第6回:圏央道開通!! ただし7割(その5)
高尾山トンネル工事のギモン
2014.09.27
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
その「大丈夫」はホントですか?
すぐ手前に八王子JCTを造ったのだから、それを利用すれば高尾山にトンネルを掘らずに済んだろうに、と思うのである。
国宝級の自然遺産、高尾山はいにしえより1200年間も守られてきた。そこに自動車トンネルを掘って、そのせいで地下水脈を破壊されてしまったらどうなる!? ご先祖のみなさまが守り続けてきた森は大丈夫なのか!?
建設を進めた国土交通省は、心配ご無用と言っていた。
「高尾山をはじめとした自然豊かな地域を通過することから、周辺の自然環境の保全に万全の措置を講じながら事業を推進していくこととし、トンネル工事中も必要な観測態勢をとるなど、環境への影響に配慮しながら工事を進めることとしています」(国交省・相武国道事務所のサイトより一部引用)
「あんたの『大丈夫』が大丈夫だったためしはない」
うちの奥さんの口癖で、ここで言う「あんた」とは、もちろん私だけれど、しかし、当の私としては、この言葉を、そっくりそのまま相武国道事務所に贈りたい。なにしろ、ひとつ手前の八王子城跡トンネル工事で、ぜんぜん大丈夫じゃない出来事が起こっているからだ。
トンネル工事に際してのボーリング調査の後、420年前、八王子城が築かれるときに掘られたという由緒ある井戸の水量が減少したのである(国道事務所は降雨量の減少が原因と言っている)。その後も異変は続いた。城主、北条氏照の居館があった御主殿跡の下に「御主殿の滝」が流れているのだけれど、その滝を流れる水の量が減ってしまったのだ。
と、なると、同じ工法で同じ地層の高尾山にトンネルを掘るわけだから、そりゃ、大丈夫なのか、と心配になるのは当然で、市民団体が、トンネル工事の事業認定の取り消しを求める裁判を東京地裁に起こしたのも無理もない話ではないか。
拡大 |
自然は壊れてしまったら再生できない
しかし、裁判の結果は、原告側の敗訴。つまり、市民団体の主張は退けられた。判決文のなかで、裁判所は、「トンネル工事によって高尾山周辺の自然に影響がでるおそれがある」と認めたものの、それでも高尾山トンネルには公共性があるとしたのである。
そりゃ、そうだろう。たとえどんな場所であろうと、道路を建設すれば便利になる人は必ずいるわけなのだから。でも、ね、と思う。だからと言って、高尾山にトンネルを掘るっていうのはどうなの、と。日本橋の上に首都高を造って、何十年かたって、こりゃ、やっぱり見栄えが悪いという議論になり、じゃ、地下に造り直そうかというのとはわけが違う。高尾山の自然は、壊れてしまったら、もういっぺん再生、なんてできないのだ。
かつて、山の歴史や成り立ちを勉強する際に私が最初に手にした『山の自然学』(岩波新書)。その本の著者で、東京学芸大学の自然地理学の小泉武栄教授が書いている。
「国家的財産というべき高尾山にトンネルを掘るのは、法隆寺の庭を貫いて道路を造るようなものなのですが、困ったことに、造る側にはそういう意識がまるでなさそうに見えます。人間が造った文化財の大切さは理解できるようなのですが、自然が長い年月をかけて造りだした自然の文化財については、その重要性がよくわかっていないようです」
安全も環境も二の次に置いて、日本がひたすら高度成長を目指した時代に計画された全総(全国総合開発計画・第2回参照)が、圏央道のそもそもの出発点である。あれから50年以上が過ぎ社会をとりまく状況はまるで変わり、しかも、高尾山のとてつもない価値が明らかになった後も、なにが何でも圏央道建設に変更はないという時代錯誤の姿勢。すぐ手前に八王子JCTを造ったのだから、それを利用して迂回(うかい)するなり方策はあるだろうにと思うのだけれど、「自然に配慮した工法だから大丈夫」の一点張りでのトンネル工事だった。
高尾山の自然が本当に守れるのか、私は心配で仕方がない。この先、何年か何十年かして高尾山の森に異変が起きてしまったら、この時代に生きる人間のひとりとして、ご先祖さま方に顔向けができないし、未来に申し訳ない、と私は思うわけなのである。
(つづく)
(文=矢貫 隆)
拡大 |

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
第31回:「制限速度120km/h へ引き上げ」の背景にあるもの(最終回)
