第491回:ただいまぞくぞく増殖中!
「黒のインフィニティ」はフランスでなぜモテる?
2017.03.03
マッキナ あらモーダ!
遅れてやってきた国際ブランド
webCGでも報じているとおり、日産自動車は2017年2月23日、西川廣人(さいかわ ひろと)氏が同年4月1日付けで社長兼最高経営責任者に就任することを発表した。現社長のカルロス・ゴーン氏は代表権のある取締役会長となり、アライアンスを組むルノーや三菱自動車の統括に専念する。
今回はそれにちなんで(?)、1989年から日産が展開しているインフィニティの話をしよう。インフィニティといえば、日本ではかつて、日産ブランドから「日産インフィニティQ45」なるモデルが販売され、今日では「スカイライン」にそのバッジが用いられている。しかし、独立したブランドとしては、日本では展開されていない。2012年5月には、本社機能を香港に移している。インフィニティは、もはや国際ブランドである。
同ブランドは最初、米国市場で成功したが、ボクが住むヨーロッパで“上陸を告げるのろし”となったのは、2008年にフランス・パリにオープンしたショールームだった。
同じ日系プレミアムブランドであるレクサスは当時、すでに欧州上陸を果たしていた。だが、いわゆるジャーマン3を前にレクサスのセダン系は苦戦していて、ハイブリッドのSUVでなんとか存在感を維持していた。そうした状況を見るにつけ、筆者は「インフィニティの普及は、容易には進まないだろう」と思ったものである。
インフィニティ・タクシーがなぜ増殖?
ところが、2016年10月にモーターショーを取材するため、パリへ出張したときのことである。
街でインフィニティが妙に目立つことに気づいた。インフィニティが2017年1月5日に発表したデータは、そんなボクの印象を裏付けるものだった。2016年には、西ヨーロッパおよび中央ヨーロッパで約1万6000台を販売。これは、前年比140%増しという。
好調を支えているのは、「メルセデス・ベンツAクラス」とプラットフォームを共有するコンパクトハッチバック「Q30」、それと、スポーツモデル「Q60」の好調だ。Q60は、日本国内では新型「スカイラインクーペ」として2017年に発売される見込みである。
インフィニティの快進撃はさらに続く。2017年1月には西ヨーロッパで前年比40%増の1100台を販売。前述のQ30に加えて、そのクロスオーバー版たる「QX30」の好セールスが貢献したと、同ブランドでは分析している。
その後2回パリに赴き、街を行くインフィニティ車を観察していると、別のことが気になってきた。その多くが、タクシー/ハイヤーもしくは配車アプリを使った“ライドシェア用のクルマ”なのである。
今年2月に滞在したアパートメントホテルは、有名なラジオ局の隣にあった。毎日窓から外を眺めていると、局に送迎にやってくるインフィニティは、ほとんどがショーファードリブン、つまり運転手付きであった。
支持されるにはワケがある
空港ターミナルでは、ライドシェアリングのインフィニティが待機しているレーンを見かけた。そこでライドシェア最大手である「UBER(ウーバー)」のフランス版ウェブサイトを参照してみた。
ウーバーには、高めの料金設定のサービスも用意されていて、そこでは上等な車格のクルマを利用できるようになる。契約ドライバーに対しては、使用できる車種を細かく限定している。
高価格グレードのひとつ「ウーバーX」の車種には、「メルセデス・ベンツCクラス」や「BMW 3シリーズ」と並んで、日本では2017年に新型「スカイラインセダン」として発売予定の「Q50」が指定されている。
さらに上のクラスである「ウーバー ベルリーヌ」には――これはパリではなくリヨンの場合であるが――「メルセデス・ベンツSクラス」や「BMW 7シリーズ」とともに、「日産フーガ」の姉妹車である「Q70」の名が並んでいる。ウーバー ベルリーヌのクルマは、最新型で新車登録から4年以内であることが条件。さらに「車体色はダークカラー」「革内装」「AT仕様車」といった決まりもある。
そうした条件をクリアできていて、ドイツ系プレミアムカーより(若干とはいえ)手ごろな価格で利用できるインフィニティが選ばれるのは、容易に想像できる。
調べているうちに、フランスの新聞『ル・モンド』紙の電子版が2016年6月、インフィニティについて、さらに興味深い事実を記しているのを発見した。内容は、インフィニティのマーケティング戦略である。同ブランドのフランス法人はこれまでも知名度の向上を図ってきたが、新たな戦略を考えたという。
タクシーの運営事業者や個人職業ドライバーを対象に、Q50ほかインフィニティ車の「買い取りオプション付きリース販売」を積極的に働きかけるというのだ。筆者の知る限り、例えばウーバーは、自動車を所有していないドライバー志願者のために車両リースの仲介を行っている。インフィニティのオファーは、まさにそうした制度にフィットしたものといえる。
その結果、職業ドライバーの需要は、フランスでインフィニティの過去数カ月における販売台数の15%を占めるようになったと記事は伝えている。
もっとNISSAN製をアピールすれば……
フランスでは、長年メルセデス・ベンツ現地法人の「タクシー会社/職業ドライバー対応部門」が、プロの運転手から絶大な支持を得ていた。インフィニティは、その牙城を切り崩そうとしている。
ただしこの先、インフィニティも安泰ではないだろう。ル・モンドの記事によれば、フォルクスワーゲン・グループのシュコダも同様の手法で、職業ドライバー向けのプロモーションを強化中という。たしかに黒塗りのシュコダも、最近パリでよく見かける。
トヨタは2016年5月、車両リースを含むウーバーとの協業の検討を開始した。ボルボは同年8月に、ダイムラーは2017年2月に、自動運転分野におけるウーバーとの提携を発表している。ダイムラーは前述のようにルノー・日産アライアンスを通じてインフィニティとつながりがあるので、ライバルと呼ぶのは適切でないかもしれないが、ウーバー以外も含めたライドシェアリング業界全体におけるシェア争いは、決して気が抜くことができないだろう。
ということで今回はヨーロッパにおけるインフィニティについて記したが、惜しいのは、「日産のプレミアムブランドであること」を表に出さない、そのブランディングの方針だ。
1960年代の「ダットサントラック」に始まり、「安くて丈夫、かつ装備豊富」で売ってきた歴史を持つ北米に比べ、ヨーロッパにおける日産の歴史は浅い。そのぶん欧州における日産は、近年の「キャシュカイ」「ジューク」といったSUVモデルの成功ともあいまって、モダンで若々しいイメージが浸透している。
北米と違って、社会が古く、歴史あるメーカーが名声を確立している欧州大陸。いくらプレミアムといっても、新参ブランドのインフィニティが認知されるまでの道のりは遠い。ブランドが浸透するまでは、インフィニティ車のどこかに、A brand of NISSAN MOTOR CORPORATIONと記しておいても、決して悪くないと思うのだが。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=関 顕也)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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