第17回:自転車――改正道交法が語る“意味”(最終回)
「自転車対策」という難題
2015.08.05
矢貫 隆の現場が俺を呼んでいる!?
厄介な問題
長い下り坂の先には信号機付きの交差点があって、そこから向こうは、こんどは長い上り坂になっている。うちの近所は高台にあるものだから、そんな地形の道がある。
ここを通るたびに、この自転車乗り、「自分は交通事故とは無縁」とか思っているんだろうな、と、いや、事故とかなんとか、そういう思考がそもそもないのかもしれないな、とあきれてしまう場面に、いつもいつも遭遇する。
長い下り坂にさしかかった自転車、こりゃ楽ちんとばかり、ノーブレーキで突っ走り、その勢いで信号の先の上り坂に向かっていく。スポーツサイクルもママチャリも、電動アシスト付きも、そして驚くべきは、前後の幼児用補助椅子に幼いわが子を乗せた若い母親までもが、なのだ。
何かの拍子に自転車がコケたらどうなるんだろう。そんな心配、全然してない幼児を乗せた母親。交差点で信号の変わりっぱなに交差方向からクルマが突っ込んでくるかも……、なんて、まるで考えているとは思えない兄ちゃん姉ちゃんたち。遭遇するたびに怖くなる私なのである。
と、その話は横に置いておく。
高度成長時代からこっち、混合交通社会はどんどん複雑化してきたわけだけれど、それから先の話を3行半にまとめると、自動車メーカーを筆頭にした民間企業の安全技術の開発、国交省、警察など、みんなの努力の積み重ねで、時代ごとに特徴がある「事故多発」(注1)という状況を乗り越えてきて今に至っている、となる。
ところが、ここにきて、混合交通社会の歴史のなかで、かつてないほど厄介な問題が起こってきた。
対応策
自転車問題である。
なぜ厄介?
例えば、と、思いつく事態をあげてみよう。
・自転車乗りの意識は個人差がものすごく大きいのだけれど、多くの場合、「自転車は車両」であるという意識に欠けている。意識はあるけれど行動が伴っていないケースも多い。理由はさまざまなのだろうが、運転免許が必要じゃない乗り物だから、交通違反を犯しても反則金とか、免停とかがないという事実が関係あるのかもしれない(注2)。
・車両なのだから歩行者として扱うわけにはいかず、かといって、現実の交通流のなかでママチャリの類いの軽車両を完全に車両扱いして大丈夫なのかという心配は誰が考えたってある。ならば、どう扱ったらいいのか?
・歩道を走ると歩行者に危険がおよぶことがある。車道を走ったのでは自転車乗りが危ない目に遭う。つまり、走る場所がない。
・時速40kmくらいで巡行できるスポーツサイクルも、前後に幼児を乗せたママチャリも、ひとくくりで「自転車」。両者は、用途も性能も、天と地ほども違っていて、客観的に判断すれば、形は似ているけれど、まったく別の乗り物と考えた方がいい。
・といった一連の問題を抱えた自転車が徐々に増えだし、さらに、東日本大震災からこっち激増した。
交通戦争という時代を経て歩行者と自動車の安全対策は劇的に進められてきたけれど、そこに自転車はなかった。
対策が十分にないところにもってきての自転車の激増だから、そりゃ、現場は混乱する。しかも……。
しかも?
混乱する現場は、同じ「道路」でありながら、「生活道路での混乱」と「幹線道路での混乱」というふたつの混乱があるのが、また厄介なところだ。
ちょっと頭をひねったくらいではとうてい“対策”など浮かびそうもないのが生活道路での混乱、無法、無謀っぷりである。冒頭で書いたうちの近所の実態は、まさに、その極端な例だといっていい。
他方、幹線道路での混乱ぶりに対しては「何かやりようがあるんじゃなかろうか」と、警察庁は考えたのだろうと思う。
歩道を拡張して自転車通行帯を設置するとか、そういうスペースがないところでは自転車ナビラインを導入してみるとか……。
そして、自転車対策としての道交法改正とか。
要するに、
要するに?
まずは、総合的な自転車対策を構成する重要な要素(第16回参照)としての改正道交法施行。
そして、
まずは、幹線道路から。
2015年6月1日に指導・取り締まりの現場(第13回参照)をまわってみた私は、ああ、こういうことなのか、と、意味を理解したのだった。
(文=矢貫 隆)
(注1)1970年に交通事故死者数が1万6765人に達した「交通戦争」の時代、それに続くオートバイブームでの二輪車事故の多発。バブル期の、年を追うごとに劇的に増えた新車販売台数と、時期を同じくして起こった「第2次交通戦争」。この間、道路交通は多様化を続けてきた。
(注2)自転車事故が話題になると、必ず「自転車も免許制に」を言いだす人が現れる。ママチャリに免許? 幼児の自転車に免許? 「自転車も免許制に」は、まるで現実的な意見ではない。

矢貫 隆
1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。現在『CAR GRAPHIC』誌で「矢貫 隆のニッポンジドウシャ奇譚」を連載中。『自殺―生き残りの証言』(文春文庫)、『刑場に消ゆ』(文藝春秋)、『タクシー運転手が教える秘密の京都』(文藝春秋)など、著書多数。
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