絶対の自信あり 2016.8.11 交通事故が多発し「スピードは悪」とされた時代には考えられなかった制限速度の見直し。時代は変わり、今回警察庁は高速道路の制限速度引き上げを決定した。その理由は? 背景には何があるのか? シリーズ最終回。矢貫 隆が解説する。 -
第30回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その3)
「なぜ120km/hなのか」のわけ 2016.8.4 賛否両論ある高速道路の制限速度引き上げ問題。制限速度を引き上げるにしても、なぜ120km/hなのか? それには「自動車専用道路の設計速度」が関係しているという。矢貫 隆が詳しく解説する。 -
第29回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その2)
印象と現実は違う、かも 2016.7.28 高速道路の制限速度引き上げについては、自動車の性能や実勢速度を考えれば当然という声もあれば、速度差が大きくなって危険が増えるのでは、という意見も。他車との速度差があると何が起きるのか? 速度引き上げ想定道路のひとつ、新東名を走ってみた。 -
第28回:「制限速度120km/hへ引き上げ」の背景にあるもの(その1)
プロローグは「昔の思い出」 2016.7.21 警察庁の発表直後こそメディアは120km/h時代の到来を報じたが、それから3カ月、なぜ今、なのか、なぜ120km/hなのか、なぜ限定的な区間だけなのか等についての続報がいっこうに伝わってこない。だから矢貫 隆が、今、それを語る。 -
第27回:元リーフタクシー運転手、最新型リーフに仰天する(最終回)
俺、感動しちゃったよ(小さな旅編) 2016.4.14 最新型「日産リーフ」で横浜から小田原の漁港に向かった、元リーフタクシー運転手の矢貫 隆。「航続距離200kmはいける」「約6000基の急速充電器」という数字のすごさを実感しながら、今回の旅を振り返る。
-
NEW
「レクサスLSコンセプト」にはなぜタイヤが6つ必要なのか
2025.11.19デイリーコラムジャパンモビリティショー2025に展示された「レクサスLSコンセプト」は、「次のLSはミニバンになっちゃうの?」と人々を驚かせると同時に、リア4輪の6輪化でも話題を振りまいた。次世代のレクサスのフラッグシップが6輪を必要とするのはなぜだろうか。 -
NEW
第92回:ジャパンモビリティショー大総括!(その1) ―新型「日産エルグランド」は「トヨタ・アルファード」に勝てるのか!?―
2025.11.19カーデザイン曼荼羅盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」をカーデザイン視点で大総括! 1回目は、webCGでも一番のアクセスを集めた「日産エルグランド」をフィーチャーする。16年ぶりに登場した新型は、あの“高級ミニバンの絶対王者”を破れるのか!? -
NEW
ポルシェ911カレラGTSカブリオレ(RR/8AT)【試乗記】
2025.11.19試乗記最新の「ポルシェ911」=992.2型から「カレラGTSカブリオレ」をチョイス。話題のハイブリッドパワートレインにオープントップボディーを組み合わせたぜいたくな仕様だ。富士山麓のワインディングロードで乗った印象をリポートする。 -
第853回:ホンダが、スズキが、中・印メーカーが覇を競う! 世界最大のバイクの祭典「EICMA 2025」見聞録
2025.11.18エディターから一言世界最大級の規模を誇る、モーターサイクルと関連商品の展示会「EICMA(エイクマ/ミラノモーターサイクルショー)」。会場の話題をさらった日本メーカーのバイクとは? 伸長を続ける中国/インド勢の勢いとは? ライターの河野正士がリポートする。 -
第852回:『風雲! たけし城』みたいなクロカン競技 「ディフェンダートロフィー」の日本予選をリポート
2025.11.18エディターから一言「ディフェンダー」の名を冠したアドベンチャーコンペティション「ディフェンダートロフィー」の日本予選が開催された。オフロードを走るだけでなく、ドライバー自身の精神力と体力も問われる競技内容になっているのが特徴だ。世界大会への切符を手にしたのは誰だ? -
第50回:赤字必至(!?)の“日本専用ガイシャ” 「BYDラッコ」の日本担当エンジニアを直撃
2025.11.18小沢コージの勢いまかせ!! リターンズかねて予告されていたBYDの日本向け軽電気自動車が、「BYDラッコ」として発表された。日本の自動車販売の中心であるスーパーハイトワゴンとはいえ、見込める販売台数は限られたもの。一体どうやって商売にするのだろうか。小沢コージが関係者を直撃!
