第410回:【Movie】フィアットのお膝元で
大矢アキオ、捨て身の路上調査員「トリノ編」
2015.08.07
マッキナ あらモーダ!
3台に1台が!
自動車雑誌ではわからない、生の路上風景を見て感じていただく「捨て身の路上調査員」シリーズ、今回はフィアット創業の地、トリノ編である。
トリノの中央駅ポルタ・ヌオーヴァ周辺のある街路で、一方向に走るクルマたちを約10分間数えてみた。結果は以下のとおりである。
フィアット:65台
ランチア:12台
フォルクスワーゲン:11台
トヨタ:9台
アルファ・ロメオ、BMW、オペル:各8台
フォード、メルセデス・ベンツ:各7台
ルノー、アウディ、日産:各6台
MINI:5台
シトロエン、プジョー:各4台
ジープ、セアト、シュコダ、マツダ、スズキ:各3台
スマート、ボルボ、ホンダ:各2台
キア、韓国GM製シボレー、ランドローバー:各1台
(商用車、タクシー、カーシェアリングを除く)
なんと全197台中65台、約3台に1台以上がフィアットブランド車だ。アルファ・ロメオ、ランチアそしてジープの各ブランドも含めると88台だから、44%がFCA(フィアット・クライスラー)系ということになる。前回のイタリア中部トスカーナ(第402回参照)の結果を再確認すると26%ちょっと。同じイタリアでも、FCA系が多いのは、さすがトリノである。
ちなみに、2015年6月のイタリア国内新車登録台数のうち、FCA系の占める割合は28.5%だった。直接の比較には適さないが、トリノにおけるFCA車の濃度の高さがおわかりいただけるだろう。
シェア向上の影に「誇り」と「郷愁」
もちろん背景には、フィアット従業員を対象とした割引制度があることは明らかだ。市内にある直営ショールーム「ミラフィオーリ・モータービレッジ」における社員販売の比率は6割にのぼる。
同時に、2007年に登場した「フィアット500」のヒットで醸成された好感ムードを引き金に、従業員以外の人々もFCA系に回帰してきたのは間違いない。
マルキオンネ現CEOが就任して経営危機対策に乗り出す2004年以前、トリノ市内で新型車といえば、「オペル・コルサ」や「フォード・フィエスタ」、そして「トヨタ・ヤリス(日本名:ヴィッツ)」などがやたら目立っていた時代があった。今は、現行「フィアット・パンダ」や「ランチア・イプシロン」が縦横に走り回っているのはもちろん、「フィアット500L」、「ジープ・レネゲード」といった比較的新しいモデルも頻繁に見かける。
いっぽうで時代による人気の浮沈に左右されず、フィアットに熱い思いを抱くトリネーゼも少なくない。少し前、地元のヒストリックカー系イベントに顔を出したとき、あるお年寄りはこう語ってくれたものだ。
「モデナのフェラーリやマセラティは、私たちにとってリスペクトする対象だ。しかし、この国の一般人にモータリゼーションをもたらしたのは、トリノのフィアットなんだよ」
また、この春トリノ市街のメルカートを訪れたとき、長年トリノに住んでいるというおじさんは、ボクにこう話してくれた。
「1970年のトリノは110万人の人口を擁していて、11万人がフィアットで働いていたんだ」
人口の10人に1人が従業員だったというわけだ。
おじさんの話は続く。
「夏休み前日の出勤日は、従業員通用口の前に家族が乗りつけたフィアットがずらっと並ぶんだ。そして仕事が終わると、そのままバカンスへ旅立つ風景が繰り返されたもんだよ」。
フィアット車のシェアが高いのは、こうしたトリネーゼの長年にわたるプライドとノスタルジーも隠されているのである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)
(撮影と編集=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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