第98回:モノマネ中年男たちがミニの旅で見つけたものは?
『イタリアは呼んでいる』
2015.05.01
読んでますカー、観てますカー
旅とグルメの映画ではない
テラスで電話を受けてイタリア取材の誘いに応じた次のカットでは、もうバローロあたりでぶどう畑の中を走っている。目のくらむようなスピード感だ。車内ではふたりの男が大阪のおばちゃんもかくやという勢いでしゃべり続けている。彼らが何者であるのか、何を目的に旅しているのか、よくわからないままに物語が進行していく。爆裂トークは最後までノンストップだ。セリフ量は橋田ドラマをもしのぐ。一体これは、何の映画なのか。
『イタリアは呼んでいる』というタイトルからは、風光明媚(めいび)な名勝地をめぐる旅の映画だと想像できる。それは誤った推測ではない。ピエモンテ州からトスカーナ、ローマを通ってカプリ島までの5泊6日の旅が描かれる。そして、イタリアといえば美食とワインだ。各地の一流レストランで土地の食材を使ったおいしそうな料理を食べるシーンがふんだんに登場する。
ならば、この映画を観れば自分も陽光あふれるイタリアの風景を舞台にグルメを楽しんでいる気分になり、しばし幸せな気分にひたれるというわけか。残念ながら、それは違う。監督はマイケル・ウィンターボトム、“普通”の映画を撮ると思ったら大間違いだ。この映画にはさまざまな仕掛けが隠されていて、お気楽モードで観られる作品ではない。ウキウキ気分で映画館に出掛けたマダムたちには、まことにお気の毒さまと申し上げる。
事前に観ておきたい『ミニミニ大作戦』
アメリカでは最初3館という超小規模公開だったが、口コミで絶賛されて204館まで拡大し、ロングランヒットになったという。理由ははっきりしている。セリフの中に有名な映画のシーンがちりばめられており、見事なモノマネが披露されるのだ。主人公のふたりの男、スティーヴとロブを演じるのはスティーヴ・クーガンとロブ・ブライドン。どちらもイギリスのショービジネス界では大人気の俳優・コメディアンで、名前でわかるように本人を演じている。
通常の会話をしていると思ったら突然モノマネが始まるので、どこからが本気なのか判然としない。職業病というべきか、声色にまぎらせてしか本音を話せない体になってしまっている。レパートリーは広く、アル・パチーノ、ヒュー・グラント、ロバート・デ・ニーロ、歴代ジェームズ・ボンドなど、縦横無尽である。ふたりとも自分のほうが上手だと言って聞かないから、アドリブが続いてどんどん本題から外れていく。かわいそうなのは、残酷なモノマネでコケにされていたマイケル・ケインやトム・ハーディだ。
ただ、残念なことに日本人の耳ではすべてを理解するのは難しそうだ。英語圏の人間ならばもっと面白さがわかったはずだと思うと、残念な気がする。日本でもぜひ同じような映画を作ってもらいたい。キャストは関根勤と竹中直人でどうだろう。
セリフの意味を知るためには、映画の知識も欠かせない。『ゴッドファーザー』シリーズ、『007』シリーズ、『ダークナイト』三部作は押さえておいたほうがよさそうだ。『ノッティングヒルの恋人』『ダーティハリー』などからも重要なセリフが引用されている。クルマ好きならば、『ミニミニ大作戦』は当然観ておくべきだ。
イタリア旅行はオープンカーで
スティーヴとロブが乗っているのは、「MINIクーパーS コンバーチブル」である。このクルマを選んだ理由が1969年の映画『ミニミニ大作戦』なのだ。ロンドンからイタリアのトリノに金塊を盗みにくる話で、自らを泥棒たちに重ね合わせている。あの映画ではユニオンジャックカラーの「オースチンMINIクーパーS」が大活躍した。2003年のリメイク版では、BMW版の「MINIクーパーS」が使われている。どちらもクーペボディーだったが、今回はコンバーチブルなのはなぜか。オープンを選んだことには、もうひとつの映画がからんでいる。
