第337回:「ぶれないダイハツ」をチロルの山小屋風の元販売協力店で見つけた!
2014.03.07 マッキナ あらモーダ!欧州のダイハツは今
ダイハツが欧州での販売から撤退して、早くも1年以上が過ぎた。
イタリアでは、今なお「テリオス」や1リッターエンジンを搭載した6代目「ミラ」が元気に走っているのをたびたび見かける。パリでも、同じく1リッターエンジンの2代目「ミラジーノ」が、さりげなく街角にたたずんでいたりする。
参考までにダイハツは販売から撤退しても、サービスはきちんと継続している。例えばフランス国内には、コルシカ島も含め90以上の拠点が今もある。今回は、そのダイハツに関するお話だ。
オーストリアのインスブルックからアウトバーンで約1時間、チロル州エッツタールは、夏はトレッキング、冬はウインタースポーツでにぎわう渓谷地帯だ。イタリア国境からもそれほど遠くないので、ボクもこれまでたびたび訪れている。
ドイツ語をかじったことのある方ならおわかりのように、tal(タール)とは渓谷を意味する。片側一車線のB186号線は、谷あいの村を縫って進む。エッツは、アウトバーンから谷に差し掛かって、最初に現れる村だ。チロル州観光局のウェブサイトによると人口は2200人、標高はエリアによって820~3008メートルと、かなりの差がある。
往年の販売店
そのエッツ村を通るたび、いつも気になっていた街道沿いの建物があった。一見山小屋風の建屋のもとに、何台ものクルマが所狭しと収まっている。そして、軒先には“DAIHATSU”の看板が掲げられているのだ。なんとも味のあるダイハツ販売協力店ではないか!
思えば、ボクはそう思いながら、7年間もその前を通過していた。
そこで先日、勇気をもって道路からステアリングを切り、「プラットナー」という名の、その店にクルマを滑り込ませた。
「ごめんくださぁい!」
例の山小屋風建屋に人影はない。それどころか、よく見ると、中に止められているクルマにダイハツ車はない。
間もなく奥に、もうひとつ一軒家があることに気づいた。
1階部分の奥に人影があるので、窓をたたくと人が出てきた。エルヴィンさんとベルンハルトさんという兄弟だった。
彼らは、35年にわたり、この地でガレージを営んでいるという。そして「かつて、ダイハツとセアトの新車を扱っていたよ」と教えてくれた。
たしかに敷地内には、スペインを本拠とするフォルクスワーゲン系ブランド、セアトの看板が退色しながら、いくつも放置されている。
なお彼らは、欧州撤退より前にダイハツ車の扱いを返上し、現在は修理と、原付き免許で乗れるフランス製マイクロカーの販売に専念しているという。どうりで、ダイハツ車がなかったわけだ。
ダイハツ時代に培った信頼
彼らによると、ダイハツ車は最盛期、オーストリア全体で年間5000台近く販売されていたという。どのようなモデルを、どのような人が買っていたのだろう?
すると、「一番人気があったのは四駆だったね」と、即座に教えてくれた。往年の「タフト」や前述の「テリオス」を指すのだろう。
「特にこの一帯は、農家や高地に住む人が多い。そうした人たちに、ダイハツは最も手頃で丈夫な4WD車として、重宝がられたんだよ」
そしてベルンハルトさんは、こう付け加えた。
「私たちのおやじも持ってたよ。狩猟が好きだったからね」
仕事以外に、ホビーの足にも、ダイハツは気兼ねなく使える格好のクルマだったのだ。
それを聞いてボクが思い出したのは、1950年代末に日本で放映されたドラマ『ダイハツコメディ やりくりアパート』における、伝説の生コマーシャルだ。
若き日の大村崑と佐々十郎は、初代「ダイハツ・ミゼット」の前で「便利なクルマ、ミゼット!」「一番小回りの利くクルマ、ミゼット!」「一番お安いクルマ、ミゼット!」と連呼する。
便利・手軽・手頃という当時のダイハツ車のチャームポイントは、時空を超えて遠くこのチロルでも生きていたことになる。ダイハツは、ぶれない。
今、彼らのガレージの前の街道には、スキーやスノーボードを積んだ、日本ブランドのゴージャスなSUVやスタイリッシュなクロスオーバーが往来する。
欧州市場の最終期、ダイハツは日本ブランドで唯一の全モデル日本製を売りにしていた。考えれば、それはコスト増につながるハンディとなってしまったこともたしかだ。
それはともかく、エルヴィン&ベルンハルト兄弟のような人たちが小さな村で地道にダイハツを支えていたからこそ、日本ブランド全体の高いイメージと信頼が培われたのだ。
「それじゃ、ボクはちょっと失礼」
エルヴィンさんはそう言って、クルマに乗り込んだ。ウィンドウ越しに前歯を差しながら笑っている。
走り去って行く兄貴のクルマを眺めながら、ベルンハルトさんは教えてくれた。「兄貴は欠けちゃった歯を直すんだよ」。ようやく歯医者に行ける時間がとれたらしい。
