第214回:デザイナーの夢かエゴか、「タッチパネル」について考える
2011.10.07 マッキナ あらモーダ!第214回:デザイナーの夢かエゴか、「タッチパネル」について考える
エアチェック野郎の未来感
今回は「タッチ」について考える巻である。といっても、あだち充氏の漫画ではない。
ボク同様1960年代半ば生まれの人なら、中学・高校生時代に「フェザータッチボタン」を備えたオーディオが流行していたのをご記憶だろう。「フェザー」とは「feather」、つまり羽根のこと。羽根のように軽いタッチで操作できるボタンのことである。
その当時ボクは親に泣きついて、普通の機械式ボタンのものよりも高いソニーのフェザータッチ式カセットデッキを買ってもらった。実際の使い心地はどうかというと、なにかの拍子に触って誤作動させてしまうことがたびたびあった。とくに好きな曲をエアチェック(FM放送などから音楽をテープに録音すること。死語ですね)をするときなど、興奮のあまり手が震えるので、さらに誤って動かしてしまうことが多かった。
しかし単純なボクは、このボタンの感触こそ未来感覚と信じ込み、自慢で使っていたものだ。
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自動車にタッチパネル
昔話はこのくらいにして、去る2011年9月のフランクフルトモーターショーに話題を移そう。ボクは独コンチネンタル社のブースに立ち寄った。日本ではタイヤで知られる同社だが、今日グループ全体では巨大なパーツサプライヤーである。
今年もスタンドには、衝突の際にフロントフードを一瞬で持ち上げて歩行者の負傷軽減を図る安全システムなど、さまざまな製品や試作品が展開されていた。
そんななかボクの目にとまったのは、そうした安全システムの脇に参考出展されていたものだ。センターコンソールに装着するタッチパネルである。
エアコンやオーディオ、ナビゲーションシステムなどの操作を、スマートフォン的なフラットパネル上で行うというものだ。
実際に試作機に触れてみると、パネルの反応は予想以上に快適かつ迅速である。作動していることをドライバーに実感させるため、操作の種類によって電子音も付加されている。スタッフによれば、来年発売されるドイツ系メーカーの車両に搭載予定という。
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ダイヤル式に勝るものなし
ただしその良しあしの判断は、実際に装着されたクルマに乗ってみてからにしたい。なぜならカセットデッキと違って、クルマは走るものである。見た目と走行中の使い勝手が乖離(かいり)していることがたびたびあるからだ。
ボクが覚えているその代表は、「アルファ164」におけるセンターコンソールの操作ボタンである。ピアノ鍵盤のように並んだそれを初めて見たとき、「これぞイタリア工業デザイン!」とシビれたものだ。
しかし、すべてのボタン形状が一緒であるため、実際に運転している時のブラインドタッチにはかなり困難が伴った。さらに前後フォグランプやトランク開錠など、空調とはまったく違う機能を果たす操作ボタンまで同じ形状で上段に並んでいたのだ。弱気なボクとしては、「間違って押しちゃったらどうしよう」という恐れが運転中いつもつきまとった。
自動車メーカーやカロッツェリアのデザイナーがスケッチを描くとき、ずらりと同形で並ぶボタンは、えらくスタイリッシュだ。もしそういう仕事なら、ボクだって描きたい。しかし運転者の身になっているかといえば、けっしてそうとは言えない。
「運転中の使いやすさ」という点で帰結するのは、空調もラジオもぐりぐり回して操作する原始的なダイヤル式である、と思っている。冒頭のようにフェザータッチ世代のボクではあるが、これは認めざるを得ない。空調は温度、風量、風向きの3つのダイヤル、ラジオは押して「入/切」、回して音量、というやつだ。
うれしかったのは、今回フランクフルトショーで発表されたフォルクスワーゲンの話題作「up!」である。上部にマルチファンクションディスプレイを備えながらも、エアコンやラジオの操作は昔ながらのダイヤルが並んでいたのだ。
ついでに言うと、ボクが最もダイヤル式のありがたさを実感するのは、個人的に使うことが多い安グレードのレンタカーである。せっかちなボクはレンタカーを借りたら何も確認せずにすぐ出発してしまい、かなり走ったところで、ようやく暑いとか寒いとかに気付く。やがて見知らぬ不慣れな地でパニクっていたのをケロリと忘れ、地元のラジオなんぞ聴きたくなってくる。
そんなときに前述の基本形ダイヤル操作盤だと、たとえ初めて乗ったクルマでも、あたかも自分のクルマのごとく快適に操作できるのだ。
これからはぐるぐる回すダイヤルを、限りなくカッコよくできるデザイナーの出現を期待したい。
あの和式スイッチは異国で……
タッチするボタンについて書いていてふと思い出したものがある。1990年代初めにトヨタ車が採用した「交通情報」と書かれたボタンである。要はハイウエーラジオなどの路側放送が一発で受信できるものだ。
ボクのサラリーマン時代の上司であった自動車雑誌『CAR GRAPHIC』初代編集長・小林彰太郎氏は、とかく欧州車と結びつけて語られることが多い。だが実際は、国籍は問わず良いものは良いという極めてニュートラルな人で、漢字で記された「交通情報」一発ボタンを高く評価していたのをボクは鮮明に覚えている。
唯一気がかりなのは、中東系自動車商によって輸出された日本製中古車を見知らぬ国で使っている人たちは、漢字で書かれたそのボタンを何だと思っているのだろうか? ということである。
(文=大矢アキオ、Akio Lorenzo OYA/写真=大矢アキオ、フォルクスワーゲン、トヨタ自動車)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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