『イタリアは呼んでいる』というのは苦肉の策の邦題で、もとは『The Trip to Italy』という至ってそっけないものだ。ロベルト・ロッセリーニの『イタリア旅行』(原題は『Viaggio in Italia』)と同じである。1953年の作品で、ロッセリーニは当時関係が悪化し始めていた妻イングリッド・バーグマンへの嫌がらせという極めて正当な動機で撮影した。あの映画では、バーグマンとジョージ・サンダースが演じる夫婦が「ベントレーMk.VIドロップヘッドクーペ」でナポリを訪れていた。
この映画を観たゴダールは、「男と女と1台のクルマがあれば映画ができる」ことを確信したと言われている。そうであれば、「男と男と1台のクルマがあれば映画ができる」というのも真理だ。ウィンターボトムはそれを証明してみせたわけだが、2台のオープンカーは対照的な扱いを受けていた。『イタリア旅行』ではほろは一度もおろされることがないが、『イタリアは呼んでいる』ではホコリっぽいローマ市街を除けばずっとフルオープンにしていた。
ここには、乗っている人の関係性が見事に示されている。倦怠(けんたい)期の夫婦は、オープンエアモータリングを楽しむ気などさらさらない。密室の中で、互いに憎悪の種を育てていく。屈託なくバカ話で盛り上がる男たちのようにはなれないのだ。どうやら、男と女より男と男の関係のほうが長続きするものらしい。
料理と同じ扱いの運転シーン
スティーヴとロブの会話は、映画にとどまらない広がりを見せる。イタリアで放蕩(ほうとう)生活を送ったロマン主義の詩人バイロンとシェリーの足跡をたどり、自らの生活と重ねあわせて感傷にふけったりもする。インテリじみた顔を見せるわけだが、実際にスティーヴはジュディ・デンチと共演した『あなたを抱きしめるまで』(落涙必至の傑作!)では脚本も担当していた才人だ。
彼はウィンターボトム映画の常連でもある。2002年の『24アワー・パーティ・ピープル』では、80年代のマンチェスター・ムーブメントの立役者トニー・ウィルソンを楽しそうに演じていた。盟友であるロブとは、イギリス各地のレストランを食べ歩くというコメディー作品『スティーヴとロブのグルメトリップ』で共演している。オブザーバー紙でグルメ記事を書いたことがあり、それが好評だったためイタリア紀行の依頼がきたというこの映画の設定は、事実に基づいているのだ。
だから、レストランは重要な取材現場ということになる。しかし、彼らは食事中もモノマネに夢中で、真剣に味わっているようには見えない。さしておいしそうに食べるようでもなく、グルメリポーターとしては失格である。ついにはタコを食べながらイカだと思いこむ始末で、どちらかというとバカ舌の持ち主かもしれない。
食事のシーンでは、毎回不思議なカット割りが採用されている。ふたりがモノマネ合戦をエスカレートさせていく中に、キッチンでシェフが真剣に調理しているドキュメンタリータッチの映像が繰り返し挿入されるのだ。直接のつながりのない場面を交互に見せられるので、観客は不安な気持ちにさいなまれる。料理と同じ扱いで撮影されるのは、MINIを運転している映像だ。ここでもふたりの間では与太(よた)話が展開されていて、奇怪なタイミングでクルマが走行する映像がはさみ込まれる。
スティーヴとロブはイタリアの美しい景色の中を駆け抜け、絶品料理に舌鼓を打つ。しかし、彼らはそれを映画の知識や俳優のセリフを通して間接的に体験しているにすぎない。それでも料理とクルマは、拒否しがたい物質性を帯びて彼らの前に立ち現れる。旅は終わり、自分と向き合う時が来たのだ。『イタリア旅行』ではラストに唐突な救済が用意されていたが、ウィンターボトムは容赦しない。スティーヴもロブも、悲しいことに立派なオトナなのだ。ああ、いつまでも他愛(たあい)のない話をしながらオープンカーでドライブできたらいいのに!
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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