マクラーレン675LTスパイダー(MR/7AT)
風を味方につけたロングテール 2016.04.29 試乗記 栄光の「LT(ロングテール)」ネームを冠するマクラーレンが、オープンボディーをまとって帰ってきた。675psを誇る「675LTスパイダー」はクーペ同様500台の限定。ただし、発売後わずか2週間で完売したそうなのでご注意を。英国スコットランドで試乗した。F1チーム並みの速度で成長
最近、マクラーレン・オートモーティブがプレゼンテーションで好んで用いるチャートがある。それは自動車史を示した年表で、その始まりにあたる左端に記されているのはカール・ベンツが自動車を発明した1885年。そして1903年にはフォード、1910年にはアストンマーティンが設立されたが、マクラーレンの原型というべきブルース・マクラーレン・モーターレーシングの創業は1963年で、彼らが実際に「マクラーレンF1」でロードカーの発売にこぎ着けたのは1992年と、いずれもはるかに最近のこと。それから社内体制が2度ほど大きく変わり、マクラーレン・オートモーティブが現在の姿になったのは2010年で、翌2011年には第1作の「MP4/12C」が発売された。その後は「一年に最低でも1モデルを投入する」とのストラテジーに従い、12年に「MP4/12Cスパイダー」、13年にフラッグシップの「P1」、14年には現在も同社の中核モデルに位置づけられる「650S」が立て続けにデビュー。さらに15年には2200万円を切る価格からスタートするスポーツシリーズの「570S」と「540C」が誕生した。そしてその間にもさまざまな派生モデルが世に送り出されたことはご存じのとおり。つまりマクラーレンは、わずか5年ほどの間に、小規模なスーパースポーツカーメーカーとは思えないほど精力的に数多くのニューモデルを投入してきたのである。
もうひとつ印象的なのが、彼らが送り出す新型車がいつも確実に進化していることにある。おかげでデビューした当時には何の不満も抱かなかったのに、次期型が登場すると「ああ、そういえばあのモデルはこんなところが物足りなかった」と気づくことがままある。それは評価する側の不明であるといわれればそれまでだが、マクラーレンという自動車メーカーがF1チームばりのスピードで成長している証しともいえる。
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パフォーマンスに遜色なし
いきなり言い訳めいた話になってしまったが、マクラーレンの開発スピードの速さを物語るエピソードがまたひとつ誕生した。「675LT」のコンバーチブル版である675LTスパイダーが登場したのである。クーペ版の675LTがデビューしたのは2015年ジュネーブショー。それから1年足らずで登場したスパイダーのことを「当初から織り込み済みだった」と捉えるのは簡単だが、実際はそうでもなかったようだ。500台が限定販売された675LTがたった2カ月で完売になると、その追加生産を望む声が各地から届けられた。しかし、顧客と交わした“限定500台”の約束を反故(ほご)にするわけにはいかない。そこで編み出されたのがスパイダーとして675LTをよみがえらせるというアイデア。幸い、強固なカーボンコンポジット製バスタブを基本とするマクラーレンの各モデルは、仮にルーフを取り払ったとしてもパフォーマンスの低下は無視できるレベルに収まる。あえていえば車重が40kgほど増えるのと、ルーフ開閉機構をボディーの比較的高い位置に追加する関係で重心高がわずかに高まる程度。すなわち、サーキットでのパフォーマンスにフォーカスした675LTの特性をほとんど損なうことなく、そのスパイダー版を作り上げると予想されたのだ。このため675LTと675LTスパイダーのメカニズムはほとんど変わりなく、技術者によれば重量バランスの変化に対応するダンパーの微調整を行った程度という。それを除けば、650Sよりフロントで27%、リアで63%もバネ定数を引き上げたサスペンションスプリングもそのまま用いている。
ここで675LTの概略を簡単に振り返っておくと、ボディーパネルは650Sのプラスチック製をカーボンコンポジット製に置き換えたほか、エキゾースト系はチタン製に、サスペンションアームやホイールはより軽量な設計のものに変更することで100kgのダイエットを実現。エンジンは50%ものパーツを新設計して650Sの25ps増しにあたる最高出力675psを達成したほか、エアロダイナミクスを大幅に見直した結果、ダウンフォースは実に40%も増えているという。そしてステアリング系はギアレシオを数%ほど速めてアジリティーを向上させたほか、パワーアシストの設定を変更することでステアリングフィールを改善。マクラーレンがいうところの“ドライバーエンゲージメント”、つまりクルマとの一体感をより高めた仕上がりとされた。
よくできた自然吸気エンジンのよう
675LTスパイダーの試乗会が行われたのは春まだ浅いスコットランドの一般公道。マクラーレンのなかでもP1の次にサーキット走行向きと位置づけられる675LTのポテンシャルをフルに引き出すのは難しい環境だが、限界的な性能については私が富士スピードウェイでクーペをテストした際の試乗記を参照していただくとして、ここでは675LTスパイダーが一般公道でどのような振る舞いを見せたかについて報告したい。
