第478回:街で“作品”に出会ったら……?
著名なカーデザイナーに作家としての心理を聞く
2016.12.02
マッキナ あらモーダ!
「心に残る仕事」がある
2016年11月、アメリカ・ロサンゼルスへと向かう機上でのことだ。今回搭乗した機体は、気がつけば「エアバスA380」。座席に備えつけのディスプレイは従来型機に増して大画面である。早速機内のビデオプログラムでクラシック音楽番組を選ぶ。すると、現代を代表するソプラノ歌手であるアンナ・ネトレプコの日本公演を発見したので、それを選択する。
するとどうだ。背後のオーケストラの中にボクが高校生だった時代の後輩がいるではないか。ロサンゼルスに降り立つやいなや彼女のもとにSNSで「見たよ」とメッセージを送ると、速攻で「ありがとうございます!」の返信が、太平洋を越えて(?)舞い込んだ。
彼女が所属するオーケストラの公演は、日本では毎週のように放映されているようだ。自分が映っている番組を見るのは、どんな気持ちなのだろうか。その質問をタイプして、再び送ってみる。すると「普段の自分が映っている映像は、あまり見たくないのですが……」と控えめな導入で始まりながらも、「ネトレプコさんのような名歌手との公演では、自分も観客のような気持ちでした。見るたびに、その時の感動を思い出します」という答えが返ってきた。
たしかに、物書きのボクの場合も、ショーで発表された新型車に関する文章よりも、心に残るさまざまな人との出会いを記した記事のほうが、読み返したくなるものだ。
話は変わって、自動車のデザイナーは職業柄、街中で過去の作品を頻繁に目にするはずである。かつての“仕事の成果”を見るとき、彼らはどのような思いを抱くのだろうか? ボクに言わせれば、自分の作品が世界中の道路を走っているなんて、夢のような仕事ではないか。
思い出すのは「現場のこと」
まずはBMWで初代「MINIクラブマン」をはじめ数々の MINIを手がけたことで知られるゲルト・ヒルデブラント氏に聞いてみた。彼は現在、中国の新興ブランドであるクオロスのデザインダイレクターとして、ひと月のうち半分を上海、もう半分を欧州に設けられたR&Dセンターで過ごす多忙な生活を送る。その間にもたびたびミニカーショップに出没しているとのうわさも聞かれる、根っからのカー・ガイである。
そんな彼は、くだんの質問に対して、「かつて手がけたクルマを見て真っ先に思い出すのは、一緒に開発で苦楽をともにしたスタッフたちだ」と楽しそうに教えてくれた。
先日訪れたLAショーの会場では、アウディ時代に「TT」を手がけ、2012年末からは韓国キアの社長という重職にあるペーター・シュライヤー氏にも同じ質問を投げかけてみた。彼の場合、「一台一台にストーリーがある。信号で止まって、(かつて手がけたクルマが)目に止まったときも、そうしたエモーションがよみがえってくる」と明かしてくれた。
一方、BMWで4代目「3シリーズ」(E46)などのデザイン開発を主導し、現在、BMWグループ・デザインワークスUSAでクリエイティブディレクターを務めるエリック・ゴプレン氏は、「ある意味、恥ずかしいものです」と笑顔で答えた。その理由は? 「過去の仕事を見ると、今よりも明らかにレギュレーションが緩かった中で仕事をしていたことがわかるから」という。年を追うごとに各国の保安基準が厳しくなり、デザインの自由度が制約される中、いかにクリエイティブな要素を投入するか……日々苦労している様子がうかがえるコメントだった。
カーデザインには未来がある
かつての真珠王・御木本幸吉は、「世界中の女性の首を真珠でしめてご覧に入れます」という名言を残した。ゆえにカーデザイナーも、「世界中の道を自分のクルマで埋めてみせる」といった野望や、その征服感を語るのかと思いきや、実は彼らが過去作を見て第一に思いをはせるのは、完成に至るまでのストーリーであり、苦楽をともにしたスタッフなのである。
その背景には、今日のカーデザインが、「シトロエンDS」の時代のように1人の天才の仕事ではなく、高度なチームワークの産物であるという事実が挙げられるだろう。冒頭のオーケストラで、共演者との思い出のほうが先に思い出されるのと、どこか似ているとは言えまいか。
そんなことを思いながらLAショーの会場を歩いていると、泣く子も黙るカーデザイン教育の名門「アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン」のスタンドにさしかかった。
その番をしていたハンドルネーム「キットカット」君は、マカオからやってきた学生だった。今日、日本ではカーデザインを志す学生が減っていると聞く。実際、キットカット君の周囲にも、日本人は数えるほどだという。世界的にも若者のクルマに対する関心が減っている中、あえてこの道を選んだ理由は何なのか? すると彼は、「これからの自動車は、自動運転化に電動化と、飛躍的な発展を遂げる。そうした中でカーデザインは、よりチャレンジしがいのある分野になるからね」と、自信をもって答えてくれた。
