強いネガティブキャンバーが与えられている。
むろん直進性との折り合いをつけるためトー角はイン1.1mmまで減らされているが(標準モデルはイン3.1mm)、ステアリング・ギアレシオが速められていることも含めて、いかにSTがステアリングの初期レスポンスと追従性に重きを置いているかわかるだろう。フロントの258mm×22mmベンチレーテッドディスク・ブレーキに、先代のフォーカスST170から借用した大型キャリパーを組み合わせるなどストッピングパワーの確保にも抜かりなく、さらに205/40R17サイズのピレリPゼロ・ネロもSTの専用スペックとなる。
価格は戦略的
むろんデュラテックSTエンジンも、STの名に相応しいよう磨きこまれている。モンデオで初採用されてフォーカス系でもお馴染みのこの1998cc直4エンジンは、従来の145psから5psアップとなる150ps/6000rpm、19.4mkg/4500rpmを獲得しているのだが、それは主にインテーク長をエンジン回転数によって変化させる可変インテークシステム(VIS)と、スポーツタイプのエグゾースト系のおかげで達成されたという。
フライホイールの軽量化も、スポーツ・エンジンとして忘れてはいけない点だろう。ド派手な兄貴分のフォーカスST(あちらは2.5リッター直5ターボ225psエンジン)と比べると、フィエスタSTの外観は大人しく、前後バンパーの開口部が大型化されてサイドスカートとルーフスポイラーが追加された程度にしか見えないが、じつはかように内部のメカニカル部は充実していたのである。
室内ではSTのロゴが入ったハーフレザーのスポーツシートと革巻きステアリング、アルミシフトノブなどが目につくところで、これで249万円の車両本体価格は充分に戦略的と言えよう。ボディサイズが近しく、1.8リッターターボと排気量はやや小さいけれども同じく150psを得ているポロGTIは、3ドアが231万円、5ドアが252万円を掲げているのだから。これが1.6リッターターボ/150ps/264万円のプジョー207GTになると、全長が4m以内で、全幅も1.7mを超えていない2台と比べてボディが大柄で重くなってしまう(4030×1750×1470mm、1270kg)。
これぞホットハッチ
スッとした身軽な動き出し。クラッチをミートした瞬間に、こんなことで感激できるのは、最近ではロータス・エリーゼ以外で覚えがない。車検証を見ると車重1130kgとある。道理で、と納得がいったのだが、3920×1680×1445mmのコンパクトなボディが機敏に動く理由はそれだけでなく、例の可変インテークシステムのおかげも大きい。
1350rpmで最大トルクの90%を発揮するとメーカーが主張するだけあって、低中速域での“トルクの塊感”はこのクルマの美点のひとつであり、あらゆる状況下で右足と前輪が直結したかのような鋭い反応の恩恵を受けられた。だからといって、いわゆるカマボコ型のトルクカーブを想像してもらっては困る。むしろデュラテックSTエンジンは単調さとは無縁な性格で、4250rpmあたりからパワーバンドに突入した後は、5750で一段階ホップして7100でリミッターが作動するまで、自然吸気ならではの鋭い吹け上がりと、2リッターという排気量設定の上手さからくるパワー感のバランスの妙を堪能できるのだ。
そこに組み合わせられるデュラシフト5段MTのフィールもひと言触れておきたい点で、ストロークが適度に詰められているうえに節度感があり、ギアの入口付近で嫌な引っ掛かりを感じることもない。ワイア式リモートコントロール・タイプとしては動きが滑らかで、珍しくシフト操作を手の平で味わえるレベルにあった。1〜3速はショットピーニング加工を施して強化されているので、多少手荒に叩き込んでも、そう簡単にはへこたれないはずだ。
有効な第2のステアリング
では、“並みではない敏捷性”とはいかなるものか。まずフォーカスやゴルフよりもボディがひと回り小さく、かつ軽々と動くこと、そこに適度に引き締められたスポーツサスペンションを装着していることを頭の中に描いていただきたい。つぎにキーポイントとなるのが、例のサスペンション・アライメントからもたらされる高いステアリングのゲインと良好な追従性である。それゆえタイトコーナーの奥が、さらに鋭角に切れ込んでいようと、ステアリングを切り増すなりスロットルを戻してタックインを誘うことで、曲がり切れないコーナーなど存在しないかのように、ノーズは面白いようにインを向き車体は小さく回り込んでいく。
慣れるまでは操舵量が多すぎて、挙動を無用に乱してしまうほどだが、徐々にバンプ・ステア特性が掴めてくると、ブレーキングのリリースポイントとスロットルを開け始める時期を調整することで、ターンインのタイミングとヨーの発生を支配できることがわかり、ドライバーはこの操作法を“第2のステアリング”として使うようになるのだ。
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ST一族の名に恥じない
この時ブレーキングと操舵量、スロットル開度の相互関係はきわめてデリケートなものながら、ドライバーのそうした操作もまた、クルマの挙動に微細に反映される点にフィエスタST最大の魅力がある。ステアリング操作は、切るというよりも、イン側へ車体を寄せるといった方が適切で、その特性を会得すればラリードライバーのようにブレーキングで瞬時に車体を横に向ける運転も可能となるはず。この優れた運動性能はモノチューブ式ダンパーの功績も大なのだが、いっぽうで構造上ハーシュネスの遮断面で多少不利なことは確かで、荒れた路面や高速道路の目地段差を超える際には直接的ではないもののタイトな当たりに終始する。この点では出来の良い低圧ガス入りのツインチューブ式ダンパーに及ばない。だが活発な運動性能とのトレードオフと考えれば、個人的には充分に納得いくものだとは思う。
いまや3代目に進化しているフィエスタは、正直なところ日本市場でさほど存在感を示しているとはいえない。しかし「ST」ならばどうだろう。2004年ジュネーヴ・ショーに展示された“フィエスタRSコンセプト”の流れを汲むスタイリングを見ながら思うのは、このフィエスタSTというモデル、アイコンとなる資質に充分恵まれている。それもとびきり強い光を放つアイコンに、だ。そう断言できるのは、鮮烈なハンドリングを示してわれわれの心を奪ったフォーカスSTでの体験と、今回、それと比肩するだけの実力と魅力をこのモデルが有することが確認できたからだ。ST一族の名に恥じない明確なキャラクターの持ち主ゆえに、ついアイコンの役目を望んでしまうのだが、うまくすればわが国でフィエスタを取り巻く情況も変わってくるのでは、という期待を抱かずにはいられない。
(文=大谷秀雄/写真=高橋信宏/『CAR GRAPHIC』2007年10月号)

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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