まず、サーキットで感じられた優れたエンジンレスポンスとドライバビリティーはスコットランドの公道でもしっかり感じ取ることができた。いや、先の状況が読めない一般公道のほうが、その恩恵はより大きかったというべきだ。とりわけ印象的だったのが、スロットルペダルを踏み込んだ直後に期待どおりのパワーがすっと立ち上がるところで、これはよくできた自然吸気エンジンによく似た感触だった。エンジニアの説明によれば、ターボエンジンゆえにトルクカーブをフラットにするのは容易だったが、中速域のパワーカーブにドラマ性を持たせるため、エンジン回転数の高まりにあわせてトルクも直線的に上昇する特性に仕上げたという。これは私の推測だが、中速域のトルクをあえて絞り込んだ結果、スロットルを開けた際にエンジン回転数とは関係なくトルクだけが急激に立ち上がる現象が抑えられ、これがエンジン回転数とトルクが連動して上昇する、いわば自然吸気的な特性の再現に役立ったのだろう。
富士スピードウェイでの675LTの試乗記では「ドラマ性に欠ける」と表現したが、あれは扱いやすくなったがゆえにトップエンドの迫力を感じにくくなったことを指したもので、そこに至るまでの過程ではむしろパワーのわき出し方にメリハリがある675LTのほうがドラマチックだといえる。これは公道での試乗によって初めて発見できたことで、ここで謹んで訂正したい。
もうひとつ、このエンジンの大きな魅力といえるのが抜けのいい高音を響かせるエキゾーストノートである。これは675LTの試乗記でも記したように、チタンで作られた「クロスオーバー・エキゾースト」の効果によるものだが、スパイダーではルーフをクローズした状態だけでなく、開け放った状態、またルーフは閉めたままリアウィンドウを開けた状態のそれぞれでさまざまに変化するサウンドを味わえる。つまり、1台で3つの音色が楽しめるのだ。このうち、リアウィンドウのみ開けるスタイルは天候が悪くてもエキゾーストノートをダイレクトに堪能できるものの、私自身はルーフを開け放ち、風とエンジン音を全身で味わい尽くすほうが好みにあっていた。
しなやかな乗り心地
乗り心地はどうか? 675LTは前後のスプリングレートが大幅に引き上げられているため、公道での試乗ではこの点が最大の懸念事項だったが、ハンドリングモードのノーマルを選択すればマクラーレンのロードカーらしいしなやかな乗り味を楽しめる。また、ノーマルモードでは路面の不整を柔軟に吸収してくれるため、直進性も改善されるといううれしいオマケまでついてきた。今回の試乗会は朝から午後の早い時間までにおよそ500kmを走行するという強行軍だったが、ノーマルモード主体で走行したところ体に疲労はほとんど蓄積されず、むしろ試乗プログラムを終えてもクルマを返却したくないという思いのほうが強かったほど。くわえて、標準装備のバケットシートはリクラインを持たないにもかかわらず、ドライビングポジションや座り心地に不満を一切抱かなかったことも特筆すべきだろう。
富士スピードウェイでも感銘を受けたステアリングフィールは公道でさらに輝きを増した。とりわけ、滑りやすい路面が急に現れることが珍しくないスコットランドの一般道では、ステアリングから伝わる的確なインフォメーションが大きな安心感に結びついた。また、クイックなステアリングがあまり得意ではない私がスコットランドでのドライビングを満喫できたのも、ステアリングからもたらされる豊富な情報によるところが大きかった。
675LTスパイダーはクーペ同様500台の限定販売。しかし、4691万5000円もするこの高価なスーパースポーツカーは、クーペを上回るわずか2週間でスピード完売になったという。ちなみに、マクラーレンは今後も限定モデルなどにLTの名称を用い、一種のサブブランドとして大切に育てていく考えだという。
(文=大谷達也<Little Wing>/写真=マクラーレン・オートモーティブ)
テスト車のデータ
マクラーレン675LTスパイダー
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4546×2095×1192mm
ホイールベース:2670mm
車重:1270kg(乾燥重量)
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7AT
最高出力:675ps(496kW)/7100rpm
最大トルク:71.4kgm(700Nm)/5500-6500rpm
タイヤ:(前)235/35ZR19 91Y/(後)305/30ZR20 103Y(ピレリPゼロ トロフェオR)
燃費:24.2mpg(約8.6km/リッター、EU複合サイクル)
価格:4691万5000円/テスト車=--円
オプション装備:--
※諸元は欧州仕様のもの。価格は日本市場でのもの。
テスト車の年式:2016年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター
参考燃費:--km/リッター

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
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