第446回:日本車には「力士」がよく似合う!?
イタリアの最新クルマ広告事情
2016.04.22
マッキナ あらモーダ!
伝説的広告コピーを生んだフィアット
「メルセデス・ベンツのスリーポインテッド・スターは、創業者のひとりゴットリープ・ダイムラーが、発明したエンジンを陸で、海で、そして空で広く使われることを願ってデザインされたものである」。このエピソードは、本エッセイの読者にとっては「耳にタコ」だろう。
実は、アルプスを越えた向こうのフィアットも、「Terra Mare Cielo(イタリア語で陸、海、空)」を第2次大戦の前後、スローガンとして用いていた。
すでに鉄道車両部門は2000年にフランスのアルストーム社に、航空機部門「フィアット・アヴィオ」も2003年に売却されている。それでも、往年のフィアットを語るとき、古いイタリア人は、この「テッラ、マーレ、チエロ」を忘れず口にする。伝説的名コピーといえる。
今日イタリアにおけるイタリア車の広告コピーは、どのような感じなのか? まずは、フィアットブランドから見てみよう。
本エッセイの第428回で、トルコ工場製の「ティーポ」は「わずかな費用で、たっぷり(装備)」と、かなり直球勝負なコピーで発売されたことを記した。一方、昨2015年にビッグマイナーチェンジが行われた「500」のコピーはといえば、「より大胆に、よりつながる、いつも500」だ。フロントバンパー下のグリルをはじめ、よりきらびやかになったディテールや、インフォテインメントシステム「Uコネクト」が装備されたことを、さりげなくアピールしている。
やっぱりアルファはサマになる
次は、アルファ・ロメオ。話題の新型「ジュリア」については「感動のために、より力強く」というコピーが付けられている。そしてスタイリングの解説には、「再び、情熱の火をつけるために」とある。アルファは、いつも「熱い」系の言葉が多い。
とはいうものの、かつて先代の「ジュリエッタ」が登場したとき、ひとりの女性の写真の脇に印刷されたコピーは「私はジュリエッタ」。ラジオでも「私はジュリエッタ」の声が繰り返された。宇宙戦艦ヤマト世代のボクは「私はイスカンダルのスターシア」を思い出してしまった。日本でコピーライターが提案したら即ボツになってしまいそうなベタなフレーズでもサマになる。アルファは得である。
ランチアの「イプシロン」の広告に記されたフレーズは「上流のシティーカー」だ。先代フィアット500をベースにしながらも独自のシックな雰囲気をたたえていた祖先「アウトビアンキ・ビアンキーナ」のコピー「小さな高級車」を受け継いだものといえる。事実上、もはや唯一の量産ランチアとなったイプシロンだが、商品のキャラクターから広告コピーまで、ほかのどのフィアットグループ系車種よりも「ぶれていない」のがわかる。
日本車も見てみよう。こちらでも自動車誌がこぞって採り上げ始めた新型「プリウス」のコピーは「ニューモビリティー・アイコン」である。おっと、意外に凡庸だ。
だが非英語圏であるこの国で、英語のフレーズにシビれるイタリア人は少なくない。「商品の特性をシンプルに訴求する」「あまり難しくない」ことを求めると、このあたりが落としどころと思われる。
いつまでたっても「日本=どすこい」
次はイタリアにおける日産である。「370Zロードスター」のコピーは「Zの魅力、バイクの感動」だ。イタリアでは、ビッグスクーターも含め、実は二輪大好きなドライバーが多い。そのあたりをよく心得たキャッチといえよう。
しかしながら、自動車広告で先日戸惑ってしまったのは、イタリアにおける三菱製ピックアップ「L200」のものである。「ジャパン・パワー」というコピーのもと、力士風のモデルがこちらをにらんでいる。
こうした相撲キャラクターは、イタリアやフランスにおける自動車広告で何度となく目にしてきた。どう見ても外国人風なのは、本場日本で外国人横綱がいる昨今、別に何の問題もない。ただしモデルの人物は「まげ」や「まわし」がどことなくぎこちない。体の肉の“つきどころ”“しまりどころ”も、実際のプロの力士とは違う。
思い出すのは、あの『スチュワーデス物語』の著者で、国際企業で働くサラリーマンの描写を得意とした故・深田祐介氏による『日本悪妻に乾杯』だ。
ヨーロッパ駐在員となった家電メーカーの主人公は、現地の代理店が制作した、力士風人物がテレビを担いでいる広告に当惑する。執筆されたのは1970年代末。当時からその手の広告が実在したとすると、35年以上もこの日本ブランド=力士のステレオタイプは生き続けていることになる。
かつて、サルコジ前フランス大統領が相撲を評し、「ポマードを塗った太った男が闘う競技の魅力がわからない」という趣旨の発言をして物議を醸したことがあった。実際には、政敵で相撲ファンのジャック・シラク元大統領を皮肉ったものだったが、もしやサルコジ氏の脳裏には、こうした広告のイメージが浮かんだのでは? と思うと、なんとも複雑な心境になる。
しかし、イタリアでSUMOを知る人は少なくないし、韓国や中国のブランドと混同されるのを避ける手っ取り早い手段として、こうした「なんちゃって力士」は、まだまだどこかの広告に登場するに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
レクサスLFAコンセプト
2025.12.5画像・写真トヨタ自動車が、BEVスポーツカーの新たなコンセプトモデル「レクサスLFAコンセプト」を世界初公開。2025年12月5日に開催された発表会での、展示車両の姿を写真で紹介する。 -
NEW
トヨタGR GT/GR GT3
2025.12.5画像・写真2025年12月5日、TOYOTA GAZOO Racingが開発を進める新型スーパースポーツモデル「GR GT」と、同モデルをベースとする競技用マシン「GR GT3」が世界初公開された。発表会場における展示車両の外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
バランスドエンジンってなにがスゴいの? ―誤解されがちな手組み&バランスどりの本当のメリット―
2025.12.5デイリーコラムハイパフォーマンスカーやスポーティーな限定車などの資料で時折目にする、「バランスどりされたエンジン」「手組みのエンジン」という文句。しかしアナタは、その利点を理解していますか? 誤解されがちなバランスドエンジンの、本当のメリットを解説する。 -
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。
