第150回:フランスを旧車でめぐるグルメと恋の旅
『ボンジュール、アン』
2017.07.06
読んでますカー、観てますカー
コッポラファミリーの新人がデビュー
安藤サクラが第一子を出産した。芸能界にとっては、とてもめでたい。何年後になるかはわからないが、この子が俳優の道を志す可能性は非常に高いと思われるからだ。彼女は日本で有数の芸能一家に属している。父は奥田瑛二、母は安藤和津だ。夫は柄本 佑で、義父と義母が柄本 明・角替和枝夫妻、柄本時生は義弟にあたる。姉は映画監督の安藤桃子だから、一家だけで作品が作れてしまう。
アメリカにはもっとスケールの大きい芸能一家が存在する。コッポラファミリーだ。大監督のフランシス・コッポラを中心とする家系図は、華やかな名前で彩られている。父カーマイン、母イタリア、叔父アントンは音楽家。妹は「エイドリア~ン!」のタリア・シャイアで、彼女の息子がジェイソン・シュワルツマンだ。兄のオーガストはさほど有名ではないが、その息子はニコラス・ケイジである。
娘のソフィアは『ヴァージン・スーサイズ』や『ロスト・イン・トランスレーション』などの作品で、映画監督として父に劣らない評価を得た。フランシスは、彼女の監督作をプロデューサーとしてサポートしている。最近はワイナリーの経営のほうが本業になっているようにも見えていたのだが、やはり映画はコッポラ家のファミリービジネスなのだ。
コッポラ家から、また新たに映画監督が生まれた。エレノア・コッポラである。ソフィアの妹、ではない。お母さん、つまり、フランシスの奥さんだ。御年80歳でのデビュー作が『ボンジュール、アン』である。
カンヌ-パリ間をプジョー504で移動
エレノアは1963年の『ディメンシャ13』の撮影で美術監督のアシスタントとして働き、フランシスと出会った。結婚してからは妻と母の役割を最優先していたが、映画の世界との関わりも保っていた。1991年には『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』に監督の一人として名を連ねている。今回の作品は、初めてのフィクション作品である。
ストーリーには、彼女自身の経験が色濃く反映されている。主人公のアン(ダイアン・レイン)は、映画プロデューサーのマイケル(アレック・ボールドウィン)の妻という設定だ。夫は身の回りのこと一切をアンに任せていて、彼女がいないと生活が成り立たない。妻に母の役割を求めるという、よくあるタイプの男性だ。アンは夫を支えることに誇りを持っているものの、心の奥底には不満を抱えている。エレノアとフランシスの関係も、どうやらそんな感じらしい。
マイケルはカンヌ映画祭に来ていたが、撮影のためにブダペストに行かなくてはならなくなる。急いで空港まで行くが、アンは耳の調子が悪く、気圧が下がると悪化しかねないので飛行機に乗るのは取りやめた。電車に乗って一人でパリまで行こうとするが、映画祭期間中なので席が取れない。スタッフのジャック(アルノー・ヴィアール)がクルマでパリに戻るというので、同乗させてもらうことになった。
カンヌからパリまでは約900km。急げば夜には到着するはずだ。しかし、ジャックが乗ってきたのは長距離移動には不向きなクルマだった。「プジョー504カブリオレ」である。晴れた日にのんびりドライブするのは楽しいだろうが、高速道路を突っ走るならほかのクルマを選びたくなる。アンが「ラブリーなクルマ!」と言ったのは多分お世辞で、本心は不安だったはずだ。
フランス男はアバンチュールしか脳にない
愛車に美女を乗せてドライブできるから、ジャックはルンルン気分だ。その日のうちにパリに着こうとは、さらさら考えていないらしい。行程の10分の1も走っていないうちにランチとしゃれ込んだ。シャトー・ヌフ・デュ・パプの味わいについて解説し、生ハムとメロンの相性について語るから、食事はなかなか終わらない。レストランからヴィエンヌのホテルに予約の電話を入れていたから、最初から狙っていたのだろう。
ランチの後も、クルマは遅々として進まない。サント・ヴィクトワール山を眺めてセザンヌの絵画についてのうんちくを垂れたり、ポン・デュ・ガールの水道橋を見に行ったりしているからだ。一泊することになったヴィエンヌは、本来ならば4時間で到着する距離である。フランスの男はアバンチュールのことばかり考えている、という通念を前提としたストーリー展開なのだ。
翌日もフランス能天気男は絶好調。コンビニにアンを残してどこかに行ってしまい、帰ってくると後席にバラの花束を満載していた。バブル期の青年雑誌に「彼女を確実に射止める方法」として紹介されていたワザだが、ルーツはフランスだったのだろうか。お遊びが過ぎたようで、ちょい悪オヤジに天罰が下る。504のボンネットから煙が上がり、走行不能になってしまったのだ。
原因はファンベルト切れである。途中何度もラジエーターに水を継ぎ足していたから、水漏れもあったのだろう。ジャックはアンがストッキングを脱いでファンベルトの代用にしたことに感心していたが、旧車乗りなら当然の知識を知らないとは情けない。水漏れを放置して長距離を走ろうとするところも、危機管理意識が低すぎる。504は修理工場預かりとなり、代車の「ルノー・カングー」で旅を続けることにした。ジャックは「食欲が減退するクルマだ……」と嘆いていたが、アンは胸をなでおろしていたに違いない。
2009年、エレノアはカンヌからパリまでフランスの男性のプジョーに乗って旅をしている。この映画のストーリーは、彼女の体験に基づいているのだ。当時でも70歳を超えていたわけだが、6年かけてロマンチックな脚本を仕上げた。彼女は1936年生まれだから、市原悦子と同い年である。気持ちの若さには感嘆するしかない。
(文=鈴木真人)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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