歯を直す間もない忙しさ。彼らは今でこそダイハツは売っていない。しかし、ダイハツ取り扱い時代に築いた信用で今も村のお客さんがつながっている。チロルの村でボクは、そう読んだのであった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第932回:参加者9000人! レトロ自転車イベントが教えてくれるもの 2025.10.16 イタリア・シエナで9000人もの愛好家が集うレトロ自転車の走行会「Eroica(エロイカ)」が開催された。未舗装路も走るこの過酷なイベントが、人々を引きつけてやまない理由とは? 最新のモデルにはないレトロな自転車の魅力とは? 大矢アキオがリポートする。
-
第931回:幻ですカー 主要ブランド製なのにめったに見ないあのクルマ 2025.10.9 確かにラインナップされているはずなのに、路上でほとんど見かけない! そんな不思議な「幻ですカー」を、イタリア在住の大矢アキオ氏が紹介。幻のクルマが誕生する背景を考察しつつ、人気車種にはない風情に思いをはせた。
-
第930回:日本未上陸ブランドも見逃すな! 追報「IAAモビリティー2025」 2025.10.2 コラムニストの大矢アキオが、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」をリポート。そこで感じた、欧州の、世界の自動車マーケットの趨勢(すうせい)とは? 新興の電気自動車メーカーの勢いを肌で感じ、日本の自動車メーカーに警鐘を鳴らす。
-
第929回:販売終了後も大人気! 「あのアルファ・ロメオ」が暗示するもの 2025.9.25 何年も前に生産を終えているのに、今でも人気は健在! ちょっと古い“あのアルファ・ロメオ”が、依然イタリアで愛されている理由とは? ちょっと不思議な人気の理由と、それが暗示する今日のクルマづくりの難しさを、イタリア在住の大矢アキオが考察する。
-
第928回:「IAAモビリティー2025」見聞録 ―新デザイン言語、現実派、そしてチャイナパワー― 2025.9.18 ドイツ・ミュンヘンで開催された「IAAモビリティー」を、コラムニストの大矢アキオが取材。欧州屈指の規模を誇る自動車ショーで感じた、トレンドの変化と新たな潮流とは? 進出を強める中国勢の動向は? 会場で感じた欧州の今をリポートする。
-
NEW
トヨタ・カローラ クロスGRスポーツ(4WD/CVT)【試乗記】
2025.10.21試乗記「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジに合わせて追加設定された、初のスポーティーグレード「GRスポーツ」に試乗。排気量をアップしたハイブリッドパワートレインや強化されたボディー、そして専用セッティングのリアサスが織りなす走りの印象を報告する。 -
NEW
SUVやミニバンに備わるリアワイパーがセダンに少ないのはなぜ?
2025.10.21あの多田哲哉のクルマQ&ASUVやミニバンではリアウィンドウにワイパーが装着されているのが一般的なのに、セダンでの装着例は非常に少ない。その理由は? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。 -
2025-2026 Winter webCGタイヤセレクション
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>2025-2026 Winterシーズンに注目のタイヤをwebCGが独自にリポート。一年を通して履き替えいらずのオールシーズンタイヤか、それともスノー/アイス性能に磨きをかけ、より進化したスタッドレスタイヤか。最新ラインナップを詳しく紹介する。 -
進化したオールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2」の走りを体感
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>欧州・北米に続き、ネクセンの最新オールシーズンタイヤ「N-BLUE 4Season 2(エヌブルー4シーズン2)」が日本にも上陸。進化したその性能は、いかなるものなのか。「ルノー・カングー」に装着したオーナーのロングドライブに同行し、リアルな評価を聞いた。 -
ウインターライフが変わる・広がる ダンロップ「シンクロウェザー」の真価
2025.10.202025-2026 Winter webCGタイヤセレクション<AD>あらゆる路面にシンクロし、四季を通して高い性能を発揮する、ダンロップのオールシーズンタイヤ「シンクロウェザー」。そのウインター性能はどれほどのものか? 横浜、河口湖、八ヶ岳の3拠点生活を送る自動車ヘビーユーザーが、冬の八ヶ岳でその真価に触れた。 -
第321回:私の名前を覚えていますか
2025.10.20カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。24年ぶりに復活したホンダの新型「プレリュード」がリバイバルヒットを飛ばすなか、その陰でひっそりと消えていく2ドアクーペがある。今回はスペシャリティークーペについて、カーマニア的に考察した。