ボルボXC90 T6 AWD インスクリプション(4WD/8AT)
男子三日会わざれば 2016.06.24 試乗記 2016年1月の国内導入以来、販売好調が伝えられる新型「ボルボXC90」。なかでも一番人気という「T6 AWD インスクリプション」に試乗し、ボルボの新たなフラッグシップSUVの魅力を探った。なでしこ以来のインパクト
「製品の発表ではない。ブランドの再発表である」。メーカーみずから、そう定義する意欲作である。実際それは会心作であった。13年ぶりに完全新型となったXC90は、100%自社開発のプラットフォームと、100%自社開発のパワートレイン、それに新しいデザイン言語による新しい顔をつくり出すことによって、ボルボ史に新しいページを書き加えた。
男子三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ、と申します。今度のボルボは目をこすって見るにふさわしい。フォードから中国メーカーに売却されたボルボの首脳陣は、これが最後のチャンスである、と覚悟したにちがいない。改心して会心作が生まれた。これは乾坤一擲(けんこんいってき)、復活の物語でもある。かようなワクワク感は、思えば2011年夏、FIFA女子ワールドカップ・ドイツ大会において、なでしこジャパンが優勝して以来である、筆者の場合。
この大会、筆者は知人カメラマン氏の山梨の実家で深夜未明に見た。2011年、筆者は知人実家宅の48インチ液晶巨大画面にも感激したのであるが、それと同種の感動が新型XC90にはあった。とりわけ内装には、スティーブ・ジョブズがアップルに復帰して放ったiMacやiPhoneに初めて触れたときの心の動きに近いものを感じた。いやはや、すばらしいのですよ、XC90は。
「選択と集中」が成功を生んだ
ボルボ版MQBともいわれる新しい車台は、「SPA(Scalable Product Architecture)」と名付けられた。今後、ボルボを語る上で重要単語となるSPAは、「60シリーズ」から「90シリーズ」までスケーラブル(拡大縮小が可能)なのが特長で、BMWでいうと「3シリーズ」から「5シリーズ」まで、メルセデスだと「Cクラス」から「Eクラス」までカバーできる。
なぜそんなことが可能なのかといえば、4気筒横置きに特化しているからだ。洗濯とすすぎ、もとい「選択と集中」という最近はやりのキータームが成功を呼び込んだのである。
ボルボはすでに、4気筒よりシリンダーの多いエンジンはつくらないと公言している。「40シリーズ」、60シリーズに搭載済みの「Drive-E」なる新世代パワートレインでマルチシリンダーを諦めたのは、シャシーの一新までをも含む深謀遠慮だったのである。
日本仕様のXC90には3種類の2リッター直4ガソリンを基本とするパワートレインが用意されている。すなわち、254psのターボ、320psのターボ+スーパーチャージャー、さらに320psに電気モーターを加えたプラグインハイブリッドだ。
今回試乗したのは、上から2番目のグレードに当たる「T6 AWD インスクリプション」で、この上にプラグインハイブリッドの「T8 AWD TWIN ENGINE AWD インスクリプション」、この下に「T6 AWD R-DESIGN」「T5 AWD モメンタム」がある。価格はT5の774万円から始まり、T8 TWIN ENGINEの1009万円へと続く。駆動方式はSUVらしく、いずれもAWDを採用する。
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巨体であることを感じさせない
ヨッ、四角い顔。と呼びかけたくなる新デザインは「240シリーズ」や「850」時代への回帰である。そこにTの字を横に寝させたようなLEDヘッドライトを用いることで単なる回帰ではないことを悟らせる。この涅槃(ねはん)Tの字は北欧神話に登場する雷神にして最強の戦神、トールの武器であるハンマーをモチーフにしている。
トールって、つまりマイティ・ソーのことじゃん。マーベル・コミックスのスーパーヒーロのひとりで、映画『アベンジャーズ』でも重要な役割を果たしていた。演ずるクリス・ヘムズワースは、『ラッシュ/プライドと友情』のジェームズ・ハントである。
そんなこんなに加えて、トールのハンマーが光ると、遮光器土偶の目というか遮光器というかのごとくであって、私たち縄文人の末裔(まつえい)はなんとなくうれしい。眠たげな目が親近感を誘う。
全長5m×全幅2m×全高1.8m弱という巨体ながら、巨体であることを感じさせないのは、それだけデザインのバランスがよいということだろう。T6の場合、ホイールは20インチが標準で、T8では21インチ、T6のR-DESIGNでは22インチを履く。ベーシックのT5だって19インチとデッカい。大きな靴を履くと小さく見えるのはチャップリンと同じ理屈だ。いや、チャーリーはもともと小さいんですけど、ご存じの通り……。
いきなりスッと前に出る