キットカット君も先輩デザイナー諸氏のように、信号待ちで自分がデザインしたクルマを眺めるときが、いつかくるかもしれない。そのとき彼がデザインしたクルマのステアリングを握っているのがボクだったりすると、これまたドラマになるではないか。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>、BMW、アウディ/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
-
第938回:さよなら「フォード・フォーカス」 27年の光と影 2025.11.27 「フォード・フォーカス」がついに生産終了! ベーシックカーのお手本ともいえる存在で、欧米のみならず世界中で親しまれたグローバルカーは、なぜ歴史の幕を下ろすこととなったのか。欧州在住の大矢アキオが、自動車を取り巻く潮流の変化を語る。
-
第937回:フィレンツェでいきなり中国ショー? 堂々6ブランドの販売店出現 2025.11.20 イタリア・フィレンツェに中国系自動車ブランドの巨大総合ショールームが出現! かの地で勢いを増す中国車の実情と、今日の地位を築くのに至った経緯、そして日本メーカーの生き残りのヒントを、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが語る。
-
第936回:イタリアらしさの復興なるか アルファ・ロメオとマセラティの挑戦 2025.11.13 アルファ・ロメオとマセラティが、オーダーメイドサービスやヘリテージ事業などで協業すると発表! 説明会で語られた新プロジェクトの狙いとは? 歴史ある2ブランドが意図する“イタリアらしさの復興”を、イタリア在住の大矢アキオが解説する。
-
第935回:晴れ舞台の片隅で……古典車ショー「アウトモト・デポカ」で見た絶版車愛 2025.11.6 イタリア屈指のヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」を、現地在住のコラムニスト、大矢アキオが取材! イタリアの自動車史、モータースポーツ史を飾る出展車両の数々と、カークラブの運営を支えるメンバーの熱い情熱に触れた。
-
第934回:憲兵パトカー・コレクターの熱き思い 2025.10.30 他の警察組織とともにイタリアの治安を守るカラビニエリ(憲兵)。彼らの活動を支えているのがパトロールカーだ。イタリア在住の大矢アキオが、式典を彩る歴代のパトカーを通し、かの地における警察車両の歴史と、それを保管するコレクターの思いに触れた。
-
NEW
「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」の会場から
2025.12.4画像・写真ホンダ車用のカスタムパーツ「Modulo(モデューロ)」を手がけるホンダアクセスと、「無限」を展開するM-TECが、ホンダファン向けのイベント「Modulo 無限 THANKS DAY 2025」を開催。熱気に包まれた会場の様子を写真で紹介する。 -
NEW
「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」の会場より
2025.12.4画像・写真ソフト99コーポレーションが、完全招待制のオーナーミーティング「くるままていらいふ カーオーナーミーティングin芝公園」を初開催。会場には新旧50台の名車とクルマ愛にあふれたオーナーが集った。イベントの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RSブラックエディション/CR-V e:HEV RSブラックエディション ホンダアクセス用品装着車
2025.12.4画像・写真まもなく日本でも発売される新型「ホンダCR-V」を、早くもホンダアクセスがコーディネート。彼らの手になる「Tough Premium(タフプレミアム)」のアクセサリー装着車を、ベースとなった上級グレード「RSブラックエディション」とともに写真で紹介する。 -
NEW
ホンダCR-V e:HEV RS
2025.12.4画像・写真およそ3年ぶりに、日本でも通常販売されることとなった「ホンダCR-V」。6代目となる新型は、より上質かつ堂々としたアッパーミドルクラスのSUVに進化を遂げていた。世界累計販売1500万台を誇る超人気モデルの姿を、写真で紹介する。 -
NEW
アウディがF1マシンのカラーリングを初披露 F1参戦の狙いと戦略を探る
2025.12.4デイリーコラム「2030年のタイトル争い」を目標とするアウディが、2026年シーズンを戦うF1マシンのカラーリングを公開した。これまでに発表されたチーム体制やドライバーからその戦力を分析しつつ、あらためてアウディがF1参戦を決めた理由や背景を考えてみた。 -
NEW
第939回:さりげなさすぎる「フィアット124」は偉大だった
2025.12.4マッキナ あらモーダ!1966年から2012年までの長きにわたって生産された「フィアット124」。地味で四角いこのクルマは、いかにして世界中で親しまれる存在となったのか? イタリア在住の大矢アキオが、隠れた名車に宿る“エンジニアの良心”を語る。