インテリアのすばらしさに感動したことについては、すでに述べた。日本仕様は全グレード、本革シートで、タッチスクリーン式の9インチディスプレイを備えたインフォテインメント「SENSUS」を標準装備する。SENSUSのインターフェイスのデザインも含めて、筆者にミッドセンチュリー家具を思わせた。シンプルにしてモダン、上質、上品で、しかも温かみがある。
センターコンソールの小さな四角いボタンを右にひねるとエンジンが目覚める。巨体なのに巨体を感じさせないエクステリア同様、動き出しても巨体を感じさせないのは新世代ボルボにふさわしい。排気量1968cc足らずなのに、82.0×93.2mmのロングストローク・エンジンはスーパーチャージャーの助けを借りて、いきなりスッと前に出る。
そこに不自然な印象はない。車重は先代より軽くなったとはいえ、2120kgもある。それなのに、「V40」に乗っているみたいに軽快なのだ。もちろん乗り比べたら全然違うでしょうけれど、かつてのXC90とかはアクセラレーターを踏んだ後にタメがあったように記憶する。全体にダル、というと言葉が悪いけれど、ま、ダルだったのですよ、あのころのボルボは。
静かで快適で楽チン
新型XC90は違う。乗り心地も適度にファームでありながら、首都高速の目地段差をまことにスムーズに乗り越える。テスト車は30万円のオプションのエアサスペンションを装備する。ボルボとしては初のエアサスだけれど、たいへんよくできている。スターターの下にドライブモードのスイッチがあって、これをコロコロ回してプッシュすると、コンフォート、エコ、ダイナミックと、パワートレインと足まわりの制御プログラムを変えることができる。
デフォルトはコンフォートで、ダイナミックを選ぶと明瞭に硬くなる。硬いのがお好きな方はお選びになるとよい。都内から伊豆スカイラインまで走ってみたけれど、最良の面を見せるのはフツウに走っているときである。静かで快適で楽チン、晩ごはんのこととか娘のサッカーの友だちのこととか、日常の雑事をあれこれ考える居間として居心地がいい。趣味のよい、ステキな北欧の、新しきマイ・スイート・ホームなのである。
価格は先代に比べると1割方アップしているけれど、充実した装備まで考えればむしろお買い得です、とボルボ・カー・ジャパンの人はおっしゃっている。きっと、そうである。ここには何にも書いてませんけど、自動運転に先駆ける技術と安全装備の面も怠りない。新型XC90は世界中で人気を集めていて、日本でも本年1月末の発売以来、半年足らずで年間の計画台数を売り切っているという。年内に新しいロットが入ってくるかどうか微妙だそうである。急がれよ、ディーラーに。
(文=今尾直樹/写真=田村 弥)
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テスト車のデータ
ボルボXC90 T6 AWD インスクリプション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4950×1960×1760mm
ホイールベース:2985mm
車重:2120kg
駆動方式:4WD
エンジン:2リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ+スーパーチャージャー
トランスミッション:8段AT
最高出力:320ps(235kW)/5700rpm
最大トルク:40.8kgm(400Nm)/2200-5400rpm
タイヤ:(前)275/45R20 110V/(後)275/45R20 110V(コンチネンタル・コンチスポーツコンタクト5)
燃費:11.4km/リッター(JC08モード)
価格:909万円/テスト車=1004万6000円
オプション装備:チルトアップ機構付き電動パノラマガラスサンルーフ(20万6000円)/Bowers&Wilkinsプレミアムサウンドオーディオシステム<1400W、19スピーカー>サブウーハー付き(45万円)/電子制御式4輪エアサスペンション+ドライビングモード選択式FOUR-Cアクティブパフォーマンスシャシー(30万円)
テスト車の年式:2016年型
テスト車の走行距離:1万1887km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(4)/山岳路(5)
テスト距離:480.8km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.6km/リッター(車載燃費計計測値)
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今尾 直樹
1960年岐阜県生まれ。1983年秋、就職活動中にCG誌で、「新雑誌創刊につき編集部員募集」を知り、郵送では間に合わなかったため、締め切り日に水道橋にあった二玄社まで履歴書を持参する。筆記試験の会場は忘れたけれど、監督官のひとりが下野康史さんで、もうひとりの見知らぬひとが鈴木正文さんだった。合格通知が届いたのは11月23日勤労感謝の日。あれからはや幾年。少年老い易く学成り難し。つづく。